3-8,一矢
【これまでのあらすじ】
村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。
そこで異世界人の今川凛冬と国王である佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。
トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は戦争の前線に赴いた。
ナツキが炎の魔法が使えたことや急に降り出した雨のこと。どうでもいいけどボクの髪がなにかオカシイことなどなど。じっくりと考えたり話し合ったりしなきゃいけないことがたくさんあるんだけど、今はとにかくクレアの無事を確認するのが最優先だ。
作戦の邪魔をしたくないから遠慮していたんだけど、もうそんな事は言っていられない。ボクはガトー将軍のところへクレアがどうなったのか遠征軍本陣の野営地へ聞きに行くことにした。
ガトー将軍は無傷とはいかなかったものの目立って大きな怪我はなかく無事のようだったけどやっぱり敗戦のショックは大きいようだった。
「タルト殿……申し訳ない。クレアは部隊の救出の際に部隊は救出できたのですが自らが囮となったことで……捕虜として囚われてしまったと報告があがっております」
自分の父親ほどの年齢の男性に敬語を使われるのは少しむず痒い。でも今は遠慮している場合はない。敵に掴まってしまった。だけど、捕虜ということは。
「じゃあクレアは生きてるってことですか?」
ガトー将軍は頷いた。
「敵は今回の戦いの敗戦を認めこの作戦地域から撤退することを条件に捕虜の返還を行いたい、と言ってきています」
ボクはクレアを助けて、と叫びたいのをこらえて、できるだけ気持ちを落ち着けてから聞いた。
「どうするおつもりですか……って、ボクなんかがそんな重要事項を聞いて良いのかわからないけど……」
ガトー将軍は俯き、ゆっくり息を吸ってから答えた。
「条件は飲むつもりです。お恥ずかしいお話なのですが、このやり取りももう十一回目になるわけなのですが、これまでも捕虜の返還は問題なく行われておりますから……私はこれから敵の将軍に合って講和交渉に行ってまいります」
「あの、将軍。その講和交渉にボクも参加させてもらうことって出来ませんか?」
「タルト殿には王の目が与えられておりますからな。もちろん可能ですよ」
「王の目?」
王の目とは役職であり、ボクの軍服の襟章のところにそのバッジが付けられているのだそうだ。王の権利の一部を与えられていて、決定権などはないけれど、監視や重要な決定事項を決める会議への参加などの権限があるそうだ。この服はルイが用意してくれたものだ。このバッジもルイが気を利かせてつけてくれていたのだろう。ボクが戦場で自由に動けるように。
こうして、講和交渉にいつのまにか「王の目」とやらを与えられているボクも参加することになった。ナツキたちは特に役職があるわけじゃないので会議には不参加。ボクとガトー将軍とその側近の数名で敵の指定した場所へと向かった。
空は雨を降らしていたことなどなにもなかったと言わんばかりに快晴。ところどころにある水たまりがなければさっきまで大雨だったことなんてわからないほどに。
会議は敵と味方の兵隊は最低限で丁度ボクたちが戦いを見学していた丘の上で行われるらしい。見晴らしがいいのでお互いにとって狙撃などの危険が少ないだろうという配慮なのかもしれない。ただ、ガトー将軍が言うには敵の将軍は約束は守る人物らしく不意をついて殺されるような心配はないから安心していい、もしものときは自分が必ずお守りします、と言ってくれていた。
ボクとガトー将軍が先に到着し後から敵の将軍らしき人物が部下を連れて現れた。
「ガトー将軍。今回の戦いもお疲れ様でした」
若くきれいな声。なぜか敵の将軍というからガトー将軍をさらに怖くしたような人物を勝手に想像していたのだけど、現れたのは想像とは全く違った。
全身に力が入る。今目の前に敵の将軍がいる。いくらガトー将軍が守ってくれると言われても、見た目が若いと言っても、怖いものは怖い。ゆっくりと顔を見る。やっぱり、ずいぶん若い。ナツキやリントと変わらないくらいに見えるから十代後半くらいか。こんな若い男が将軍だったなんて。
ガトー将軍とは親子くらいの差がある。こんな少年があの常勝将軍だったことに驚きもしたんだけど……実は妙に納得してしまった。
――こいつはたぶん……異世界人だ
ボクはそう直感した。
腰に届くほどの長く黒い髪。髪は長くとも肩幅と同じく長い黒髪のリントに似た容姿。ナツキやリントと同じく黒い瞳、そしてあまり鍛えられてない躰。肌の色など、雰囲気がうちの異世界人連中にそっくりなのだ。お互いの陣営が仮説した木製のテーブルを挟んで無言のまま向かい合う。
沈黙を破りガトー将軍が口を開いた。
「シューマ将軍。見事な采配でした。今回は……我が軍の敗けです」
ガトー将軍は絞り出したような声だった。
敵の将軍はシューマというらしい。
シューマ将軍の声はやはり年相応に若く、ボクが言うのもなんだけど戦場には似つかわしくなかった。
「運が味方しただけですよ。それで、どうされますかガトー将軍。こちらとしてはもう戦争そのものを終わりにしてしまってもいいのではないかと思うのですけどね。そろそろ、我が国の勝ちということで終わりにしてしまいませんか?」
「いいえ、今回の戦いの敗けは認めますが、降伏はしません」
