第41話
「成程……やはり、あの話は真だったようだ。ハンス・ヴィントシュトース卿――いや、旅人ハンス。四十一年前に王国を出奔し行方を晦ませた汚らわしき異端者を師事し、その悪しき魂を受け継ぐ犬畜生……それが貴様の正体だったわけだ。神を称える名前などと名乗っておいて嘆かわしい」
無表情から放たれる嫌悪の言葉を受けて絶句するハンスだが、彼にとって今の発言には出自の秘密がバレた事よりも、大恩人を罵倒された事よりも、他の何よりも重要な点があった。
「……『あの話』と言ったな? その言い方から察するに又聞きなんだろぉが、ドコのダレから聞いたんだ、その話? 俺には心当たりが一つしかねぇんだがなぁ……?」
ゾッと、ハンスの身体からバンゲントーゼまでの道中や館内で放っていたものとは比べ物にならないほど濃密な殺気が放たれ、街道上に佇む聖騎士長の元へと押し寄せた。
だが、ハンスが此処まで極端に反応したのも無理からぬ事だろう。
なにせ、彼が出自の話をした相手は、親愛なるセフィロティア王女殿下ただ一人に対してだけであり、しかも、それを告げたのは王国の誰にも秘密にしている二人だけの密会の時なのだから。
そもそも、彼とフー老師が共に過ごしたのは人里離れた辺境の地であり、自給自足で生活していた彼らは老師が死去するまで誰とも会わなかったのだから、ハンス自身が口にしない限り、彼と老師に繋がりがある事すら何者でも知り得ないのだ。
となれば、この話を教団に告げた人間は自ずと限られてくるだろう。
つまり、王女殿下――ではなく、祝勝会の夜にあった密会を陰で覗いていたであろう王国騎士の誰かである。
「なぁ、誰なんだ? 王国の人間でありながら、セフィーを裏切り、セフィーを陥れよぉとするクズは? 洗いざらい吐くんだったら、端から斬り落としていく手間が省けるんだがよぉ?」
獰猛に口端を吊り上げ、琥珀色の瞳に迸るような殺意を滾らせる傷顔は、眼前の獲物へいつでも跳び掛かれるよう構えを取り始めていたが、対する聖騎士長は何の構えも取らぬまま、ただ悠然と佇むだけだった。
「さあ、何処の誰やら。ただ一つ言える事は、神の眼は何時如何なる時でも人界を見守っているという――
「そぉか。だったら、答える気になるまでその図体削り続けてやるよ」
言い終わると同時、王国騎士は愛しい主から頂いた名を体現して見せた。
まさに『疾風』そのものと呼べるほどに高速の踏み込みで、数字にして約二十ヤードもの距離を一瞬で詰め、その手に握る刃を鎧の隙間を狙い定めて突き出したのだ。
だが、
――ギャリィィィン!!!!!!
上がる筈の血飛沫に代わり、月下の夜を交わった鉄剣の火花が赤く飾った。
必殺の刃ではなく濡れたように艶やかな輝きを放つ刀身へ聖騎士長のブロードソードが正確に押し当てられた事で、幾万もの血を吸ってきた片刃剣は呆気無く防がれてしまったのだ。
その昔、堅牢な甲冑を纏う『騎士』と呼ばれる重戦士が蔓延る西の大陸へ旅立つ友の為に『不撓不屈にして万象を断ち貫く無敵の刃』として造られた一対の黒剣であっても、刃物である以上は刃が触れなければ斬り裂けないのは道理だが、それでも疾風のように迫る刀身の腹を正確に狙うのは並大抵の技量ではないだろう。
しかも、それに息を呑む間も無いまま、少年騎士の耳に鋭い風切り音が幾つも届いた。
だが、自らの剣に触れた刃を反射的に弾き返してしまったハンスは、逆にその場に圧し止められる格好となり、押し返しに逆らわぬまま飛び退いた聖騎士長の嗤みを見て、自分がまんまと誘き寄せられた事を悟った。
「グッ――――!!!!!!」
結果、ハンスの右脚を鏃が突き抜けてしまった。
少年騎士と聖騎士長が剣を交えた直後、彼らの会話中に陣形を組み終わっていた聖騎士達が、腰に吊るした剣ではなく密かに用意していた弓矢で以って彼を射たのだ。
それでも、飛来した矢の内、直撃する軌跡を描いていた大半を防ぎ躱して見せたのだから、ハンスの常人離れっぷりが浮き彫りになっていると言えよう。
腹ほどではないがそれでも鋭い痛みに歯を食い縛るハンスは、これで狙撃が終わるわけ無いと、痛みから生じる熱で止まりそうになる思考を無理矢理働かせて館に向かって駆けだした。
