4-11,勘違い
「ねえ、金色になってたよね。あれ、何だったの?」
「俺もよくわかんないっすけど、たぶん『金』になったんじゃないっすかね……」
プリムたちを無事にフィオールに送った帰り道。
タツオは拘束され、プリムたちと一緒にフィオールに引き渡した。一応何かしらの法に触れるのでやろうと思えば一生牢屋に閉じ込めておくこともできるだろうけど、後の処理はプリムたちに任せておいて大丈夫だろう。
ようやく張り詰めていた気を緩めることが出来て、ボクはリントにタツオとの戦いのときのことを尋ねてみた。
金になった、だって。
一瞬笑いそうになった。
「いや、顔、笑ってるっすよ」
「ご、ごめん!」
リントの願いは確か『お金持ちになりたい』だったっけ。実際にどんな願い方をしたのかはわからないけれど。トラック様は無限にお金を出せる能力をリントに授けた。通貨そのものの価値が高い金貨や銀貨の類はだせず、信用で価値が決まる紙幣タイプのお金だけしか出せなかったので使えば使うほどお金の価値が落ちてしまうという、なんとも意地悪な能力だった。
今となってはそれで良かったという気もしているけれどね。
質量の大きな金貨や銀貨まで無限に出せてしまっていたら、今度はもっと違う大きな問題に発展していたかもしれないから。
そんなちょっと間抜けな能力だったのにリントは「自分自身を金に変える」という能力を手に入れた。
これは最初から持っていた能力なのか。それとも進化して手に入れた能力なのか。
そもそも自分を金に変えるって、何に使う能力なんだろう?
もちろん、戦闘においては防御的なものが高まるかもしれない。いや、金ってどうなの。金属だから少しは耐久性ありそうだけど。
だけど、あの金ピカ姿は思い出しただけで、だめだ、顔が笑ってしまう。
全身金色でしかもボクの顔を反射してたんだよ、笑うなという方が無理だ。
ボクのことを守ってくれた能力なのにほんとにごめんね、リント。
「さて、出てきてよトラック様」
王宮の自室に戻ってからボクは言った。
目を閉じ、そして開けた。
――灰色の世界
あの時と同じ。
ボクの部屋。だけど全て物が色と音を失った世界。たぶん時も。
そして、低い猛獣が唸るような音が聞こえてきた。
二つの光。
かなり遠くからここまで届く強力な光。
――トラックだ
ボクは光が近づくのを以前とは違い、落ち着いたまま待った。
「まさか君の方から呼んでくれるとは思わなかったよ。久しぶり、というほどでもないか」
青く長い髪をなびかせて、トラックから降りてきたのはやはりボクそっくりの見た目の『トラック様』がボクと同じ声で言った。
「ボクには二度と会いたくないんじゃないかと思ってたからね。君がきちんと呼んでくれたおかげで今回は時空も安定しているし、うん快適だな」
トラック様は何故かごきげんだった。
ボクも前ほどうろたえているわけじゃないし、トラック様がどんな人――なのかどうかは置いておいて性格は知っている。
「それで、トラック様。この勝負はボクの勝ちって言うことでいいんだよね?」
「なんのことだい?」
「あなたが送り込んだ異世界人ってあのタツオでしょ? 最強の力……ワンヘッドだっけ? あんなのがあなたの刺客だとはちょっと意外というか、肩透かしだったね」
「あはははは! あれがボクの差し金だと思ったのかい? 意外とかわいいところがあるねタルトちゃんは」
急に笑い出したトラック様に面食らってしまったボクは一瞬怯んだ。
「だって、あれが最強なんでしょ? 間違いなく異世界人だったもん」
トラック様は本気でおかしかったようで軽く目に涙を浮かべながら
「あーおかしい。あんなのが刺客なわけないじゃないか。あれは確かにボクが送り込んだ異世界人だが、ずいぶん昔に送り込んだやつだよ。ま、君も知っての通りろくでもないやつだった。転生前も転生後もね。すっかり忘れていたよ。あの程度の力じゃこの世界では大したことも出来ないと思っていたんだけど、おや、魔王と氷竜の討伐をこなしているんだな。ま、どちらかといえばあの異世界人の力というよりはこの世界の英雄たちの力のほうが大きいようだけどね」
