4-4,花の棘
ボクはあえてナツキとリントには何も伝えないまま昼食会へ連れて行った。
プリムたちが異世界人を嫌っていることを伝えておいたほうがもちろん安心だ。だけど、それじゃ意味がないと思ったから。
二人はあれからずっと王都の見回りを毎日かかさずこなしている。ボクのためだ。
そんな二人をボクは信頼している。だから自信を持って二人を彼女たちに紹介したかった。
「こちらがナツキ。えっとたしかフルネームもあったけど忘れちゃった。真面目だけどちょっと空気が読めない所があるから注意してね。それでこちらがリント。フルネームは……聞いたことあったっけ? 全然覚えてないや。いいやつなんだけど考えなしに発言するところがあるから許してね」
「おいおいおいタルトっち、もうちょっとマシな紹介があったっすよね!?」
リントは予想通りツッコミの反応を見せ、ナツキは予想通り大人しく「ああ」とか返事するだけ。
うん。これでこそナツキとリントだ。
「はじめましてナツキさん、リントさん。私はプリムローズと申します。こちらはユーフォルビア、こちらはアコナです。どうぞお見知りおきを。お二人は異世界からやってきたと伺っております。そのような方とお話できる機会は大変貴重なので私どもも緊張しております」
プリムたちはみるからに警戒している。以前出会った異世界人がよほどひどかったんだろうね。
ナツキもリントも優れた人間とか、聖人とかそういう類のものじゃ決してない。二人とも年相応の普通の男の子だ。
それがトラック様の嫌がらせによって過酷な異世界転生スタートを切らされたものの、今はこうして王宮生活ができるようになったし、仲間もできた。
ボク個人の考えとしてはあとは美少女の仲間ができれば言うことない。ハーレムを、とまではいかないけどせめて一人くらいは美少女の仲間ができてもいいんじゃないかなって思っている。
ボクは一応それなりの覚悟を持って二人を紹介しようと考えている。
二人にとって初めての美少女との出会い。ここにいるフィオール使節団の皆さんは全員が異世界人と一緒にいても遜色ないすごい人達だ。ボクみたいな平民で魔力なし、戦闘能力もなしの一般人とは本来なら言葉をかわすこともできないような相手。
そんなボクが今王宮にいるのは全てナツキとリントの力だと思う。
トラック様は彼らにわざと過酷な運命になるように仕向けていた。だけどその先の運命まで変えることはできないこともわかった。それができるならわざわざボクを排除しようなんてしなくていいからだ。
トラック様はあくまで間接的な干渉しかできない。直接的な干渉は最初の転生時のみなんだ。
だからボクはナツキたちがこの先、この世界で少しでも幸せに生きていけるように助けていきたいと思った。
プリムたちにとっても不運な出来事だったと思う。
プリムたちが出会ったタツオという異世界人は聞いた限りでは最低の異世界人だったようだ。そんなやつに初めてであったのだったら異世界人に対する印象は悪くなってしまうのは無理もないと思う。
ボクは逆にこれまで多くの異世界人をみてきた。
中にはタツオほどひどくはないものの、ろくでもない異世界人も多くいた。うん、たしかに異世界人はなんの苦労もせずに特別な力を与えられたせいか力を私利私欲のために使ったりするやつばっかりだった。それでボクも最初は異世界人のことが嫌いになっていた。
だけどナツキたちに出会ってボクは異世界人に対する見方は大きく変わった。
彼らは特別な能力はあるもののなんの手がかりも手助けもない状態でこの世界に放り出された。トラック様の嫌がらせでね。
だからなのかはわからないけど必死にこの世界で頑張って生きていこうとするナツキたちを見て、ボクは彼らを助けていきたい、彼らにも幸せになって欲しいと思うようになった。
プリムたちにもそう思ってほしいとは言わないけど、異世界人がみんな同じじゃないよって伝えられるといいなと思った。
社交辞令の挨拶の後、しばらく当たり障りのない会話が続いた。
一杯目の紅茶がなくなったあたりでルビアが切り出した。
「私は表面を繕って話すのが苦手なんだ。だからそろそろ本音を話させてもらおうと思う。タルトが連れてきた二人だから私はあんたたちが悪い奴らじゃないってことは信用してる」
場の空気が張り詰めた。ボクはぎゅっとティーカップを握ってルビアの方を見る。
「だけどあんたたちのその特別な能力ってのは天だか神だかから与えられたものなんだろ? 私はそういうなんの努力もせずに手に入れた力はどうにも気に入らないんだ」
ルビアの言葉をプリムが補うようにつなぐ。
「わたしたちの国には貴族制度がないの。王はいるのだけど政治は議会が中心になって行っているわ。それぞれの能力に応じた役職が与えられるのがフィオールでの常識。魔力は生まれながら決まっているものだけど魔力が少なくとも魔導技術の発展に寄与したり研究したりすることで高い地位を得るものもたくさんいるわ。かくいう私も魔力はフィオールでは平均値くらいなの。少ない魔力でも使い方と鍛錬次第でいくらでも活用することができるのよ」
