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3-15,指揮官タルト

【これまでのあらすじ】

 村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹ナツキと出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。

 そこで異世界人の「お金を生み出す力」をもつ今川凛冬リントと「王になる力」をもつ国王での佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。

 トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は戦争の前線に赴いていた。

 アルムス王国は「戦いに勝利する能力」をもつ異世界人シューマの力によって小国でありながら大国トワイローザ王国との戦いに勝ち続けていた。

 王国の危機を救うためにタルトたちはシューマを攻略するための作戦を展開する。


 クレアが王都から前線へやってきた。

 王都での影響が小さいとは言え、戦争中なので親衛隊隊長のクレアは国王ルイの護衛のため残っていたのだけど、シューマを倒すための作戦に彼女が必要だった。


「タルト様。ご無事で何よりです」


 クレアが馬から飛び降りてボクに抱きついてきた。ボクはひどく汚れていたしこの二ヶ月あまりまともに躰も洗えていなかったから前線に来たばかりで髪も服もきれいなクレアと抱き合うのには抵抗感があったのだけど、クレアから香ってきた王宮のあの部屋の花の香りが体中をしびれさせてしまうほど刺激的でボクも思いっきりクレアを抱きしめていた。クレアの柔らかい体と花の香りに包まれている自然と涙が溢れてきた。ずっと戦場で前線に立ち、自分で望んだこととは言え兵たちの上に立ち作戦を指揮していたこともあって、気を張り詰め続けてきていたから、一瞬緩んだ隙に溜まっていたものが溢れてきたみたいだった。

 抱き合っている間、クレアはボクの頭を優しくなでてくれた。


「クレアよく来てくれたね。王都は変わりない? ルイは元気?」


「はい。皆さんのおかげで王都は変わりありません。陛下は皆様のことをとても心配なさってましたよ」


「そっか。よかった……」


 長い抱擁を終えた後、クレアと作戦についての最後の打ち合わせを行う。

 クレアにお願いする作戦の第三段階は「国王ルイの親書」をアルムス王国へ直接届けることだ。   この任務は「絶対的に信頼できる人物」で「敵軍を迂回できる」力と「敵国とある程度の交渉を行う能力がある」ことと、さらに「それらを全てこなして無事に帰還する」という複合的にかなり高い能力が求められる。

 この条件を満たせるのはこの国ではクレアを置いて他に居なかった。


「とても危険な、たぶん今回で一番危険な任務だけど……」


 ボクの言葉を遮ってクレアが答える。


「大丈夫です。クレアにお任せください。タルト様たちがこれまで頑張ってくださったのですから、今度は私の番です。必ず成功させてみせます」


「でも……」


 クレアなら必ず成功させてくれる。それは分かっているしだけど心配なものは心配。


「タルト様だってご存知でしょう? 私は親衛隊長の前は近衛騎士団に所属していたんです。剣の腕なら王国一なんですよ」


「でも!」


「タルト様は優しいお方ですね。そんなお方に仕えることが出来てクレアは幸せ者です。タルト様。私もルイ陛下の力に、いえ、皆さんの力になりたいです。私も皆さんの仲間としてこの作戦に協力したいです。私はこれまでずっと一人でした。ルイ陛下という忠義を尽くせる主君を持てたことは幸いでしたが、友達と呼べる人も仲間と呼べる存在もずっといませんでした。でも今はタルト様がいます。タルト様は私のことを友達だと言ってくださいましたよね。あれは今でも有効ですよね? 私はすごくすごく嬉しかったです。初めての友達ができたこと。そしてナツキ様やリント様のような仲間ができたことが。だけら、この任務遂行は私自身の願いでもあるんです。私を選んでくださって嬉しいのです。だから私に任せてください」


 ナツキたちの泣き癖がボクにも伝染ったのかな。涙が勝手にあふれてくる。

 ボクだってナツキと出会ってからずっと男の子を振りをし続けてきて少なからず大変なこともあったけど、クレアと一緒にいられるときだけはもとの女の子に戻れる。それがとても嬉しかった。


「うん、ありがとうクレア。君なら絶対うまくやってくれるって信じてるよ!」


「もちろんです! お任せください。ですが、作戦は慎重に行わなければなりません。もちろん全力で急ぎますが、どのくらいの期間がかかるかは正直わかりません。私のほうがうまくいくまで、タルト様たちはこのまま前線の維持を頑張ってもらわないといけませんから私はそちらのほうが心配です」


 たしかにどっちかといえばそっちの心配のほうが大きいのは確かだ。だけど今のボクにはそれなりの確信めいた自信があった。


「ぜんぜん心配要らないよ。この二ヶ月でボクたちもずいぶんと強くなったからね。そう簡単にはやられないよ。それに、兵士のみんなも最初の頃と違ってすごくよくボクの指示を聞いてくれるようになったし。こっちは大丈夫。だからクレアはボクたちのことは気にせずにそっちの任務に集中してね!」


