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くようばこ ひとつめ  作者: 狩人タヌキ
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第17話

 教団大司教から衝撃的告知が齎された夜会から一夜明け――


 街の時計塔に据えられた針が指すのは九と十の間。


 場所は人知れず王女殿下が逢瀬に選んだ騎士訓練所の内部。


 その敷地内で最も広く、均された地面が剥き出しになっている屋外戦闘場の中心では、祭典や式場で身に纏うような青緋の制服ではなく、汚れたり破れたりしても問題無い安物の服に手足や各急所を覆うだけの簡素な鎧を重ねた騎士や見習い騎士(エクスワイヤ)達が、各々の得意とする模擬戦用の得物を振るっていた。


 その中でも城下の王立闘技場での試合を観戦するかのように注目が集まっていたのは、互いに木製の模擬戦槍を烈しく交える二人の騎士だった。


「ハァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


「………………………………………(ヌボ――――――――――――――――)」


 朝から白熱する試合に二人を取り囲むように集まった者達の歓声が上がる中、放たれた渾身の突きを自身の槍で絡め取るように防ぐのは、傍目にも全く集中できていない事が丸分かりな様子の少年騎士ハンスだった。


 対するは昨夜の祝勝会で兄と共に約束を取り付けた男装の少女騎士ファルカミーナであり、二人とも地味なチュニックとブレーの上に模擬戦用の革防具を装着していたが、少年騎士の方は片時たりとも手放すつもりが無いのか左腰にいつもの片刃剣を吊るしている。


 そんな普段以上に武骨な格好をしたファルカが繰り出した突きは、ハンスの槍によって勢いを殺されたまま脇を素通りするだけに留められた。


 しかし、普段のハンスなら『防いだ槍を自分の槍で絡め取り、無手になって体勢を崩した相手へ切先を突き付ける』ぐらいまで至った筈なのに、いつものキレが見当たらないその防御では槍を奪い取るまでには至らず、突きを繰り出した男装騎士の方は崩れた体勢で強引に槍を引き戻し、荒れた息を整えて仕切り直す為に背面へと跳び退いていた。


「……いつまで巫山戯ているつもりですかッ!? ヴィントシュトース卿ッ!!」


 肩を上下させながらも半身になって被攻撃範囲を狭めつつ油断無く槍を構えて鋭く言い放った男装騎士だが、正面のハンスは穂先を下げたまま中空に視線を漂わせるだけだった。


「…………………………………………(ホゲ――――――――――――――――)」


「……――ッ!! 聞いているのですかッ!? ハンス・ヴィントシュトース!!」


 余りにも酷い気の抜けっぷりに眦が吊り上がりっぱなしのファルカだが、幾ら年下と言えど仮にも正式な王国騎士であるハンスに対し、見習い騎士(エクスワイヤ)でしかない彼女――ブルンベルク家は王国内では王家を除いた最高位の侯爵家なのだが――が騎士団管轄の戦闘場内でこの物言いはそう褒められたものではない。


 しかし、模擬戦とは言え決闘に近い形式での試合にも関わらず、まるで真剣さが見受けられないハンスの方が明らかに礼を失していると見做されていた。


 現に周囲を取り囲む野次馬達も、彼女への歓声に紛れて彼の態度を非難する声を上げている。


 だが、その非難に反応しているのは的になっているハンスではなかった。


 ……勿論、ファルカだって久方振りの手合わせなのに真面目に向き合ってくれないハンスに憤りを感じている。


 だがしかし、それより何より、平民のくせに破竹の勢いで出世した少年騎士に対する憤懣を晴らす良い機会だとばかりに、彼に向けて暴言をぶつける野次に対してこそ、彼女の激情は煮え滾ってしまったのだ。


 そして、野次の一人がハンスにまつわる全ての武勇譚は彼自身が捏ち上げて広めた作り話の流言に過ぎないと、それこそ根も葉も無い法螺を吹いた辺りで美しき姫騎士――侯爵家の令嬢なので十分『姫』に値するだろう――の堪忍袋の緒がブチ切れた。


「――静まれェッ!!!!!! これ以上騎士の誇りを穢すのならば、貴様らから順に叩きのめすぞォッ!!!!!!」


 鶴の一声、或いは神意の具現(カミナリ)のような怒声は父親譲りの重圧を宿し、周囲で見物していた騎士やら見習い騎士(エクスワイヤ)やらは踏み躙られた蟻の行列のように三々五々と散って行った。


