3-16,調子が悪い日①
【これまでのあらすじ】
村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。
そこで異世界人の「お金を生み出す力」をもつ今川凛冬と「王になる力」をもつ国王での佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。
トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は戦争の前線に赴いていた。
アルムス王国は「戦いに勝利する能力」をもつ異世界人シューマの力によって小国でありながら大国トワイローザ王国との戦いに勝ち続けていた。
王国の危機を救うためにタルトたちはシューマを攻略するための作戦を展開する。
朝から調子が悪かった。
作戦の第三段階に入ったといってもクレアが戻るまでは第一段階からずっとボクたちがやることは変わらない。ひたすら敵の攻撃に耐え続けるのみだ。
王都に帰ることもできないまま前線で数ヶ月。
大規模な戦闘回数は八回。
整備された舗装路はすでに完成しているので潤沢な兵站のおかげで、体を頻繁に洗えないこと以外には大きな問題はなかった。
だけど、こればっかりは避けようがなかった。
「なあタルト顔色悪いけど大丈夫か?」
ナツキが心配して声をかけて来てくれたのだけど今は返事をするのもしんどい。戦地に来てからは不安定だったんだけど、今回は特に調子が悪い。
――くそ、こんなときに
しかも今日あたり敵が攻めてきそうなので前線に出て指揮を取らなきゃいけないのだ。
「今日は寝てたらどうだタルト。顔も赤いし熱もありそうだな」
ナツキがボクのおでこを触ろうとしてきたのでとっさに距離を取る。
できれば近寄っても欲しくないのだけど。
「ありがとうナツキ。だけどボクが体調を崩したと皆に思われたら士気が下がっちゃうし、敵に気づかれでもしたら、イツッ……」
「いや、実際に体調崩してるじゃないか。腹が痛いのか。まさか敵にやられたのか!? 傷を見せてみろ。回復薬を出してやる」
「そうじゃないよ、いいから、大丈夫だから! ちょっとお腹壊しただけだよ、大丈夫。みんな頑張ってるのにボクだけ休む訳にはいかないよ」
このままだと服を剥がされて確認されそうだったのでとりあえずごまかした。
それにこれはナツキの回復薬では治らない。あれは怪我を治すものだから。
そして出来れば放って置いてほしい。
「お腹壊したのか。なにか悪いものでも食べたのか? 他の奴らは大丈夫っぽいけどな……なにか薬草みたいなものでも探してくるか」
「いいから。ほんとに、大丈夫、だから」
「だけどタルトっち、そんな状態で兵士の前に出てもそれはそれで士気にかかわるっすよ。今日はやっぱり休んでた方がいいっすよ。戦ってる途中に漏らしちゃったらどうするんすか」
――わかってる。リントなりに気を使って和ませようとしてそのデリカシーの欠片もない笑えないジョークをかましてくれたことは。
正直殴りたいけどその元気もない。
「リントの言うとおりだ。今日は休めタルト。お前が腹壊したことはガトー将軍や他の皆には俺から伝えておくから。誰だってお腹を壊すことくらいある。歯の痛みとお腹の痛みは痛いときに本人にしかわからないもんだしな」
――やめてくれ。せめて風邪とか体調不良とかあるだろ。
デリカシーの無さで言えばナツキもリントには負けてない。優しいんだけどたまにずれてる。今日みたいに。
とは言え二人に今のボクの体調をわかってもらうことはできない。というかわかってもらうわけにもいかない。
今ボクは男だと思われているのだから。
「ごめん、二人の言う通りだね。今日は後方に回らせてもらうよ」
いつもの出陣式での激励演説はガトー将軍に代わってもらって、戦闘が始まるまでしばらくテントで休ませてもらった。
お昼前ごろになると兵士たちの猛り声が聞こえ始めた。やっぱり戦闘が始まった。シューマが攻めてきたんだ。
「そろそろ戦いの準備しなきゃ……」
体が重い。ついでに言えば気分も重く沈んでいた。
シューマのことを考えてしまうからだ。
戦いを重ねるたびに目に見えて敵の勢力が減少していった。
今ではもう、一〇〇人程度の部隊を編成するのも一苦労なようで、兵士も戦う気など全くない。死んだ目をした亡霊のような兵士たちがただ武器を構え前進してくるだけだ。あるものは棍棒、あるものは農具。いよいよ武器もまともなものが用意できなくなっていた。
それでもボクたちは一度も勝てなかった。
