5-8,交渉
「や、はじめまして。でいいか? 直接会うのはこれが初めてだし」
ケイトはゆるい声で言った。
暗い回廊で、ケイトまでの距離は部屋三つ分はある。
表情までは読み取れない。
「うん、はじめまして。ボクがタルトで、こちらがナツキだ」とボクも余裕を見せて答える。あちらは本当の余裕だろうけど、こちらは虚勢だ。
ボクはナツキの顔を見て促す。
「俺は日本から来た異世界人だ。お前もそうなのか?」
単刀直入。
「そーだよ。だって、そのカミサマは日本人しか転生させられないみたいだし」
やっぱり異世界人。それもナツキと同じニホンという世界から。
だけど、トラック様がニホンジンしか転生させられないというのは初耳だった。
「い、いやぁ、そんなことはないんだけどね。話が早いんだ。日本人ってやつは。めんどくさい説明がなくても割りとサクッと話が進むところが気に入っててね、最近は日本人ばっかり転生させているのは本当だね」
トラック様はなにかバツが悪そうに言った。たぶんめんどくさいから手近なところで済ませたとか、なにかそんな理由な気がする。
それとも本当にニホンジンはそんなに転生の適性が高いんだろうか。
「じゃあ、自己紹介も終わったところで、どーする? 戦う? やめとく?」
ケイトが切り出した。
「やめてって言ったらやめてくれるの?」
「そーだなー。女の子にお願いされたらさすがになー。ねえカミサマ。今日のところはこれでおしまっていうことにできねーかな」
ケイトが魅力的な提案してくれている。できれば一時的にでも良いから引き下がってくれると助かるのでどうにかこの線で行きたい。
「ダメに決まってるだろ。何度も言ってるけどこのままタルトちゃんとナツキくんを放置すればこの世界は滅ぶことになるんだよ」
ケイトの提案はトラック様によって却下された。
またその話だ。世界が滅ぶとか意味がわかんないんだよ
「なんでボクたちが世界を滅ぼすんだよ。そんなことするわけないだろ。それにナツキの力でどうやって世界を滅ぼすっていうのさ」
せいぜい火を出せる程度の能力だって言うのに。
「異世界人にはね、能力に制限がないという特徴があるんだよ。そして能力は成長するんだ」
初耳な情報だ。特に制限がないというところ。
「どういうこと?」
「例えばリントくんは出せる紙幣の数に制限はない。それに最近は体を金塊に変えるみたいな力まで手に入れてしまった。これからまだまだ成長するだろう」
「そうだったんだ。え? まだアレ以上に成長するの?」
「きっかけと時間があればね。だけど他のトライアンフもそうだよ。君たちは慢心したトライアンフが相手だったからなんとか彼を退ける事ができたが、あれが成長してしまったらそう簡単に倒すことなんてできなかっただろうね。ただ、代償だけはなくなることはない。むしろ代償は力の大きさに比例して大きくなっていく」
「ボクはトラック様がそうやって長々としゃべってるのに付き合うのはやぶさかじゃないんだけどね、あの、残りの二人が……」
ナツキの方はすでに話を理解できないようで頭から煙を出していたし、ケイトはほぼ最初から話を聞いていない。
「やれやれ。これだから異世界人は……。まあせめてタルトちゃんだけでも聞いてよ」
「別にいいけど……」
「で! さらに特殊なのがナツキくんだ。代償が力の抑制につながっていない。これはボクの失敗だね」
「失敗?」
「そう。本来異世界人の能力は際限なく成長していくわけだけど、いずれその力に溺れて勝手に自滅していくんだ」
「ねえ! そこだよ。それ! なんでそんな仕組みになっているの。なんでそんな力を異世界人に与えるのさ」
「ボクは望まれたから力を与えているだけだよ」
「そんな結末が待っているなら誰も望んだりしないよ」
「そうかな。転生するということは元の世界で死んだものばかりだ。そして皆なにかの後悔を抱えている。ボクは強制はしていないよ。転生するか、このまま消えてなくなるか選んでもらっているからね」
「そんなの脅迫みたいなものじゃないか」
誰だって死ぬか、転生するかって言われたら転生するよ。ボクだってそうするさ。
「なんとでも言うがいいさ。ボクは無理やり転生させてるわけじゃないし。時には断ってくるものもいるんだ。そうしたらまた次。こうして、ボクは世界と世界のバランスをとるためにせっせと転生者を送ったり帰らせたりしてエネルギーがパンクしてしまわないように調整しているんだよ。ボクの苦労も知ってほしいものだね」と、トラック様は悪びれもせずに言う。