嘘。てっきりあれがトラック様の刺客だとばかり思ってた。
「心配しなくてもとびきりのやつを送り込んださ。君たちがどうあがいてもどうしようもない能力者をね。君たちがどんな無駄な抵抗をして絶望していくのかが今から楽しみで仕方ないよ。ふ、くふふふっ! いや、ごめん、君の勘違いがあまりに可愛らしいから。さっきまであんなに得意げだったのを思い出すとおかしくてさ」
なんか、前より全然性格の悪さを隠さなくなったな。
だったらこっちも遠慮はいらないよね。
「相変わらず最低だね! ねぇ、その格好って別に本当の姿じゃないんでしょ。自分と喋ってるみたいで気味が悪いから見た目変えてくれない?」
「今の君とは結構違うと思うんだけどな」
「ボクにとっては今も昔もないよ。せめて髪と目の色とかさ、違う色にしてよ」
「わかったわかった。笑わせてくれたお礼にそれくらいのお願いは聞いてあげるとしよう」
ほんとにこいつはムカつく。
トラック様が目を閉じると、スーッと髪の色が黒に変わった。目を開けたら瞳の色も黒色に。
なんだかまるで異世界人みたいだ。
「これでいいかな? なんなら髪型も変えておこうか?」
「いや、十分だよ。ありがと」
お礼を言ったあとに、なに馴れ合ってるんだ、と自分を戒める。反射的に出てしまった。
その様子もトラック様はニヤニヤと楽しげに見ていた。
「もう間もなくだよタルトちゃん。すでに準備は整いつつあるようだ。もうすぐ君の前にボクのとっておきの刺客が現れる。君たちを倒したあとはあのタツオもついでに始末させるつもりだから安心すると良い」
「ちょっと、余計なことはしないでよ」
「おや? 君はボクの刺客を倒すつもりだったんじゃなかったかな?」
「そうだよ。絶対にあなたの思い通りになんてなってやらないし、やらせないよ。だから他の異世界人に手を出す前にボクのところへ直接送り込んでよね。できればすぐにでも。ボクだって色々忙しんだから!」
「そのつもりだけど『彼』がどうやって君の元へ行くのかまではボクは指示していないからね。次期も任せてある」
どうせ嘘だ。やろうと思えばどうにでも誘導ができるくせにあえて適当な指示を出してるに決まってる。
もっと警戒しておかないといけないな。
「はぁ。あなたと話しているとほんとに気が滅入っちゃうよ。そこまでひねくれるほどに裏切られてきたんだと思うと同情もするよ。ホントだよ」
トラックさまは驚いた顔。これは初めて見た顔だ。黒髪黒目になったせいでこれまでより少しだけ他人のように思えるようになったせいで表情を見やすくなった。
ほんのわずかだけど嫌悪感もマシになっている気がする。
「まさか人間に同情されるとは思わなかったな。長く生きているけれど初めての経験だよ。なるほど、理解されるというのは心地が良いものなんだな」
こっちも驚きだった。まさかトラック様がそんな人間のような感情を持っていたなんて。
「じゃあボクに免じて異世界人をいじめるのは辞めるっていうのは?」
トラック様はニヤリと笑って「なしだ」と言った。
「君のことは気に入っているんだ。ホントだよ。だけど異世界人を許すにはあまりにこれまで裏切られすぎてきた。さすがの君でもボクのこれまでの苦悩を理解するのは難しいだろう。もっと早く君に会えていたらと思わないでもないが、もう賽は投げられている。結末は変わらない」
「そっか。結末は変わらない。必ずボクたちはあなたの決めた運命にあらがってみせるよ」
ボクは今度は飛び切りの笑顔を向けてやった。
強がりでもなんでもなく、すっきりした気持ちをトラック様にぶつけてやることがトラック様に一番効果があるとなんとなく感じたから。
「楽しみにしてるよ」という言葉が聞こえたときにはトラック様の姿はなく、すでに世界は色と音を取り戻していた。
四章はこれで終了です。
次回から最終章に入ります。
あと少しお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




