3-20,絶対に、まけてはいけない
【これまでのあらすじ】
村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。
そこで異世界人の「お金を生み出す力」をもつ今川凛冬と「王になる力」をもつ国王での佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。
トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は戦争の前線に赴いていた。
アルムス王国は「戦いに勝利する能力」をもつ異世界人シューマの力によって小国でありながら大国トワイローザ王国との戦いに勝ち続けていた。
王国の危機を救うためにタルトたちはシューマを攻略するための作戦を展開する。
アルムス王国はリントの工作によって経済崩壊し戦線を維持できなくなりつつも戦いにはシューマの能力で勝ち続けた。
そして戦いは最終局面を迎えた。
そこにはシューマただ一人が立っていた。
夜の平原。
平原を囲むように間を開けず整然と並ぶ松明。
平原の中央に白馬にのった兵士が一騎、軍旗を掲げていた。
松明の光に浮かび上がったその兵士の鎧は鎧としての役目はすでに終えており、旗は旗印が確認不可能なほど引き千切れていた。
シューマはただ一人戦場に残った。
シューマの率いていたアルムス軍の外の兵は撤退の合図を受けて全て撤退した。
シューマたった一人を囲むのは無傷で体力万全の一五〇〇のトワイローザ軍。
さらに後方には夕方まで戦っていた休憩中の予備部隊もあり、合計三〇〇〇の軍が平原を完全包囲したった一人と対峙している、異様な光景だった。
常勝将軍シューマはそれでも降伏はしなかった。
――降伏はしなかったのか。できなかったのか
シューマは馬から降りると、馬の尻を叩き、走り去らせた。
旗を地面に突き立て、剣を抜いた。
降伏はしないという意思表示。
敵軍の将軍が戦いの意思を示している以上まだこの戦いは終わっていないことになる。
ボクはクレアを連れて二人だけでトワイローザ国軍の代表としてシューマの元へ歩いていった。
女子二人――一応ボクは男だということにはなっているが――だけど、シューマがいきなりボクたちを斬り殺すようなことはしないことはわかっていた。
近くによってみるとシューマの消耗は想像以上にひどいものだった。
シンシアの持つ松明に照らされるシュータの表情にはいつもの笑みはない。
呼吸は荒く、時折咳き込んでいた。おそらく肺だけでなく全身のあちこちが損傷しているのだと思う。泥だらけ傷だらけながらも、能力の加護のせいか、大きな外傷は見当たらない。まだ「戦えてしまう」躰が残されていた。
「タルトか……この最後の手もお前の作戦ということか。さすがだ」
「シューマ……」
「お前がそこまで完全に俺の能力を見抜くとは正直誤算だった。俺自身、自分の能力がこんな仕組みだとは知らなかったからな。これまで勝ち続けてきた……ゴホゴホッ」
「ごめん、シューマ。君から得た情報がなかったらここまで戦うことは出来なかったかもしれない。卑怯な真似をしてごめん」
「ははは。あのとき呼び出したのは俺だし、俺が自分で能力のことを話したんだ。それに、お前のことだからいずれは俺の能力について気づいていたことだろうしな。だからタルトが気にするようなことはない。それに……これは戦争だ」
よろめきながらもなんとか体制を立て直し、ゆっくりと背筋を伸ばすシューマ。もう立っているのも限界だろう。
「シューマ、君には本国から帰還命令が出ている」
クレアがシューマに一枚の手紙を渡す。アルムス王国の玉璽がおされた封筒に入った手紙。
そこにはおそらくシューマへの即時退却命令が強めの言葉で書かれているはずだ。
――ルイの親書
クレアが命がけで届けたあの親書にはだいたいこんな内容が書いてあった。
1,現在進行中の戦闘は全て貴国が敗戦を認めこの戦争を終えること
2,我国領地の開戦前時点までの回復及び貴国軍の撤退
3,両国ともに賠償金及び領地の割譲は求めない
4,戦いの終結後三年間の休戦協定を結ぶ
5,上項目が実行されない場合は貴国の完全な壊滅を行う
常勝将軍が勝ち続けていた限りはこの親書は無視されていただろう。
だけど今のアルムス王国は開戦時とは状況が大きく違う。
リントの経済工作によってすでに戦闘が続けられる状態じゃなくなっていたし、その影響は国外との対外関係にも大きく影響を及ぼし始めていた。
トワイローザ王国侵攻の大義名分もいい加減なまま長期にわたって侵略を続けていたことに他の国々からも圧力が高まっていた。
このままでは逆に他の国からアルムス王国が侵略を受ける可能性だってある。
もしかしたらすでに宣戦布告でも受けてしまっているかもしれないし、あちこちで蜂起でも怒っていたっておかしくないはずだ。
