3-21,灰色の世界
【これまでのあらすじ】
村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。
そこで異世界人の「お金を生み出す力」をもつ今川凛冬と「王になる力」をもつ国王での佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。
トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は戦争の前線に赴いていた。
アルムス王国は「戦いに勝利する能力」をもつ異世界人シューマの力によって小国でありながら大国トワイローザ王国との戦いに勝ち続けていた。
王国の危機を救うためにタルトたちはシューマを攻略するための作戦を展開する。
そして作戦は成功した。そしてトワイローザ軍はアルムス軍に「敗北」した。
落雷に巻き込まれたタルトはそこで不思議な体験をする。
大雨の林の中。
最初の落雷に巻き込まれたボクはクレアの腕から転げ落ちていた。
激しく振り付ける雨で地面がぬかるみ、泥状になっていたおかげで衝撃は大したことがなかったけど、長い戦いの疲れと気力を失いかけていたせいで、すぐには体を動かせなかった。
――クレアは大丈夫か!?
クレアはボクをかばいながら倒れていた。雷の直撃を受けてはいないようだったが、ピクリとも動かないので不安だ。駆け寄ってあげたいけどどうしても躰が動かない。
辺りは兵士たちの怒号と悲鳴。さらに唸る空が次の雷を準備している。
この状態を見るだけで、トワイローザの戦線が崩壊し、混乱する様子が今のボクには想像がつく。
でもきっと、ボクと一緒に戦ってきた練度の上がった兵士たちは損害を最小限に抑えながら怪我人を後方へと運び出していることだろうと思う。
指揮系統を失っても統率が取れるようになった。
この作戦での思わぬ収穫だったな。
これなら大丈夫そうだね。
――シューマ……
彼は激しい雷を引き起こしているのはシューマの能力│百戦百勝の力だ。
たった一人で一五〇〇の軍勢を相手にするにはとてつもない奇跡が必要だったんだ。
ボクたちは魔物ですらも撃退した。
いよいよ直接的にボクたちに災害が降り注いでしまったということだ。おそらく今回ばかりは死者も少なからず出てしまっただろう。
シューマはきっとあの場所で一人立ち続けていると思う。
誰の刃も届かない。能力によってこの戦いに勝ってしまうのだろう。
だけどシューマの勝利はアルムス王国の滅亡を意味する。
絶対に勝利してはいけない戦いに勝ってしまうのだ。
ボクのこれまでずっと感じてきた違和感はここで決定的な確信に変わった。
――こんなの「願い」を叶える能力なんかじゃない。「呪い」だ。
シューマだけじゃない。ナツキもリントもルイも、ボクが直接であってきた異世界人は皆泣いていた。彼らはどうしてこの世界に転生してきたのだろう。なんのために?
どうしてあんなつらい思いをしなくちゃいけなかったんだろう。
特別な能力はなんのために授かったのだろう。
あんな能力だったらむしろ授からないほうが良かったかもしれないんじゃないか?
こんな結末が待っているのなら転生なんてしないほうが良かったかもしれないんじゃないか?
ボクは異世界転生ってもっと華やかなものだと思っていた。
ボクが勝手にそう思っていただけかもしれないな。よく知りもせず「ハーレムを作っているだけ」とか「世界を救ってくれない」とか遠巻きに見て勝手に判断をしていただけかもしれない。
本当は彼らには彼らなりの苦労があったんじゃないか。
ボクはそこを見落としていた。ほんとにボクは何も知らなかったんだな。ほんうに無知な「子ども」だったんだ。知らない世界ですごい力を手に入れて都合の良い展開で女の子にチヤホヤされて。そんな面だけを見ていたけど、その裏で彼らはすごく頑張っていたんじゃないか。
少なくとも、ボクの出会ってきた異世界人はみな必死にこの世界で生きようともがいている。
ただ、なぜ都合の良い展開にならないのか、それだけは気になるけど。
むしろなぜか皆、過酷な運命を課せられているように思える。
おかしい。異世界人の運命が過酷なものであるとするなら、なぜ異世界転生させるんだ?
そもそも、彼らはこんな辛い目に合う必要があるの?
元の世界では死んでしまう運命だったとか、向こうの世界で不幸だったとか、それはわからないけど、わざわざこの世界に来てまでこんなひどい目に合わされる必要なんてないじゃないか。
この世界は、ボクの世界は、異世界人をもてなすためにあるんじゃない。でも、異世界人を苦しめるためにあるわけでもない。
彼らにだって幸せになる権利があるはずだ。
この世界に来てよかったってそう思えても良いはずだ。
特別な能力を与えられる代わりに過酷な運命が与えられるとか、そんなことを異世界人は望んだっていうのか?