そのもの良いに若干のいらだちを感じていたんだけど、気になる言葉があった。
「ちょっと待って。今転生者を帰らせたりって言ったよね」
トラック様はちょっと顔をしかめた。口が滑ったのだろう。
「言ったねえ。そりゃ、バランスを執るのが仕事なんだから。バランスが崩れたら戻すこともあるよ」
そんな事ができたとは。思いつかなかった。
そりゃあよく考えれば転生させる方向が一方通行とは限らないじゃないか。
「なんだ、だったらナツキを元の世界に戻してあげれば全て解決するんじゃないか」
「ボクもできるならそうしたいよ。でもそれがそうもいかないんだよ。転生させるには条件があったの、覚えてないのかい?」
「もしかして、死ぬってこと?」
「そうだ。ナツキくんが死んでくれたらボクはナツキくんを今度は元の世界へ転生させることもできる。転生ってのはその名の通り心で生まれ変わることを言うんだからね」
そうだった。異世界転移ではなく異世界転生なので、死ぬことで初めて成立する現象なんだ。
「じゃあ諦めて。ナツキは殺させないから。寿命で死ぬのを待ってよ」
「それじゃあ意味がないんだよ。残りの寿命がエネルギーになるんだから。だからね、もう一つの方法を取ろうと思ったわけだ」
「もう一つの方法?」
「うん。君だよ。ナツキくんを排除できないのなら、君を排除すれば良い。君さえいなければナツキくんの能力は使うことができないんだからさ」
「それって、ボクを殺すってこと?」
「そうなると助かるんだけどね。さすがのボクもただの村人の君を殺せ、なんていう使命を異世界人に与えることはできないからね。異世界人だってびっくりしちゃうだろ。君のような美少女が世界を滅ぼす悪魔だから殺せって言わても、誰も信じるわけないよね」
そこで半分寝ていたケイトが
「え? 嘘だったんか? タルトちゃんが世界を滅ぼす悪魔だってーのは」
騙されたやつがいたのか。ここに。
「騙してないよ。いずれそうなるっていう話だよ」
「だからならないってば!」
「そうだね。ならない可能性のほうが高いとボクも思っている。だけどそれがたったの1%だろうと0.001%でも世界が滅びる可能性が生まれることになるんだ。それは世界を天秤にかけてしまえばかなり高い確率と言えてしまうんだよ」
話は平行線だ。
「まあ、いいさ。ボクとしてはケイトがダメだったら諦めると約束したからね。この世界が滅びの運命を迎えたらこんどは別の世界の担当になるだろうし。異世界なんていくらでもある」
トラック様を説得するのは今のとこは難しそうだ。
だけどさっきの話で気になることがもう一つある。
「ねえ。ナツキが失敗だって言ってたよね。なんでナツキだけが世界を滅ぼす可能性があるの」
「さっきも言った通り異世界人の力には制限がない。普通なら自分の欲望で自滅するところなんだけど、ナツキくんの場合は自分の欲望ではなく、君の願いを叶える能力だからね。ナツキくんが自滅するってことがないんだ。確かに今はまだ大した能力は使えないかもしれない。だけど、いつか成長すればどんな願いだって叶えられるようになってしまうだろうね」
「世界が人質みたいなものか」
まあボクのことを信じてくれといったところでボクだって人間だし、誰かに操られないとも限られないわけだし、トラック様の言い分も少しは理解できる。
「そういうこと。世界が人質になっているんだからこっちだって慎重になるよ。まあ心配しなくても殺したりなんかしない。君をナツキくんから離してしまう。それでどうかな。ここまで秘密を喋ったんだから今更ボクも嘘はつかないよ。君はこことは違う大陸に移動してもらう。それで手を打たないか?」
違う大陸へ、か。
それで世界が平和になるっていうのなら。
ボクはどうせもう家族はこの世界にいないし、別の世界に行くのもいいかな。
今の王宮生活を捨てるのはもったいない気もするけど、こんな生活がいつまでも続くなんて思っていなかったし。
「本当にそれでボクたちへの干渉をやめてくれるの?」
「もちろんだ。約束する。ボクは約束を破ったことはないんだ」
トラック様は嘘みたいな言葉を真顔で言った。