耳が痛かった。ボクは魔力も地位もなにもない。だからボクには何もできないと思っていた。だけどフィオールではそこからの個人の努力が重要と考えられているようだ。
国民の意識の高さが長きにわたり魔導王国と呼ばれ続けた所以なのかもしれない。
「だからあたしは異世界人ってのが気に入らない。はっきり言えば嫌いなんだ。この国のシステムも気に入らない。個人的な話をさせてもらえばあたしは友好条約なんて結ぶ必要はないって思ってる」
「ちょっとルビア、言い過ぎよ」
プリムが慌てて注意するもののルビアは意にも返さない。
「個人の意見さ。非公式な場なんだ別にいいだろ? あんたら異世界人はその特別な力にかまけて他人の上に立っていい気になっているだけだろ。この国の王族や貴族だってそうだ。生まれながら与えられた地位の上にあぐらをかいて下の人間に面倒事を押し付けているだけなんだろ」
「それは――」
ボクが口を開こうとしたところでナツキが
「ちょっとまってくれ」
と、初めてまともに大きな声を出した。これまでは黙って頷いているだけだったのに。
全員の視線がナツキに集まる。
「俺はたしかにただ能力を与えられただけで自分で手に入れたわけじゃないしあなた達ほど能力を高めるための努力はしてきていないと思う」
それはナツキの能力がどんなものかわかっていなかったのが最大の原因だと思うけど。
ナツキはボクが何かを言おうとするのを遮って続けた。
「だけどルイは、この国の王は、与えられた力を振り回すだけのやつじゃない。それに王を支える貴族たちもそうだ。彼らが使命と運命の元にその身分に合った義務を果たしているからこの巨大な国は維持され続けている。俺はこの数ヶ月、多くの人を見てきた。王都も辺境の街も王宮の中も。皆が必死で生きていた。それぞれが自分の役割をはすことでいま皆がこうして豊かに暮らすことができていると思うんだ。もちろん中には堕落した貴族なんかもいるけど、それだけで全てを否定するというのは間違っているんじゃないか」
ナツキがそこまで考えていたなんて、正直驚いた。
リントが立ち上がる。
「ナツキっちマジで良いこと言うっすねー。半分くらいは意味わかんなかったっすけどね。だけど俺も言わせてもらっていいっすか? 俺の能力はただ紙切れを作るだけのしょぼい能力っす。異世界人能力ランキングなら最下位になる自信があるくらいっすよ。だけどそんな俺でも、俺を救ってくれた仲間のためにこれまで必死で生きてきたし、俺にできることを精一杯やってきたっす。それを努力と呼ぶかどうかはわかんねーっすけど。つーかねーさんにわかるんすか? いきなり何も知らない世界になにも持たない状態で放り出されるつらさが。孤独が。不安が。そこに助けの手を指しにべられたときの嬉しさが。俺はこの国もこの世界もはっきりいってどうでもいいっすよ。だけどな、孤独だった俺を救ってくれたナツキと、タルトの二人には感謝してるんすよ。こいつらは火達磨になったり矢に貫かれたりしながらも俺のことを守ってくれた、最高にいいヤツなんすよ。異世界人が気に入らないのは勝手だけどな、俺のことは何を言ってもいいけどな、ナツキたちのことは悪く言うことは許さねえぞ!」
リントが語り終わり場が静まり返った。ナツキもリントも彼らなりに多くのものを抱えて考えていたんだ。ボクは二人のことをわかっているつもりになっていた自分が恥ずかしくなった。同時にボクは胸が締め付けられるような感覚も感じていた。
リントとルビアと睨み合った状態のまま無言の時が流れた。
ようやく、ルビアが口を開いた。
「あんた、リントって言ったっけ? 紙切れを作る能力ってのはマジなの?」
「あ、ああ。マジだ。今は禁止されてっから使えねえけど、俺はあらゆる紙幣を無限に生み出すことができるんだ」
バカ。まだ友好条約も締結していないのに能力をバラすやつがあるか。
「なるほどな。確かに弱そうな能力だな。それ……見せてもらう訳にはいかないか? 頼む。それでこの話はおしまいにすると約束する」
リントがボクの方を見た。ボクが決定するのか? なんでいつもボクに大事な判断を求めてくるんだこの子達は。
「うーん。じゃあ、作った紙幣はボクが全部責任持って焼却処分するってことでなら、いいよ」
「了解っす! じゃあ久しぶりにぱーっと能力開放、させてもらうっす!」
席を立って広い場所に移動して、リントは叫んだ。
「これが俺の能力だ!!」
中庭に立ったリントの長袖の袖口から噴水のように紙幣が吹き出し舞い上がった。いや、噴水どころか決壊したダムのような勢いで次々に紙幣が吹き出してくる。
前まではポケットの中などから札束を出すだけの能力だったのにいつの間にか進化してる。
ボクもナツキも、使節団のみんなも「おおー」と歓声を上げてその様子を見ていた。