5-7,Ling Load
「い や だ。俺その子、タイプだもん。今回の依頼はなしってことで」
ケイトはいよいよおかしなことを言い出した。
「だから! ボクは男だって言ってるだろ!」とボクが口を挟む。胸は見せられないけど、この後ナツキあたりにバレたら厄介なことになる。ここはどうにかいつもどおり無理矢理にでも納得させないと。
「お前さー。鏡で自分の顔見たことあるのか? じゃあ、お前の横にいるカミサマの顔見て、お前男だと思うのか?」
ボクは隣りにいるトラック様の顔を横目で見る。
黒髪ロングバージョンのボク。
大きな黒い瞳はボクのライトブルーとは違っているけど整った形は同じ。
どこからどうみても美少女だった。自分で言うのも何だけどさ。
「お、思わないけど、髪が長いし。だったら女の子に見えるかもしれないじゃないか」
「じゃ、お前さー、さっき俺と戦ったロン毛の男。あいつを初見で男だと思ったの?」
「それは……」
シューマのことだろ思うけど、当然女の子だなんて思わなかった。声だって低かったし。
「ほらみろよー。髪の長さかんけーねーじゃん。どっからどう見てもお前は美少女だよ。正直言えば仲間になってほしーくらいだ。まあ、お前がどうしても違うって言い張りたいんならそーいうことでもいいけどさー……だったら俺は……」
ケイトはボクの目を睨みつけて言った。「お前を倒すよ」と。
これまで誰にもバレなかったのに。
「ケイト……君はなかなか鋭い観察眼を持っているようだね。ボクの性別をひと目で見破ったのは君が初めてだよ」
「んなわけねーだろって。お前のオトモダチも全員気づいてるよ。じゃなかったらお前のトモダチの目は全部ガラス玉だよ。何だお前鏡とかみねーの?」
そんなわけない。確かに最近身の回りのことは全部クレアがやってるから鏡を見ることがないけど。
だって……だって……。
思い返すけど、特に皆がボクに対する対応が変わったような記憶はない。うん、大丈夫だ。
その時ドアが勢いよく開いた。
「タルト! 無事か!?」
部屋に入ってきたのはルイを両腕に抱えたナツキだった。
「ルイ! 生きてるよね。無事だよね!?」
「ああ、大丈夫だ。怪我はないし、息もしてる。たぶん気を失っているだけだ。念のため回復薬をかけておきたいんだけど、いいか?」
「わかった」
そう言ってボクは目を閉じて「願う」。
多分ボクの髪が今青白く輝きを放っているんだと思う。
「サンキュ、タルト。もう十分だ」というナツキの声を聞いて目を開ける。
ナツキは後宮の部屋の豪華なベッドにルイをそっと寝せた。
ボクの「願い」がナツキの「力」となるこの間接的な不便なシステムをだいぶうまく使いこなせるようになってきた。
「思ったよりも早いな。すでにそこまで願望器を使いこなせるようになっているとはね」
トラック様が呆れるように言った。
「そいつがあんたの相棒かー。そいつを倒して、あんたをカミサマに差し出せば世界は救われるわけだな。じゃあ、そろそろ行くとしますか」
ケイトがゆっくりとだるそうに立ち上がりながら言った。
「俺がそこに行くまでに、戦うのかどーか決めとくよーに」
ケイトがそう言うと映像は途切れてしまった。
沈黙。
破ったのはトラック様。
「一応言っておくけど、君たちにはケイトのいる場所がわかった。だから公平になるようにケイトにもこの場所がわかるようになっている。だからまもなくケイトはここにやってくる」
この狭い部屋ではボクたちも思い切って戦うこともできない。
場所を変えないといけない。
「タルト、ここにルイを残していこう。俺たちが移動すればルイを巻き込む心配もなくなる」
「そうだね! じゃあ、最終決戦の場所は回廊だ」
回廊は王宮と後宮を結ぶ道。
後宮自体が長らく使われていないせいで、埃っぽい。
暗い歩道は外から見えず、それなりの広さはあるものの、逃げ道は前か後ろの一本道。
ここでならナツキの攻撃を相手も避けづらいし、敵の光の壁の能力も破壊しやすい。
あの壁はある程度以上の衝撃なら破壊できることがわかっているのだから、狭い場所で一点突破が有効な戦略だと、ボクは考えた。
ボクとナツキは暗い廊下で二人。ケイトを待ち受ける。
ケイトはまだ現れない。
「なあ、さっきの戦うか戦わないかを選べってどういう意味なんだ?」とナツキが聞いてきた。
「あ、いや。なんでもない……なんていうと余計気になるよね。えっとなんていうかさ」
今はケイトの事を考えてばかりだったせいで言い訳を考えておくのを忘れていた。
「あのケイトがボクのことを女の子に見えるなんていい出してさ。女の子相手には戦いたくないとか言い出したんだよ。まったく笑っちゃうよね!」
できるだけ自然に言ったつもりだったけど、ナツキの顔はひきつっていた。
何この反応。
まさか!
