3-14,リントの帰還
【これまでのあらすじ】
村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。
そこで異世界人の「お金を生み出す力」をもつ今川凛冬と「王になる力」をもつ国王での佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。
トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は戦争の前線に赴いていた。
アルムス王国は「戦いに勝利する能力」をもつ異世界人シューマの力によって小国でありながら大国トワイローザ王国との戦いに勝ち続けていた。
王国の危機を救うためにタルトたちはシューマを攻略するための作戦を展開する。
捕虜からの報告によると、現在アルムス王国は経済崩壊を起こしているらしい。
傭兵もまともな報酬がもらえずに次々に逃げ出しているし、王国軍も装備がままならない状態になっているという。それはボクたちも戦いの中で感じていたことだ。
原因は通貨の価値の暴落。アルムス王国の紙幣は紙切れ同然となってしまったという。
もともと小さい国で、交易によって成り立っている国だったのに、通貨の信用がなくなったことで取引が立ち行かなくなり、戦中ということもあって、アルムス王国は近隣諸国から一時的に貿易をシャットアウトされてしまったのだそうだ。交易品が入らず経済も崩壊してしまえばもう戦争どころではない。
リントの一攫千金の力だ。
リントには作戦の第一段階の要として、アルムス王国に潜入してもらっていたのだ。
異世界から転生したときに手に入れた一攫千金の力を使ってアルムス王国でお金を全力でバラ撒いてもらっていたのだ。
その結果がどうなるかはボクたちはすでに王都ロスアブルで知っていた。それを今度はアルムス王国全体に向けて使ってもらったのだ。
どこまで効果があるかはわからなかったのだけど、予想以上の成果が出ているようだった。
まさか一ヶ月そこらで国を傾けてしまうほどの能力だったなんて。
「リントの能力ってもしかして戦争においてはめちゃくちゃヤバイ能力だったんじゃ……」
「ええ、恐ろしい力ですな。ナツキ殿は戦術兵器と言えそうですが、リント殿はもはや戦略兵器です。敵にいたとしたらこちらが敗けていたでしょうな。こんな小競り合いではなく国ごと崩壊させられていたことでしょう」
ガトー将軍が認める能力。
リントの「お金を無制限に生み出す力」は使いすぎればその国の通貨価値を無くしてしまう。使えば使うほど自分の首を絞めてしまうので、この国では二度と使わないように本人には言い聞かせていた。だけど今回はその使えない部分を逆手に取って、アルムス王国その能力を全開で使いまくってくるようにお願いしていたのだった。目立ってしまって捕まってしまう危険もある任務だったけど、リントは順調にお金をばらまき続けているらしくとうとうアルムス王国という国そのものに深刻なダメージを与えてしまったらしい。
これまで役立たずとか使えない能力とか言ってごめんよ、リント。帰ってきたらいっぱい謝るからね。それで、いっぱいありがとうって言うからね。あとは無事に還ってきてくれますように。
経済崩壊した上に輸出入が滞るようになったアルムス王国はいよいよ武器や兵糧の確保が困難になり、戦いを重ねる度に攻撃が弱まっていった。
それでも毎回ボクたちは敗け続けた。
敵の常勝将軍シューマが持つ百戦百勝は兵が少なかろうと補給が途絶えようと、必ず戦いには勝利していた。ただ、どんどん能力によって起こされる奇跡はエスカレートしていった。
最初の頃は急な天候の変化や疫病の発生などだったものが、最近では地割れや落石などの大災害が毎回のように起きるようになっていた。
ボクたちトライローザ王国軍は怪我人を出さないようにすることを第一にすることでなんとか被害を最小限に抑えつつ、戦略的撤退を繰り返し続けた。
敵の攻撃間隔はどんどんと開いていった。三日と空けずに起きていた戦闘は現在では一週間に一度。前回の戦いからはすでに二週間がた経とうとしていた。
シューマの軍勢もいくら戦って毎回勝利することが出来ても、領土自体はほとんど侵攻することが出来なくなっており、兵士たちの士気も見るからに落ち込んでいた。
ボクたちが前線で戦略的撤退を繰り返し続けて三ヶ月。リントが帰ってきた。
「リント! 無事でよかった。おかりなさい!」
リントは全く元気そうで、三ヶ月もの間一人で敵国に潜入工作をしていたとは感じさせないようだた。もちろん、潜入工作なのだから、目に見えて怪しかったらそれはそれで問題なのでこの「普通」な感じこそがうまくった証左とも言える。
「リントおまえすごいな!」
ナツキがリントとがっしりと抱き合う。お前らそんな仲良かったんだな。同室だもんな。夜とかたまに盛り上がってたもんな。よかったな、ナツキも。リントが無事で。
「そうだろそうだろ! 言われた通り、金をばらまきまくってきたぜ!」
リントが興奮気味にアルムス王国の様子を報告してくれた。