「そうですか。では今回の敗戦についてはこちらの要望はトワイローザ軍のシノ地区からの撤退。引き換えにこちらは捕虜をお返しします。御存知の通りうちの国は資源に余裕がありませんから捕虜の方をこんなにたくさん頂いても十分に養えないんで困るだけなんですよ。ははは」
シューマ将軍はまるで友人とのお茶会にでも出席しているかのようにリラックスした様子で話す。逆にガトー将軍の方は握りしめた拳が小刻みに震えている。
「こちらも捕虜は返還させていただきましょう」
「別にどちらでもいいんですけどね。しばらく預かってもらっても。そっちのほうがむしろ助かったりするんですが。そうもいきませんよねぇ? ははは。まあうちは兵の数で戦っているわけではありませんのでね」
ガトー将軍はさすがに大人でシューマ将軍の挑発的な態度にも姿勢を崩すことなく――
「このクソガキがあぁぁぁぁっ! 次こそ絶対にぶっ潰してやるぞ! 覚悟しておれ!」
全然そんなことはなかった。ガトー将軍は座っていた椅子が陣幕にぶつかるほどの勢いで立ち上がりながら叫んだ。慌ててガトー将軍の服を捕まえる。飛びかかりでもしたら大変なことになるのは目に見えている。相手が手を出してないのにこちらが交渉の場で暴力を振るったなんてなったら大事だ。
「ちょっと将軍、落ち着いてください」
小声で将軍をなだめる。
「あ、す、すみませぬ。つい……」
つい、じゃないよ。クレアが返してもらえなくなったらどうしてくれるんだよ。しっかりしてよ。
ボクは飛ばされた椅子を拾って元の場所に置いてガトー将軍を座らせた。だ顔を赤くしたままだったけど、ひとまず落ち着いたようだ。
そのボクらの様子を興味深そうに黙ってみていたシューマ将軍がどこか嘲るような口調で言った。
「そちらの青い髪の少年は将軍の飼い猫かなにかですか? 戦場にまで連れてくるとは、いやはやさすがガトー将軍ですね」
ガトー将軍が無言で椅子を弾き飛ばして立ち上がる。ボクが慌てて止める。さっきと同じパターン。こんな調子でよく今までまともに交渉してこれたものだ。
これじゃ埒が明かない。それに、もしかすると相手の狙いはこの場でガトー将軍に手を出させることなのかもしれない。そうなる前に、さっさと交渉を終わらせよう。
仕方ないのでボクがシューマ将軍に問う。聞きたいこともあったしちょうどいい。
「シューマ将軍も冗談はそのくらいにしてください。それで、捕虜はいつかえしてもらえるんですか? それと、クレアは無事なんでしょうか」
シューマ将軍は表情も耐性も崩さず落ち着いた声で、だけどどこか見下した口調で話す。
「調印が終わればすぐにでも。ただ、なんせ数が多いので段階的にお還しすることになると思いますよ。クレアと言うのは私が捕らえたあの女剣士のことかな。ずいぶんと暴れてくれましたが、無事です。捕虜としてきちんと扱っておりますよ。今のところはね」
含みをもたせた言い方にものすごく頭にきた。だけどこれは戦争で、捕虜として捕らえられたのならまだましだ。殺されてないことを確認できただけでも安心だった。
――クレアは生きてる。絶対に助けなきゃ
「ところで君は? 珍しい髪の色をしているからてっきりどこかの国から買われてきた奴隷かと思いましたよ。そちらの国は金髪か赤毛しかいないのかと思っていましたが」
ガトー将軍は今にも飛びかかりかねないくらいだった。これはもう明らかにこちらを挑発している。ごめんねガトー将軍。ボクみたいなのがこんな場にきたせいで。
戦いにも敗けてしまった。
クレアは捕らえられまだ戻っていない。
ガトー将軍はとことん侮辱されてしまった。
ここまで、完敗としか言いようがない。このシューマ将軍にいいようにやられっぱなしだ。この交渉も完全に敵のペースだ。
話し合いはほぼ終了している。ガトー将軍が暴走する前に早く立ち去ってしまった方がいい。だけど、何も得るものもないまま戻るのもはっきり言って癪に障る。
せめて、こいつが異世界人かどうか。それくらいどうにか確かめておきたい。見た目や名前だけでは確証が取れない。なにか聞き出せないものかな。
「……ボクの母はこの国出身ではありませんから……それに、この国には様々な種族や人種が集まりますから髪も肌も色んな人がいるんです。そういうあなたこそ、このあたりではあまり見ない黒い髪に黒い瞳ですね」
「まあね、私も我が国出身というわけではありませんからね」
「ではどちらのご出身なんですか?」
「小さな国なのでご存知ないと思いますよ」
だめか。ここで変に食い下がっても逆に怪しく思われるかな。出身地か……確か。
「そうなんですか? てっきりサイタマのご出身かと思いましたが」
「違う。俺の出身は千葉だ。どこをどう見たら俺がそんな何もない県出身にみえると……」
チバ? 知らない地名だ。
シューマ将軍が初めて動揺した表情を見せる。自分の失言に気づいたようだが、もう遅い。
「それは失礼しました。さあ、将軍帰りましょう」
興奮収まらないガトー将軍を連れて席を立つ。慌ててシューマ将軍が立ち上がった。
「ま、待て! お前は……なにか知っているのか!?」
先程までの丁寧な口調が崩れている。これがこいつの本来の姿ってわけか。その姿はさっきまでガトー将軍よりも大きく見えていたのが年相応に見える。
「なにか、とはなんのことでしょうか?」
ボクはまっすぐシューマ将軍の目を見つめ返す。二秒。三秒。
「……お前の名前は?」
「…………タルト。それではシューマ将軍。またいずれ」
ボクたちは陣幕をでた。
最後の最後で余裕の笑顔を崩してやることに成功した。
敵の将軍は異世界人の可能性が高い。それがしれただけでも会議に参加した甲斐があったと思った。