「あのね、タルトちゃん。非常に言いにくいんだけどね」と後ろからトラック様が話しかけてきた。
まだ居たのかコイツ。
「ちゃんっていうのはやめてって言っただろ」
「ああ、うん。その話なんだけど、君さ、多分もうバレてると思うよ」
バレてる。
「…………え?」
バレてるって何が?
いや、何がもなにもボクが本当は美少女ってこと以外になにもないんだけど、バレてるってどういうこと。
「鏡、見る?」と言ってトラック様がボクの姿を画面に映した。
美少女がいた。
ライトブルーの短めの髪に、ライトブルーの瞳。
髪は少し伸びたのでクレアが綺麗にまとめて後ろで結んでくれていた。これもこの国では珍しくもなく男の人だってよくやる髪型だ。
だけど、自分のイメージしている顔とは違った。
前に見たときはもっとなんていうか子どもっぽい顔だったはずなのに、いつの間にこんなにボクは成長していたんだ。
これじゃ髪を短めにしていたって男の子だって言い張るのはかなり難しい。
「ナツキは……いつから気づいてたの……」
ナツキは困ったような顔をした後に答えた。
「実を言えばコタン村を出る前にはなんとなく気づいてた」
「嘘!?」
そんな早くから? ずっと騙してたの? いや、騙してたのはボクなんだけど。
「いや、だってお前さ、自分で気づいてないと思うけどすげえいい匂いするんだよ」
「へ、へんたい……」
「待てって! 待て待て。お前いつも風呂上がりにミーティングするじゃないか。それだけじゃないよ。そもそも洞窟の魔物と戦ったときにお前を抱いただろ?」
「だ、抱いた!?」
「違うって! こう、抱えただろ。あの時もそうだしさ。アルムス戦争のときだって、お前しょっちゅう服が破けてたし、あん時のお前、髪も長かったし……」
あの時はたしかに身だしなみに気を使っている暇なんてなかった。クレアも居なかったし。
「逆に苦労したんだぜ。兵士たちからも何度も聞かれてさ。黙っててやってくれって。俺やリントや将軍で説得してさ」
「か、カイゼル将軍も知ってたんだ。リントも……」
顔が火傷しそうなほど熱い。
「うわああああああああああああああああああああああああああああ」
「お、落ち着けタルト!!」
「うわああああああ。………うわあああああああああああああ!」
色々と思い出される。
恥ずかしい。今すぐ消えてなくなりたい。
「壊れちゃったね」
苦笑いをしながらトラック様が言う。
「どうしましょうこれ」
困ったようにナツキが答える。お前ら何仲良く話ししてんだよ!
「でけー声。もしかして俺はすごーく舐められてるとか?」
ケイトの声が聞こえた。