概ね捕虜から聞いていた様子で間違いないのだけど、実際はそれ以上だそうだ。国民は次々に国外に逃亡を始めており、他国との関係ももともと良くなかったらしいが、悪化してしまい、もうすぐ他の国からも攻め込まれるのではないかという噂だという。
予想以上の大戦果だ。逆に怖くも感じた。
――リントって絶対に他国に渡してはダメな存在だったんだな……
リントが戻ってきたということで、作戦はいよいよ第三段階へ入ることになった。
「あっちの経済はもうだめだめっすね。食料も生活必需品も配給制になっちゃいましたからまともな食い物も食べれなくなったんで帰ってきたんですよ。もともと、交易国家だからほとんどの物資を輸入に頼っていたせいで物々交換もうまく出来ないみたいっすよ。だから通貨攻撃の効果は抜群だったっすね!」
「リント、君の能力って、ホントはとってもすごかったんだね。その……あんまりすごくないと思っていたというか……なんというか、これまでごめんね」
うまく謝れなかった。君の能力は「使えない」とか「誰も幸せにならない」とか「野営のときの焚き火とおしりを拭く時にしか役に立たない」とか思ってたとは流石に言えなかったので。
「いや、俺も自分の能力がこんな形で使えるとは思ってなかったし、ここまで効果があるとは正直驚いてて……タルトっちの作戦の力になれて……俺……始めて皆の力になれてさ……うれしいっすよ」
リントは感極まって泣き出した。そうだったこいつも泣き虫なんだった。
「俺のせいでナツキっちが痛い目にあったり、俺だけ全然皆の役にもたてなかったりしてさ、俺、ここにいてもいいのかって毎日悩んでてさ……俺超頑張ったんすよ……」
本格的な号泣に入ったリントを見ていたナツキも、もちろん泣いていたんだけど、まさかのガトー将軍も泣いていた。どうなってるんだこの国の男たちは。
「リント。君はボクやナツキだけじゃなくってルイも皆もずっと励ましてくれてたじゃないか。ボクは君を役に立つと思って仲間にしたわけじゃないよ。だからそんな事言わないでおくれ。ボクは君のことを今は大切な仲間だって思っているんだよ」
「タルトっち……」
リントが更に大泣きを始めたのはいいけど抱きついてこようとしたのでそっと躱しておいた。
――大切な仲間
男泣きする三人を眺めながらボクはシューマとの会話を思い出していた。「仲間にメリットなんて求めないだろう。お前はそんな事を考えて仲間にするかどうか判断しているのか?」とシューマは言った。そしてボクは今リントに対して「仲間」だって言った。気づいたらそう言っていた。
最初はリントが「一人でかわいそうだった」から連れて行こうと決めただけだった。そもそもボクにとってリントは「仲間」ではなかった。少なくとも最初は。ナツキが一人で苦しんでいる様子を見ていたから、放っておけなかった。
だけど今のボクの気持ちはたぶん違うと思う。
出会い方は割りと最悪な部類に入るし、仲間になった理由もしょうもないものだったけど、ずっと一緒に過ごしてきて、リントが仲間思いなことを知った。ナツキと一緒になってよく笑うようにもなって、始めたあったときのひどい顔からは見違えた。目の下のクマは今でもついたままではあるけど。
そうだね、色々考えればキリがないのだけど、やっぱりここまで一緒にきたのだからリントはボクにとっては大事な「仲間」の一人なんだと思う。
ずっと自分の中では認めてこなかった言葉。異世界人の仲間には絶対にならないって決めていたボクがついに口にした言葉。
――本当にボクは異世界人の仲間になっていいの?
いいかげんにしろ。リントはそんなこと考えながら命がけの任務に行って帰ってきたのか。違うじゃないか。
出逢ってすぐの頃の彼だったらもしかしたらこんな任務は途中で逃げだしていたかもしれない。だって今回の任務はリントにとってはメリットはほとんどないんだから。なのにリントは今回の任務を超がんばった。ボクのため? ルイのため? そんなことは聞かないけど、間違いなく「誰か」のために。
リントは自分に能力があったから頑張ったのか。違う。彼は自分が役に立ちたいと思ったから頑張った。リントは自分が役に立てると思ったからボクたちの仲間になったのか。違う。仲間のために役に立ちたいと思ったから命をかけた任務を逃げずに完遂してくれたんだ。
いつまでも自分が役に立たないからなんて言い訳しているのはボクだけだ。
ボクは剣も魔法も使えない、ボクはただの村人だから、だから異世界人の仲間にはなれない?
違う。ボクはリントの仲間なんだ。自分でそう言った。ボクはナツキの仲間だ。ルイの仲間だ。クレアの友達だ。ガトー将軍は戦友だし、ロアだって。
まだ不安はあるよ。迷いもある。これが正しいとは言い切れない。だけどボクが皆を大切に思っている事。皆を「仲間」だって思ってしまっている事はもう揺るぎない事実で、ボクはそれを認めないといけないんだ。
ボクだって皆の役に立ちたい!
何も出来ない、じゃない。自分にできることをやるんだ。やりたいんだ。
「将軍、王都に伝令を! 作戦第三段階へ移行します!」