しかし、屋内へ逃げられれば不利になると弁えている聖騎士達は、扉が無くなった出入口に目掛けて一斉に矢を掃射する。
「チッ――!!」
皮肉や文句を口にする間も無く舌打ちで苛立ちを吐き捨てたハンスは、それでも背後に陣取った聖騎士達の射線から逃れようと館の脇、厩舎へ通じる通路へと方向転換して矢を躱す。
逃亡の妨害につがえた矢を消費した聖騎士達だったが、彼らが構えるのは扱い易さの代わりに硬い弦の所為で連射が利かない弩ではなく、練達の使い手が握れば正確無比な矢を連続して放てる弓矢なのだ。
当然、ハンスが身を隠し終えるまでに幾つもの矢が放たれたが、聖騎士長との会話にのめり込んでいた時と違い、周囲へ気を配れるだけの意識の猶予があったおかげで、彼もなんとか掠める程度に抑えて目的の場所に潜り込み――
そこで、壁のような隊列で通路を塞ぐ十五人もの聖騎士達に出迎えられた。
「――クッ、ソッ、がァァァアアアッッッ!!!!!!」
怒鳴るハンスは五人ずつの重列陣形で街道へと圧し戻そうとする聖騎士達へと飛び掛かるが、両手持ちの特製大盾を構えて通路を塞ぐ一列目へ辿り着く前に、三列目の弓矢によって阻まれてしまう。
それでも、街道に戻った所で的になるだけな事は明白であり、だからこそハンスは両手の双剣だけでなく、鋼板が縫い付けられた籠手までをも巧みに操り、自身の間合いまで後一歩の位置まで迫った。
しかし、控える二列目がそれ以上の進撃を拒む。
「――――グゥゥゥッ!!!!!!」
剣を振り被ったハンスの眼前に、二列目が盾の隙間から槍を突き出したのだ。
獣のような唸り声を上げながら間一髪のタイミングで飛び退いて槍を避けたハンスだが、その余計な動作の所為で三列目が弓を引き絞り終えてしまう。
「こ、の、聖騎士風情がァァァ!!!!!!」
胸中に溜まった余分な熱を吐き出しながら剣を構えたハンスは、再び前方の人壁へと挑み掛かった。
飛んでくる矢を剣で弾き、間近に迫った分は籠手に掠らせて逸らせる。
そして、突き出されるだろう槍を迎撃するべく、先程槍を突き出された間合いに合わせて剣を振り被――
ハンスの背後から、鋭い風切り音と共に幾本もの矢が飛来した。
「――――ッ!!」
幸い、射撃位置を変えた直後の甘い射だったらしく、ハンスの身体を貫く矢は無かったが、その内の一本が彼の腕に掠った所為で構えが崩されてしまう。
そこに二列目の槍が迫った。
「――ギ…………ィィィイイイイイィィィラァッッッ!!!!!!」
気合一閃。
崩れた構えを体と心で無理矢理支えたハンスは、脚を掠める槍を、コートを引っ掛ける槍を、胴鎧に傷を付ける槍を、籠手の鋼板を擦る槍を、頬を抉る槍を――五本の槍全てを無視して、黒い曲剣を横一直線に振り抜いた。
振るわれた刃は突き出された槍の三本を巻き込み、大盾の上半分を全部纏めて斬り捨てた。
「――くっ、化け物め!!」
「怯むなッ!! 総員抜剣ッ!!」
「「「抜け――
「――ウゥゥゥォォォォォオオオオオオオオォォォラァァァアアアアアアアア!!!!!!」
再びの咆哮と共に、ハンスの双剣が吹き荒れる嵐の如く聖騎士達を薙いだ。
一列目は黒剣の超常的切れ味と重量を活かした舞のように流麗な斬撃で、呆気無く首を刎ねられた。
二列目は先の舞で生じた遠心力を踏み込みの推進力へと変える怒涛の連続突きにより、板金ごと首や胸に孔を開けられた。
だから、三列目で弓矢を捨てて腰の剣に手を掛けた分隊長の指示通りに抜剣できた者は、彼と同じ三列目の聖騎士達だけだった。
「――退ッけェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!」
尤も、剣を抜けただけで、振るどころか構える事すらできなかったが。
一人は、構えを取る間も無く縦に割り開かれた。
一人は、先の一列目の五人と同じく正確に頸を刎ねられた。
一人は、その一閃の巻き添えで剣先ごと肩から上を断たれた。
一人は、構え終えようとした所で鎧ごと心臓を一突きにされた。
最後に残った分隊長は、刈り取られる羊毛のように二つの刃の交点で首を挟み斬られた。
そうして、目前の障害を一通り退けたハンスは、紅い足跡を残して通路を走り去って行った。