どんな強力な魔法を浴びせようと、敵の数倍の兵士で囲い込もうと、必ずこちらに不利が起き、継続戦闘不可能となって撤退を繰り返した。だけど消耗していくのは勝っているアルムス王国軍の方だった。
「ごめん、おまたせ。戦況はどう?」
ナツキたちは前線に出ている。ボクは後方に待機している味方部隊に声をかけた。
「タルト様! すみません、本日は敵の攻撃が激しく前線部隊が大きく後退したと報告を受けています」
一人の兵士がかしこまって答えてくれた。この数ヶ月で兵士の顔もだいぶ覚えてきた。
「そうなんだね、ありがとうレオン。じゃあボクたちの出番も早そうだね」
「私の名前を覚えてくださっているんですか!?」
「うん、いつも……あ、マックス! やっぱり君たち二人は仲がいいんだね。同じ村出身なんだってね? 二人とも頑張ってくれてるってガトー将軍が褒めてたよ」
「お、俺の名前まで覚えてくださってるなんて光栄です。まさか全兵士の名前を覚えてるんですか?」
「まさか、流石にまだ全員の名前は覚えられてないよ。ただ、あの、出陣式の時は皆の顔はよく見えるから……」
レオンとマックスは雄叫びを上げて喜びを表現してくれた。周りの兵士がボクに気づいて集まってくる。
「タルト様! 今日は体調がすぐれないと伺っていたのですが大丈夫なのですか?」
「心配してくれてありがとうガストン。大丈夫だよ」
ボクの周りに集まってくれた皆はよく見ると髭も髪もボサボサだし、あちこち傷だらけだし、ボクなんかよりもすごく汚れていた。やっぱり、皆だって辛い環境で頑張っているんだ。
「さあ、いこう! そろそろ出番だね!」
「タルト様、馬には乗られないのですか? 準備ができておりますが」
「今日はいいや。せっかくだからレオン、君が乗って」
馬に乗るのは今日は無理そうだ。馬ってものすごく揺れるからね。落ちたりしたら大怪我してしまうから今日は徒歩で行くことにした。
敵の勢力はいつもよりも多い。二百を超える軍勢は久しぶりで敵の士気もそこそこ高く、トワイローザ軍の前衛部隊は苦戦を強いられていた。
ボクたち後方部隊は怪我人の回収と前衛部隊が撤退するまでの敵の足止めが任務だ。
「皆お疲れ様! あとはボクたちに任せて一旦下がって!」
――タルト様だ!
――タルト様が来てくれたぞ!
前衛部隊の皆はだいぶ消耗していたようだけど何故かボクを見て急に元気を取り戻していた。ボクはなんだかこの軍のマスコットのような扱いみたいだね。でもそれでいい。皆が少しでも元気になるのなら、ボクが少しでも役に立てるのならその役目を全力でこなしたい。
「タルト様、すみません。持ちこたえられませんでした!」
前衛の一人が泥だらけの顔で報告してくれた。
「泥だらけでわかりにくいけどその声はポールだね。よく頑張ってくれたね。ここはボクたちが引き受けるから、撤退して。怪我人がいたら手を貸してあげてね。 はい、後これ使って。顔泥だらけだよ」
ポールにハンカチを渡してポールの鎧の胸の部分をコツンと叩く。
「はい! タルト様もお気をつけて! このハンカチは家宝にさせていただきます!」
「そんな大げさな。でもそれボクのお気に入りのやつだから大切にしてくれるなら嬉しいよ!」
――お前! ずるいぞ!
――タルト様の私物! うおおおお!
前衛の皆も元気そうで良かった。
敵の攻撃はたしかに激しかった。
ボクはショートソードを両手で持って使う。少し重くて、ボクには向かない武器。
だけど得意のダガーでは軍人の使うロングソード相手には分が悪い。
「レオン! 前に出すぎだよ!」
レオンは馬の扱いに慣れていないらしく、敵の放った矢に驚いた馬が興奮してしまい、制御できずに敵陣の方へと走り出してしまった。
慌てて追いかける。
レオンも必死に鐙を引き方向を変えようとするが馬はますます興奮してしまいめちゃくちゃに走り回る。そのおかげと言っていいのかなんとか追いつく。
「タルト様! すみません!」
「レオン! 手綱は緩めて。そして馬の首にしがみつくんだ! 振り落とされないように注意して!」
「わ、わかりました!」
レオンが馬にしがみつく。こうなったら馬が落ち着くまでなんとか時間を稼ぐしかないんだけど、敵は目前に迫っている。矢が次々に飛んできて地面に突き刺さっていく。まだ照準が整うほどの距離ではないけど、当たったらまずい。
ボクはとっさに前に出て弓を撃つ。ボクが囮になって時間を稼ぐしか。
矢の第二波。
ずきん。とお腹が痛む。眼の前が暗くなる。一瞬意識が薄れた。
――しまった!
と思った瞬間、足に激痛が走った。
長くなったので2つに分けます。ごめんなさい。