「そうなんですね。……じゃあ、明日はタルト様の朝礼を見てから出立しようかな」


 すごく珍しいクレアのかしこまっていない言葉だった。珍しいというより初めて聞いた。超かわいい。もっと聞きたい。でも本人は気づいていないようだったのであえて気づかないふりをしておいた。

 いまのが自然に出たものだとしたら安心してくれている証拠かもしれないから。

 クレアもボクといるときにもっとリラックスしてくれると嬉しいんだけどな。最初のときなんて何を話しかけても無表情だったけど今はずいぶんと表情が読み取れるようになってきたと思う。

 ボクとってもクレアは同年代で同性の大変貴重な友達だ。ボクもよくよく考えてみれば「友達」とか「仲間」とか言える存在って周りに全くいなかったから。



 翌日。

 いつものように身長の低いボクのために用意された箱――もともとは王都からの物資が詰まっていたもの――の上に立って兵士たちに今日の作戦と心構えを伝える。

 本当ならこれはこの軍の総責任者であるガトー将軍の役目なのだけど、シューマを倒すための作戦を説明するのが難しいとかなんとか言い出して、一度ボクが代わりにやってからずっとボクがやらされている。

 全兵士が一斉にこちらを見ている前での演説は最初は緊張してのどが渇いて張り付くほどだったのだけど、さすがに最近は慣れてきた。というか兵士のノリがやたらといいのだ。だからボクも調子に乗って「がんばろうね!」とか言っちゃったりして、腕を上げたりなんかもしちゃったりするんだけど、今日は整列した兵士の列の一番うしろにめちゃくちゃ目立つ金髪の美女――クレアがいる。目立ちすぎて気にしないようにしようとしても逆に気になって仕方ない。

 

 「きっ、今日は敵の軍の集けちゅ……集結の報告が入っているよ!」


 ――うおおおおおおおおおおお!!

 ――タルト様ああああああ!

 ――タルト様が噛まれたぞ!

 ――噛んだ! お噛みになられたぞ!!!


 「なので、えっと、前衛部隊は敵の奇襲に注意して……それから……」


 ボクが話し出すと一気に静まる。よく訓練された兵たち。話しやすいのだけど、クレアに見られていると思うとめちゃくちゃ緊張する! どうしよう。何言うんだったか思い出せない!


「ごめんちょっと待って」


 本当はダメなのだけど今朝の軍議のメモを取り出す。


 ――うおおおおおおおおおおおおお!

 ――タルト様がメモをだしたぞ!

 ――タルト様が悩んでおられるぞ!

 ――タルト様がお話になることをお忘れになった!

 ――今日は最高だな!

 ――神に感謝を!


 逆にボクが話していないときはいちいち大きな声で盛り上がりだす。なんの芸なんだこれは。メモを取り出して、ようやく話さなきゃいけない事を思い出した。


「お、おまたせ」


 と、いった瞬間に兵士たちが黙る。全員が食い入るようにこちらを見てくる。

 まあこれはいつもの光景なのだけど、クレアに見られているとまるでお姉ちゃんとか身内に見られているみたいな気持ちになって、汗が止まらない。


「敵の現在の本陣であるシノ地区から三〇〇ほどの兵が出撃しているよ。常勝将軍の旗印も確認されているから正面から当たることになった部隊はいつも通り事故に気をつけること。怪我をした場合はすぐに後方に下がって支援部隊と速やかに入れ替わりを行うこと。なにか大きな異常があったときはすぐにボクかガトー将軍に知らせること。ボクたちはまだまだここを守り続けないといけないんだから絶対に命を落とすようなことがないようにすること! いい?」


 ――うおおおおおあああああああああああ!!

 ――タルト様! タルト様!


 自分でも、自分の声に全く威厳も勢いもなにもないことはよくわかる。精一杯大きな声を出しているつもりだけどガトー将軍の笑い声の半分くらいの大きさだ。

 そもそもボクの声は女の声なのだからいくら男っぽく見せようと低い声を出したところで限度がある。ちっこい躰で箱の上に立ち、白い紙を見ながら必死に読み上げる姿でただただ必死に呼びかけるだけ。正直ボクはこんなことで士気が高まるとは思えない。

 だけど、なぜかいつも兵士の士気が爆上がりしてしまう。今日もさっきので一番のハイテンションを獲得。数名は興奮のし過ぎで目がイってしまっている。これで今日の戦いもバッチリになったわけだ。


