第43話
「総員一斉掃射!!!!!!」
勝ち誇るような嗤い顔で聖騎士長が下した号令により、幾十の矢が弦に掛けられ、宙を舞う。
聖騎士達は確かに弓矢を下ろしていたが、完全に弦から矢を離したわけではない。
この状態であれば精鋭部隊である彼らが再度射に至るまで一秒と掛からない上に、雨が降り注ぐように放たれた曲射は数の利を生かした躱しようの無い面攻撃となる。
このままではハンスが聖騎士達の方へと全速力で駆け抜けようとしても、精々四分の三ほど詰められるだけで、降り頻る鏃に容易く射殺されていただろう。
だから、ハンスは軍勢に背を向けて駆け出したのだ。
少年を射殺さんと天から迫る矢は、獲物を逃して炎に照らされた赤い地面へと突き立った。
そして、啖呵を切っておいてすぐさま背を向けたハンスは、両腕で顔を庇いながら自分で斬り抜いた穴を通って炎の中に跳び込むと、そのまま奥へ奥へと消えてしまった。
「何だとッ!?」
此処で初めて聖騎士長が明らかな狼狽を見せたが、それも無理からぬ事だろう。
元々仮面が外れていた所為もあっただろうが、何よりも、ハンスが向かったのが今にも焼け崩れそうなほどボロボロになった厩舎の中だったのだから。
「「「…………――――………………」」」
困惑は聖騎士達から漏れていた。
彼らはてっきり少年騎士が玉砕覚悟で突っ切って来ると思っていただけに、その向けられるであろう決死の覚悟が立ち消えた事に拍子抜けしていたのだ。
しかし、一人だけ顔色が違った。
「総員展開!! 厩舎出入口を抑えろ!!!!!!」
焦りが透けて見える鋭い声で指示を出した聖騎士長は、ハンスの狙いがこの村に存在する敵対勢力の排除から、王都への帰還と報告に変化したのだと悟った。
その為に、少年騎士は自分達に背を向けて、煉獄のような業火の中へと飛び込んだのだと。
そもそも、今回の作戦に於ける『目標の死』は『任務中の不幸な事故』として片付ける為に、この路村に存在する王国側の勢力を全て排除する事が前提となっていたのだ。
だからこそ、黒羽部隊『暗殺部門』二十名による同時襲撃と聖騎士百人による包囲作戦を展開して、一人の討ち洩らしも無いよう細心の注意を払っていた。
しかし、聞きしに勝るどころでは済まない戦闘能力によって暗殺部門の襲撃すら易々と斬り抜ける相手を前に焦っていたジルベルトは、強引に隙を作り出すべく目標に接触し、その結果、追い詰めはしたものの教団にとって不都合な情報を与えてしまった。
これで、万が一にも逃してしまうような事にでもなれば、彼は確実にその責任を問われる事になるだろう。
しかも、存在しない組織が関わる任務となれば左遷どころか命さえ危ぶまれる。
「逃がすなッ!!!!!! 必ず見つけ出せッ!!!!!!」
焦燥と眼前で赤々と燃え盛る炎の熱気で干上がる喉を酷使する聖騎士長の指示の下、九十五名となった合同部隊は群で空を往く渡り鳥のように速やかに陣形を流動させ、厩舎を中心に弧を描くようにして厩舎の出入口と左右の壁面までを囲んだ。
囲んだのだが、
「東面、目標おりません!!」
「西面、目標確認できません!!」
「出入口、目標発見できません!!」
移動した三方の兵達から上げられたのは、熱と焦りを煽るような返答だった。
「気を抜かずに探せッ!! まだ近くに――
警戒を促す言葉を口にしていたジルベルトは、そこで違和感を覚えた。
奴が本当に逃走を選んだのなら、何故その姿が確認できない?
周囲に隠れ顰めるような場所など無く、周囲を眩く照らす炎によって闇に乗じる事もできないのに、と。
そんな疑問を振り払うように聖騎士長が警告を飛ばし切ろうとしていた時だった。
雷のような轟音と共に、厩舎が崩れ始めた。
そうは言っても、元々ハンス警戒の為に距離を開けていた聖騎士達には火の粉すら届かない。
けれど、その轟音は聖騎士達の注意を引き付けるには十分だったし、何より巻き上がる土煙や灰塵によって厩舎の周辺が隠れてしまった。
それを見て唐突な寒気に襲われた聖騎士長は、
「総員!! 武器を構え――
配下達に戦闘態勢を取るよう号令を下そうとし――
――ビュッ!!!!!!
――炎を斬り裂きながら凄まじい勢いで飛び出した黒いナイフに襲われた。
それは少年騎士が黒衣の襲撃者達から頂戴していた内の最後のナイフだった。
「――ッ!!!!!!」
鋭く息を呑みながらも、聖騎士長は咄嗟に庇った白銀の籠手で顔面目掛けて飛んで来るナイフを防ぐが、その所為で指揮が邪魔されて聖騎士達の動きに一瞬の空白が生まれる。
そこに――
「――――ゥォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!」
――髪や額を焼き焦がしながら帯が焼き切れたバッグを背後の炎獄へ置き去りにし、燃え移った紅蓮ごとコートをはためかせ、灼熱の魔人と化した少年騎士が咆哮と共に跳び出した。
再び開いた口から出すべき命令を凄まじい音圧で押し流された聖騎士長の目には、彼の姿が瀕死の重傷を負いながらも最期の瞬間まで抗い続ける獣――ではなく、まさしく背に庇った者達の為に命を賭す一人の騎士として映っていた。
つまり、ハンスには最初から逃げる気など毛頭無かったのだ。
王国騎士たる彼は今までの戦場と同じように、背に庇う者達の為に斃さねばならない敵と対峙してしまったのだから。
そして、突如現れた異容に聖騎士達が驚愕する中、『真紅の疾風』は纏った熱と身の内を焦がす熱に突き動かされるまま、間抜けに固まったままの獲物共へと襲い掛かった。




