3-7,赤い炎と青い光
【これまでのあらすじ】
村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。
そこで異世界人の今川凛冬と国王である佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。
トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は戦争の前線に赴いた。
ナツキが屋を素手で弾き飛ばした、と敵には見えたはず。
敵の追撃部隊は一瞬戸惑って動きを止めたのだけど、すぐに追撃を再開してきた。
こっちはリントを抱えながら逃げているので全くスピードが出ない。
敵はさらに矢をつがえている。攻撃第三波。矢が雨を裂いて飛んでくる。距離を詰められたせいで、狙いが正確になってる! 避けられない!
「うおぉぉぉぉ!」
ナツキはボクとリントを守るように前に立って弓矢を弾き飛ばそうとぶんぶんと腕を振るう。金属音とともに一本は撃ち落としたが、迎撃のタイミングが合わず、一本が右肩に刺さった。低いうめき声を出す。だけど、ナツキは歯を食いしばる。ひるまない。泣かない。
すごい。ほんとに成長してる。それとも、痛みに耐性でも出来たのかなこいつは。
間を開けてさらに数本の矢が飛んでくる。リントに向けて飛んできている。速い!
「リント走って避けろ!」
「無理! 死ぬ! 助けて!」
助けたいけども! いくらナツキが鎌の腕をつかってもあの数の矢を全部はたき落とすなんて真似はできないよ!
ナツキはボクたちの前に立ちはだかる。さっき刺さった矢は右肩に突き刺さったままだ。
ナツキは腕をふるった。でもタイミングが全く合ってなく、空振り……するはずだったのだけど。
振るわれたその腕が赤く光った。
光ったように見えた腕は膨れ上がった「炎」だった。
ナツキの腕から伸びた炎は一瞬ボクの視界を遮るほど広がり、リントに刺さるはずだった矢をすべて燃やした。矢じりの一部だけがその場に落ちた。
「……嘘。これは炎魔法……? ナツキが炎の魔法を使えるようになったの?」
ナツキの右腕は肩から下が全て赤く燃えている。先程肩に刺さっていた矢が燃えて、一部が地面に落ちる。
これは、炎を出したんじゃない。腕そのものが燃えている。肩から先がまるで炎でできた腕になったかのに赤く光り輝いていた。雨がその腕にあたるがすぐに蒸発してナツキの腕の周りには白く湯気が上がっていた。
「ま、ナツキ。腕が燃えているけれど、それ、熱くないのかい!?」
ナツキは自分の腕を見つめている。たぶん、よくわかってない。
とにかく助かった。ナツキは何か考えているようだけど、この世界の魔法に腕を炎に変えるなんてものはないし、ナツキの世界にもない。だったら考えるまでもない。
これは異世界人の能力だ。
ナツキの能力がなにか発動したんだ。
「マコっちゃんサンキューな。俺マジで死んだと思ったよ! つーかマジやばいっすねその腕。熱くないんすか?」
「ああ、全然熱くない。いや、熱いんだけど腕じゃなくて顔とか。腕は全然熱くないんだ。腕の形が殆どないのに、何故かここに腕がある感じがする。不思議な感じだよ。立てるか?」
ナツキは燃え盛る腕をリントに出す。リントはその腕を取ろうとして熱さに腕を引っ込めた。
「熱!! こ、殺す気かよ!」
「わりぃ」
敵の方はと言えば、こちらに魔道士が居ると思ったんだろうね。いきなり大きな炎を、しかも雨の中で出したことに警戒して近づいてこない。魔道士は強力な範囲遠距離攻撃が出来るとクレアが言っていた。相手にとっても魔道士の範囲魔法攻撃は驚異なはず。不用意に近づいては来ない。
「今のうちに逃げよう。リント、立てる? 後少しだから頑張って」
今度はボクが手を貸して、泥だらけのリントを立たせた。
「マジすんませんっす。俺が足引っ張ってしまって」
まあそれは事実なんだけど、今は気にするな。
少しだけ息を入れる時間が取れてよかった。リントもだいぶ回復しているようにみえる。
「あれ? タルトっち、髪がまた光ってないっすか?」
リントがボクの髪を見ながら言う。頭でも打ったのだろうか。今がどういう状況なのかわかっているのかこいつ。
「いきなり何言ってるんだよ。今のうちだよ! 早く走れ!」
ボクが叫んで三人で走り出した。敵は一定の距離を取りつつ追ってくる。しつこい。
ナツキの腕は未だに燃え盛ってて火にかけた鍋に水を落したような音がしてる。しかも水蒸気がすごくて、煙を吹いているような状態だ。その炎は引っ込められないのかな。すごく目立つのだけど。
リントの方は自力で走れるまでにはなったようだったけど、走りながらリントはボクの髪を何度も見てくる。なんだよジロジロ見て。気持ち悪いな。前見て走れ。また転ぶぞ。
「なあ、ホントだって。青白く光ってるってこれ。それに瞳も光ってる。なあナツキっち! 光ってるっしょこれ!」
ナツキも走りながらボクの方を見る。じっと見られると照れるんですけど。
「本当だ。ぼんやりと光って見える。たしか前にも光っていたことがあったよな。綺麗な色だな」
綺麗とか……こんな非常時なのに。
え、このやり取りも結構な回数になるけど、もしかして、本当に髪が光ってるの?
自分ではよく見えないし、本当だとしたら綺麗とかよりむしろ怖いんですけど。
目も光ってるって言った? 暗い場所では野生動物の目って光って見えるけどあれか? ボクはなにか、猫とかシカみたいな目でももってたのか?
今は土砂降り中。
太陽はもちろん全く見えない。
何の光がボクの目を光らせていると言うんだろう。
……そういえば、前にもナツキがボクの髪や瞳が光って見えると言っていたことがあった気がする。
ボクの髪と瞳は色素が薄く、太陽の光を浴びると透けて輝いて見えることがあるのは知ってる。
だから、てっきりそのことを言っているのかと思ったのだけど。
「自分では見えないよ。そんなに言うなら帰ったら確認してみる。だけど今は前見て、全力で走って二人とも!」
「すげぇ超きれいに光ってるっすよ。タルトっちって魔法使いとか天使とかそういう系だったんすか?」
「バカ言ってないで走れ! 髪と目が光ったって夜中に迷子になりにくいくらいしかメリットが無いじゃないか! 今はそんなどうでもいいコトより逃げるんだよ!」
結局、敵はナツキの炎を警戒したのか、途中で追撃を諦めたようだった。
ボクたちはなんとか自陣へと帰還することが出来た。
ナツキの腕はいつの間にか元の腕に戻っており、方から先の服だけがなくなっていた。肩口が焦げていた。炎の腕を出すたびに袖がなくなるのならマコトの装備はノースリーブがいいかも。
ボクの髪や目は自分でも確かめたけど光ったりしていなかった。二人はあのときは間違いなく光っていたと言っていた。
季節外れの大雨は降り止まず、激しく振り続けた。
敵の追撃軍も早々に退避していき、この戦いは終わった。
トワイローザ王国の十一回目の敗戦だった。
ボクは降り止まない雨の中、日が沈むまでずっと野営地のテントには入らずに外に立ち続けた。
だけどいつまで待っても、クレアは帰ってこなかった。