 ――クレアは……


 ようやく少しの心の余裕が出来たので、クレアの方を見てみると、彼女は顔を手で隠していたので表情を見ることが出来なかった。驚いているのか笑っているのか呆れているのか。よく見ると肩がぷるぷると震えていた。絶対笑ってるなあれ。


 朝の戦闘序列の発表などを終えてこそこそと自分のテントにもどって出撃の準備をしているところにクレアが入ってきた。

 クレアも目立たない冒険用の服装に着替えている。街道はアルムス王国軍に封鎖されているので山の中を迂回して進まなければならない。本当に危険で過酷な任務だ。


「クレア、食料と水はもった? 少ないけどこれ、ナツキの回復薬。しぼりたてだよ」


 ボクは小さな小瓶にはいった回復薬をわたす。ナツキは回復薬を出すことができるのだけど能力の中では最も不安定で、誰かが怪我をしたときにしか出すことが出来ない。いつでも出せれば戦いの前に量産して保存しておいて、いざという時に使う、なんてこともできるのだけどな。

 実はさっき、わざと自分の腕に傷を入れてナツキに回復薬を出してもらったのだ。

 自分には使えなかったので腕には包帯を巻いてそれはアームカバーで隠しておいた。

 こんな量でも弓や剣で傷ついた傷ていどなら治せてしまうくらいにはなる。


「ありがとう……ございます……タルト様……」


 回復薬を受け取るクレアは顔をそらしてボクと目を合わせない。肩が震えている。こいつ。


「ねえ。なんでこっち見ないの? 今ってさ、しばらく会えなくなる前の大切なお別れの瞬間だよね。なんならボクは少し泣きそうなくらいなんだけど、どうしてクレアはこっちを見てくれないのかな? それともボクのことなんか見たくもないくらい嫌いになったのかな?」


「い、いえそんなことは決して……」


「もしかしたらお互い命を落としてこれが最後の別れになるかもしれないっていうのに顔も合わせてくれないなんて……」


 観念したクレアはボクの顔を見た瞬間吹き出してしまった。顔に唾液がいっぱいかかった。


「すみませんタルト様! でも……さっきのがおかしくっておかしくって……」


 ボクの顔をいい匂いのするハンカチでふきながらクレアはようやく顔を見せてくれた。

 笑いをこらえている表情すらも美しかった。こんな顔はめったに見られない。目に焼き付けておこう。

 そのままクレアはボクの髪を触り始めた。


「でも安心しました。ものすごく兵士たちから信頼されているのですねタルト様は。あんなに士気の高い兵たちを見たのは初めてです。とても数カ月間敗け続けている軍とは思えません」


 クレアは汚れて伸びていたボクの髪を櫛でとかして、後ろでまとめてくれた。


「ありがと。でも髪を結ぶと女の子っぽくならないかな?」


「大丈夫だと思います。長髪の男性も多いですし。前髪だけでも切って差し上げたかったのですが、今は道具がありませんのでこれで。戦いが終わって王都に帰ったら整えてあげますね。それよりも……タルト様ちょっと成長されましたね?」


 クレアはボクの前髪の片側をピンで止めながら視線を下に下げた。

 クレアの視線はボクの顔から少し下、首の更にしたのところを見つめている。まさか胸!?

 あわてて両手で抑えて隠す。だけどクレアの前で隠しても意味がない。彼女にはボクが女の子であることは等にバレているし一緒にお風呂にだって入ったりしてたのだけど。


「嘘っ! 最近ちょっとそうかなって思ってたけど、やっぱり!?」


「大丈夫です。注意深く見ないとわからな……コホン。大丈夫ですが万が一を考えて布を巻いておきましょう。戦闘中以外は外してくださいね? ずっと締め付けたままだと大きくならないかもしれませんから」


 そういってボクの胸部に手際よく布を巻いてくれた。

 ちょっと胸が擦れたりして痛いなとか感じていたのだけど、注意深く見られるとわかるくらいには成長していたってことか。背も少しは伸びたりしてるのかな。

 

「これでよし。着替えるときや水浴びをするときなどはこれまで以上に気をつけてくださいね」


「わかった。気をつけるよ。ありがとねクレア」






 馬を華麗に駆り、一人敵国へ向かうクレアを見送った。

 振り返るとナツキ、リントが立っていた。二人とも出撃準備はバッチリだ。

 ボクの目は赤く腫れていたと思う。心配そうに二人がボクを見ているけど、大丈夫だよ。むしろ今ボクは一番やる気に満ち溢れているからね。


「さあ、ボクたちも準備をしよう! たよりにしてるよ二人とも!」


「おう!」


 作戦第三段階に突入した。これを超えれば残すは最終段階のみ。ここを乗り切ればボクたちの勝ちだ。



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