5-5,王の間・跡
「なんだこれは、どういう仕組の力だ?」
ヒキガエルのように地面に這いつくばった状態のケイトが苦しそうに声を出した。
「お前に教える理由がない」
「はは。小さくても王様は王様ってことか」
ケイトは立ち上がろうと試みているようだけど、そこだけ重力が強くなっているかのように地面に引きつけられて立ち上がれない。
「お前もタルト様を守りたいってか?」
画面からは二人の表情はよく見えない。だけどルイの声がさらに凄みを増したのはわかった。
「気安くあの方の名前を口にするな」
さらに強く、地面にめり込むケイト。なにかうめき声のようなものが聞こえるけど聞き取れない。体の自由だけじゃなくて声も封じたのか。
「ルイ、すごい……」
ボクは感嘆の声を漏らした。ナツキも同じ感想のようで無言で頷いた。
王の力。王の命令には誰も逆らえないということか。
今のうちにケイトを捕まえてしまえばこの騒動も終わらせられるかもしれない。
「ナツキ、王宮ならここからすぐだろ? 助けに行ってあげてよ」
「そうだな。あの状態ならなんとかなるかもしれないしな」
ナツキはボクに「絶対にここから出ないように」と念を押して扉を締め鍵を何度も確認した後、ルイのいる王宮へと走って向かった。
足音がしなくなってからボクはトラック様に言った。
「いいの?」
トラック様は表情を変えずに答える。
「なにがだい?」
「あなたの刺客はここまでみたいだよ。このままだとボクの勝ちってことになるんだけど」
「気が早いね、タルトちゃん。逆にボクが君に言いたいよ。ほんとにこれで「いいの」かいって」
どういう意味。
映像を見ても、ケイトはまだ這いつくばったまま。
ルイは?
ルイもとくに消耗している様子もない。
だったらなぜトラック様はこんなに余裕なんだ。
よく考えないと。
ルイは新しい力を手に入れた。勅令といったかな。命令を強制的に守らせる強力な能力。
あ。
この能力は「強すぎる」んだ。
ルイの圧倒的な力につい忘れていた。
さっきまでそのことばかりを考えていたはずだというのに。
彼ら異世界人の力には「代償」や「制限」がつくんだ。強い力には比例して大きな。
だとすればこんな強力で絶対的な力ならそれに見合う制限がある。
トラック様はそれを見抜いているのだろうか。
ボクはケイトの力の秘密を見抜かなきゃいけない。だったら、ルイの能力くらい見抜けなくちゃ。
そうか、わかった。
ルイが言っていたじゃないか。「ここは余の国、余の城だ」って。
たぶんルイの能力は効果範囲に制限があると思う。
アレくらいの力だとすると、おそらく国中は無理だ。王宮……いや、あの王の間か。
じゃないとルイがこれまであの能力を使わなかった説明がつかない。
ルイはあの能力を使うために王の間にケイトがやってくるまであそこにいたんだ。
勅令は「王の間にいる人間に強制的に命令できる力」なんじゃないかな。
でもそれならすでにケイトはまんまとその仕掛けにはまった。
強すぎる能力が仇となって、警戒が足りていない。
真正面から王国へ侵攻してきて、まっすぐに王宮へとやってきた。
実際にボクたちの戦力では歯が立たない強すぎる力を持っていたけどそれゆえ守りが甘い。というか守りの能力だからこそ守りに絶対の自信があるからこそ「守らない」んだ。
もしケイトが一般人を装って王都に紛れ、夜中にでもこっそり王宮へと侵入してきていたらすぐにボクのところへたどり着けたんじゃないだろうか。
トラック様の言葉を思い出す。「ほんとにこれでいいのか」と言った。
どういう意味だ?
映像の方に動きがあった。
ケイトは光の壁を自分の下に生み出し、無理やり体を起こそうとしている。
そんな使い方までできるのかアレ。さわると熱いとかビリビリするとかそういうものではないようだね。
ケイトはまるでマリオネットのような不自然な動きで光の壁で自分を支え、挟み込むように配置して立ち上がった。
まずい。ナツキ、はやく!