そもそも世界の危機なんて、異世界人にはこれっぽっちも「関係ない」。
ボクたちの世界の問題はボクたちが解決すればいい。
わざわざ異世界人にやってきてもらって解決してもらわなくてもいい。
そうしないと滅びる世界ならいっそ滅びてしまえば良いじゃないか。
自分たちのことくらい自分たちでやれなくてこの先どうするつもりなんだ。この世界は。
目の前に桶をひっくり返したかのようにうちつけてくる雨飛沫を顔に浴びつつ、ボクはつぶやく。
――ねえ、トラック様。あなたはどうして彼らを異世界転生させたの?
――ねえ、教えてよ。トラック様――
――白い閃光
落雷。
世界が真っ白に染まり、暗転。
なぜか雷鳴が轟かなかった。世界は暗転した後、暗闇に包まれたまま「静止した」。
雷鳴だけじゃない。
気づけばあれだけ激しかった雨の音も、駆けまわる兵士立ちの足音も声もなにも聞こえなくなっていた。
なにが起きた? 目と耳がやられたのかな。
やがて、躰の痛みがなくなっていることに気づいた。
ボクは立ち上がる。痛みも疲れも感じない。周りを見渡す。林の中。さっきボクが倒れていた場所。だけど、動いているものが何もない。雨も降っていない。風も吹いていない。音もしない。静かな灰色の世界。
――ああ、ボク死んじゃったのか
落雷に巻き込まれたのかな。
クレアは大丈夫だったかな。
この作戦はうまくいったかな。いってたらいいな。
大丈夫。ボクがいなくても。ボクはボクにできることはやりきった。
心残りがあるとすればナツキたちの仲間を見つけてあげられなかったことだけど、今の彼らならきっと大丈夫。かな?
無音だった世界にどこからか音がした。
反射的に音がする方を見る。
低い音、獣が唸るような、それでいてどこか機械のような、音。
――ブロロロロロォ……
今まで聞いたどんなものとも違う音。
その音はこちらへ近づいてくる。
音のする方向に光が見える。とても強い光。白い光。炎などとは違ってゆらぎのない自然ではない光。不自然な光は二つ。
強烈な光。魔物の目? あんなに光る目なんてあるのか? それにこの光が目だとすると
――めっちゃでかい! ドラゴンかそれ以上の大きさじゃないか!?
光は唸り声を大きくしながら、まっすぐとボクの方へ近づいてくる。しかも相当なスピードだ!
「うわわ!」
ボクはとっさに走って光とは反対方向へと逃げる。周りが暗くてよく見えないせいで「何か」に足をとられころんでしまう。
顔をあげたときには二つの光はボクのすぐ後ろまでやってきていた。
――キィィッ
起き上がったときには二つつの光はボクの目の前に迫っていて、止まった。
巨大生物だった。
巨大な光を放つ両目がまっすぐボクの方を照らす。
あまりの眩しさで逆光になりその形はよく見えない。ただ、大きい。そして唸り続けている。
ボクはとっさにダガーを両手に構えた。ダガーでどうにかなる相手とは到底思えなかったけど。
すると、低く唸り続けていた声がやんだ。また静寂が訪れる。
さらにボクを強く照らしあげていた光が消える。また、灰色の世界に戻る。
一気に暗闇にもどされたせいで強い光を当てられていたボクの目は追いつかず何も見えない。
――バタン!
と扉を閉めるような音がした。
静かな空間に大きく響いた。何かがいる。でもまだ何も見えない。
足音。
人がいるのか? 足音がボクの方へ近づいてくる。
巨大生物の方は死んでしまったかのように完全に動きを停止したまま。
呼吸をしている様子さえない。
ようやく目が慣れて灰色の世界がぼんやり見えるようになった時、ボクの目の前には一人の人間と巨大な箱のような生き物があった。
「ああこれ? これがトラックだよ。タルトちゃん」
――トラック!? トラックだって? この大きな魔物が?
その声はどこかで聞いたことがあるような、一度も聞いたことがないような、不思議な声。
眼の前で話しているのに頭の中に直接話しかけてくるような不思議な音だった。
本能的にわかった。こいつは人間じゃ、ない。
「あなたが……トラック様?」
「そう! 君がそう呼んでいるものだよ。まあトラックってのはこの乗り物のことなんだけどね。まあボクのことはトラックとでも何とでも呼ぶと良いよ」
トラック様と名乗る人形の存在は、親しげに答えた。
――待って。乗り物? トラックって乗り物の名前だったの?
「じゃあ、あなたが異世界人を転生させていた……神様ってこと?」