「……全く、恥知らずな……貴方もですよ、ヴィントシュトース卿!! 一体、どうしたと言うのですか!?!!!!」


「…………………………………………(フゴ――――――――――――――――)」


 胸中に溜まった不快さを吐き捨てるような呟きは続く詰問に押し流されたが、対するハンスに目新しい反応は見られなかった。


 無礼者共に怒鳴り散らしたおかげで幾分か冷静さを取り戻していたファルカも、全く改善されない彼の態度の所為で再び熱くなってきていたが、だからと言って勢い任せに打ち込みを再開させても無意味だと思い止まる。


 その姿を目にした誰もが呆れるほど無防備な状態にも関わらず、また、正式に認められた騎士にも勝るほどの実力を具える男装騎士が呼吸を乱すほど攻め込んでいるにも関わらず、ハンスには呼吸どころか服装の乱れも汗の一筋すらも見当たらないのだから当然だ。


 このあんまりと言えばあんまりな状況は、反射的に繰り出される羽根のように柔らかな受けや獲物に絡みつく蛇のような技法により、刃を模した木製の穂先も意表を突くべく振るわれる石突も虚しく空を切るだけに止めてしまうハンスの武仙じみた戦闘技術の所為だった。


 中でも特筆すべきは、彼が槍での防御だけで一切の回避動作を行っていない点だろうか。


 盾での防御ならいざ知らず、武器だけで正確に攻撃を防ぎ切る姿はもはや曲芸である。


 また、戦や決闘と言ったように集団と個人の違いなど関係無く、あらゆる戦闘行為は守備側より攻撃側の方が体力を消費するので、攻め疲れを起こして一方的に消耗しているように見える男装騎士の力量が著しく劣っているというわけではない。


 それどころか、ファルカが以前の――それこそハンスと初めて戦った当時と変わらない力量だったなら、一合目で槍を叩き落とされて勝敗が決していた筈なので、『攻め疲れを起こせるほどに戦っていられる』今の彼女は相当に腕を上げていると言えよう。


 まあ、この例えを逆にして『ハンスの力量が当時と同程度だったら』と仮定した場合、丁度拮抗するか若干男装騎士の方が劣勢になると予想されるので、彼女にとって慰めとなるかは甚だ疑問だが。


 そんな具合に、自分と相手の力量の差を改めて思い知らされる事となったファルカは、口惜しさに歯噛みしながらも、自分から動こうとしない少年騎士の隙に付け込むように少し深めに息を吸って思考を巡らせる。


(――このままでは埒が明きません…………一先ず、あの腑抜けた顔に一撃喰らわせて正気に戻すとして、問題はどうやってその一撃を当てるかですが……隙を作ろうにもフェイントには反応しませんし、かと言って当てる気で何発打ち込んだ処で此方が消耗するだけ……ならッ)


 策を練ると共に荒れた呼吸を整えたファルカは、今一度大きく下がって距離を開きながら足を撓めて腰を落とし、両手で握った槍を身体に引き付けるようにして保持すると、一目で次の動きが読める単純にして明快な構えを取った。


 即ち、助走をつけた全速力の突撃からの、軟な防御を打ち破る最速の突きを狙った特攻の構えである。


 これは、幾度となく手合わせをしてきたファルカも承知している事だが、ハンスの防御は相手の力を真っ向から迎え撃つのではなく、垂らした水滴がガラスの球面をなぞるように攻撃の流れを操って無力化するものであり、それを成功させる為には相手の攻撃速度を正確に見抜く必要があるのだ。


 しかし、その球面に落ちた物が水滴ではなく研ぎ澄まされた鋼の刃だったとしたら、脆いガラスなど容易く砕き貫くだろう事は想像に難くない――と言うわけである。


 もし、ハンスの意識が正しく目の前のファルカに向いていたのならば簡単に対処できる()()でしかないだろうが、動く物に釣られる猫や蛙のようになっている今の『狼男(ヴェーアヴォルフ)』では、想定以上の攻撃速度の所為で防ぎ損ねる可能性があるだろう。


 観察と推考の末にそう結論したファルカは、ただ茫然と立ち尽くしているだけにしか見えない少年騎士を見据えながら四肢に込めた力と集中力を高め、自身のコンディションと相手の隙が重なる瞬間を見計らった。


 そして、ファルカの意識が目前の敵対者以外が発する余分な音や色を淘汰するほどに没頭した直後、風で舞い上がった土煙が互いの視界を塞ぎ――


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