「余へ危害を加えることは許さない」
ルイが言い終わったときにルイの周辺を光の壁が衝撃波のように何枚も襲いかかった。
ルイの後ろの壁が大きく凹み、さらに何度も光の壁が衝撃を与え、ついには壁が崩壊した。
だけど、ルイには傷一つ付いていなかった。
「厄介な力だな。反則だろそれ」
ケイトがしゃべった。そして、普通に立っている。
そういうことか。
守らせることができる命令はひとつなんだ。
たぶん、ケイトも自分の体が自由になったことでそれに気づいたはずだ。
だとしたらルイが危ない。
言葉による能力はとにかく扱いが難しい。それは百戦百勝の能力でよく知っている。例えばルイは今自身への攻撃を禁じた。だとすれば自身以外への攻撃は可能ということになる。
じゃあ攻撃を禁じたとしたら? 今度は攻撃でなければ危害を加えることもできるということになる。能力の使用を禁じても、それなら直接ルイに攻撃すればいいだけだ。
言葉による能力は効果がとても曖昧なんだ。
それにくらべケイトの光の壁の秘密はまだわかっていない。
逆にケイトにはルイの能力が完全にではないけどバレてしまっている。
「気づいたかな?」とトラック様がボクに声をかけてきた。急だったので体が一瞬跳ねてしまった。
「なにが」
ボクは虚勢を張る。
「別に笑ったりしないさ。この勝負に真剣になってくれているようで良かった。てっきり真面目に考えていないのかと思っていたよ」
「どういうこと?」
「タルトちゃんはもっと真剣になった方がいい。君はこの勝負に負けたら自分が死ぬだけで済むとかそんな事を考えているんじゃないかな? 本当にそう思うかい? 君がいなくなったらナツキくんやこの国がどうなるのか、考えていないのかな。たった一人の異世界人に敗れ去るような国がこの先生き残れると思うのかな」
ボクが真剣ではなかっただって?
ナツキか!
そうだ、なんでアイツを一人で行かせてしまったんだ。
ナツキがボクより身体能力が上になったからって、能力が使えないんじゃなにもできない。
アイツはボクが近くに居ないと力が使えないじゃないか。
しまった。ナツキがボクと同じ部屋にいるっていうのは本当ならもっとも重要な守りだったはずなのに。ボクは自分からそれを解いてしまったんだ。
映像の方ではさらに爆音がした。
ケイトは光の壁による攻撃を今度は、四方八方に放つ。
ルイに当たりそうになった壁はぐにゃりと曲げられて、ルイには当たらない。だけどケイトはお構いなしに能力を使い続ける。
ついに天井が崩れ落ちようとしていた。
このままじゃルイまで瓦礫で潰されてしまう!
ケイトが腕を天井に向けてかざし、ひときわ大きな光の壁を造り、情報へ放った。
轟音と主に王宮の天井が吹き飛ばされた。
煙が上がる。
ルイが咳き込む音が聞こえる。無事だ。よかった。
ケイトがどういうつもりであれ、また助けられた形になった。
屋根も壁も吹き飛んでしまい、風が流れ、すぐに視界は晴れた。
そこに映ったのは、ケイトが手をかざし、ルイを光の壁によって吹き飛ばした瞬間だった。
「どうして!? ルイには攻撃できなかったんじゃ!」
「あれは多分制限がある能力だろうからね」
「それはわかってたよ。でもケイトもルイもまだその効果範囲内にいたんじゃないの」
「制限は範囲じゃないよ。「場所」だ。ルイくんの能力は王宮の中、それも「王の間」に限定して使える能力だったんだろうね」
「でも今いるのがその王の間……あ!」
「そう。王の間というなら王の間であるべきものがなければならない。ま、なんでもいいだろうけどあの場合は玉座だろうね」
王の間はケイトの攻撃によって壁も屋根も、そして、玉座も全てが破壊されていた。
これじゃ王の間どころか、もう部屋とさえ言えない。
「ルイ! 無事か!? ルイ!」
ナツキの声が聞こえた。画面に目を移す。
ボクがトラック様の方を向いていた間に、いつの間にかケイトは画面には映っていなかった。
ナツキが一人、ルイをさがし、瓦礫の山となった王の間……とはもう呼べなくなったその場所で、瓦礫を押しどけながら必死にルイを必死に探している姿が映っていた。