トワイローザ王国と戦いを続けられる余裕もない。勝っても勝っても領地はわずかしか増やせない。戦争なんてやめてしまいたかっただろう。
そこに、賠償金なし、領地割譲なしでの終戦条件は破格の条件だ。
無敗の将軍の負けと国の存続。比べるまでもない。
アルムス王国政府はルイの提案にすぐに飛びつき、くれぐれもお願いしたいと懇願されたそうだ。
常勝将軍がいる限り戦いに負けることはない。
だけどシューマは一人しかいないんだ。
他の国とも戦争になればあっという間に崩壊してしまうだろう。シューマの能力は一対複数の国になると効果を発揮できない。
手紙を読み終えたシューマは無言のまま。手紙は力をなくした手から離れ、夜風に乗って夜の闇へと消えていった。
「ねえ、シューマ。どうにかできないの? 降伏じゃなくても撤退とか、なにか……」
「俺の、俺の国の負けなのは俺にも十分わかってる。いや戦う前からわかっていたさ。だけど……できないんだ。俺の口も、躰も! 俺の思いどおりに動かないんだ。│俺の能力が負けさせてくれないんだ」
――これは……もはや呪いだ
異世界人が力を得た代償。代償なき力はない。だけどこの異世界人の能力と代償の関係にはボクは悪意を感じる。
「さあ、タルト。俺から離れてくれ。言っただろう。次に会う時は戦場で殺し合うときだと」
「でも! シューマはそれを望んでいないじゃないか。 シューマ、こっちへ来い。ボクが君を助けてみせるから!」
ボクは右手を差し出す。
だけど、ユウタの右手は剣を離さなかった。
「……お前はほんとに不思議なやつだな。俺ももっと早くお前と出会いたかったよ。女剣士さん。あのときはすまなかったな。話はこれでおしまいだ。こいつを、連れて行ってくれ」
「シューマ! ダメだ! 戦っちゃダメだ。君は、それでも「勝って」しまうんだ。そんなことになったら君はもう戻れなくなる!」
「タルト、ありがとう。お前に会えてよかったよ。さあ、行け。行ってくれ!」
ボクは足に力が入らなくなってその場に膝をついてしまった。あわててクレアが支えてくれた。
ここまでシューマを追い詰めたのはボクだ。
こうなることまでわかっていて、こういう結果を狙って、ボクがこの作戦を考えた。
覚悟はその時にできていたつもりだった。
そのはずだったんだけど、今、ボロボロになったシューマを目の前にして自分のやったことを改めて考えて。
後悔はない。皆んなを助けるためだった。
反省もない。時間も限られていた。
だけど、やっぱりボクは、誰であっても目の前で傷ついていくのを見るのは辛い。
クレアは松明をその場に突き刺し、力が抜けたボクを両手で抱きかかえると自軍が待つ方向へと走り出した。
その様子をみて、シュータは静かに笑った。ように見えた。
その笑顔は――王都に来て最初の夜に衛兵を突き飛ばしたときのナツキの顔と重なった。
「シューマぁぁぁぁ!」
――ゴロゴロゴロゴロ
空が鳴いた。湿度が急に上がり、湿った風が舞い上がっていく。天候が急変していく。トライアンフが発動しようとしている。
松明を拾い、かけげ、シューマが叫ぶ。最後の力を振り絞って。
「お前たちの相手はこの俺! 常勝将軍ただ一人だ! さあ、武功を上げたいやつはかかってくるがいい! 一度も敗けたことがないこの俺を倒せるものなら倒してみろ!」
クレアがボクを自軍まで連れてきたのを確認し、ガトー将軍が突撃の命令をくだす。
その瞬間。
あたりが真っ白に輝いた。刹那。空気を引き裂く。大気が強烈な轟音と共に震えた。
一瞬。
先陣を切った部隊が――壊滅した。
さらに空はうめき声を上げ、次の落雷を吐き出す準備している。
そして二回目の雷光。
ほとばしる巨大な光の柱がトワイローザ王国軍の一部を焼き払った、と認識できるまでには麻痺した目と耳がかろうじて機能し、思考が追いつくまでには数十秒を要した。
空はうめき続けている。
「鎧を脱ぐんだ! 武器も捨てろ! 身につけている金属は全て外しておけ!」
「動けるものは怪我人を運べ、落雷を受けただけならまだ生きているものもいるはずだ!」
「森の中へ身を隠せ!」
平原を囲んでいた一五〇〇の兵士は全て無力化され、後方待機していた予備部隊は怪我人を運び出す作業に即時動員された。
雷による被害を最小限に抑えるために金属製の武器防具は全て破棄された。当然シューマを攻撃しようとする兵士など一人もいなかった。
戦闘不能。ものの数十分。
大雨と豪雷が降り注ぎ、武器は焼かれ、怪我人が続出。
トワイローザ軍は完全に壊滅してしまった。
その間。シューマはただ立ち続けた。立ち続けることがやっとだった。
倒れることもできなかった。
負けることも許されなかった。
立ち続けているだけで、シューマはこの最後の戦いに勝利した。
最後の決戦はボクたちの敗北で終わった。




