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3-6,雨の中、炎の腕

【これまでのあらすじ】

 村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹ナツキと出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。

 そこで異世界人の今川凛冬リントと国王である佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。

 トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は戦争の前線に赴いた。



「なりません。今下へ降りれば敵に包囲されてしまいます。それにこの雨の中ではみなさんがバラバラにはぐれてしまうかもしれません。絶対にだめです」


 クレアは雨で顔に張り付いている髪を払うこともせずに言う。クレアの言っていることはわかるけど、目の前で自分が見捨てた人が死ぬということを受け入れるのが難しかった。自分が戦場にいるということ、戦争に参加しているということの覚悟が足りてなかった。

 敵はまっすぐに味方部隊の方へ向かってくる。敵の数は少ないけど、いくら味方の兵は重武装でも動けなければただ殺されるだけだ。


「でも、今ならまだ間に合うでしょ!? せめて敵の注意を引き付けて逃げる時間を稼ぐとかは出来ない!?」


「危険です。タルト様をお守りするように陛下にきつく言われております。タルト様をあそこへ行かせることなど出来ません。どうしてもとおっしゃるのなら……私が単騎で行ってまいります」


「一人でなんて、それこそ危ないよ!」


「いいえ。皆様をお守りしながら戦うよりも成功率は高いです」


 それはそうかもしれないけど。言い出したのはボクなのにクレアを一人で行かせるなんて出来ないよ。でも、ボクがついていってもクレアの言う通り足を引っ張ることになるのは確かだし……。


「タルト様。これは戦争なのです。勝てば得、敗ければ奪われるのです。命も土地も国も。幸い、まだこちらの軍の被害も少ないですし、今のうちにタルト様たちは後方へとお下がりください。あの部隊は私がなんとかしてまいります」


「クレア!」


 クレアは馬を駆って丘を降りていった。

 ここも危ない。敵の軍によって押し返されて前線は大きく下げられている。ボクたちも急いで退却しなくちゃ。


「行こう。ボクたちがこれ以上ここにいても足手まといになるだけだ。クレアのことを信じるしかない」


「おう」

「了解」


 馬がないボクたちは敵の少ない方へと走った。丘を下ったところで、敵軍が近づいてくる音が聞こえてきた。敵の音は聞こえて入るのだけど、ボクたちは山道をなれない装備で走りながら抜けている最中なのでどこから聞こえてきているのかもわからない。


「タルト! 右はダメだ! 左の方へ走れ!」


 ナツキの声が後ろから聞こえる。一番森に慣れているボクが先頭を走り、その後ろをリント、ナツキの順番に走っていた。とは言え皆が同じ方向に走っているというわけでもなく、目の前の木や草を避けながら走るため、お互いに右も左もよくわからない。


「ナツキ! 左ってどっちだっけ!?」


「お茶碗を持つ方の手だよ!」


「お茶碗って何!?」


「タルト! そっちは右! くそ!」


 丘を下り、林を抜けたところでボクたちは敵の一部隊に遭遇してしまった。せっかくナツキが敵を見つけてくれたのだけど、それも虚しく。

 数は十人ほどの小隊。こっちはたった三人。勝ち目はなし。

 敵までの距離はまだあるけど、相手もこちらに気づいており、向かってくる。

 相手も馬はいないので全力で走れば逃げ切れなくもないけど、それはボク一人だったらの話。ナツキは体力があまりない。と思っていたら、ナツキは意外にも辛そうにはしていなかった。息は切らしているもののまだまだ体力は残っていそうだ。


「ナツキ、けっこう余裕ありそうだね」


「そりゃあこっち来てから毎日躰鍛えてるからな。このくらいどうってことないよ」


 さすがは男の子だね。こちらの世界に来てからというもの、森での特訓もしたこともあったし、その後も一人で時間を見つけては体を鍛えていたようだ。えらいぞ!


「リントは大丈夫!? あれ? リント?」


 リントはボクたちから大きく遅れ、ようやく追いついてきた。何か必死に叫んでいた。


「ちょ、待てよ! 俺はそんな運動とか、得意じゃないんすよ!」


 あのお荷物め。ナツキに手がかからなくなったと思ったら今度はリントが。どうしてこう異世界人は体力が低く設定されているんだ。置いてくればよかった!

 くそ、このままじゃ追いつかれる。しかもリントはボクたちの姿を見つけて安心した瞬間にこけやがった。真っ黒の高級な服がだらけになる。汚れるとか今入ってられない。ボクもいまは髪の毛まで泥だらけだ。雨の勢いは収まらない。


「ナツキはリントを引きずってきて! ボクは弓で援護するから。そのうちになるべく距離を取って!」


 ボクの力では届くかどうかあやしい距離だったけど、牽制くらいにはなる。王都で借りてきた正規軍装備の弓を構える。ボクが森で使っていたものに来れべればかなり上等なものだ。かなり弦が硬いけどなんとか引くことができた。弓を上に向かって放つ。この雨の中では矢羽が濡れて、矢はまともに飛ばせない。敵に当てるのが目的じゃない、牽制するのが目的の一射。

 敵の追撃部隊は一瞬怯んで止まった。だけど、弓兵一人相手の三人相手に引き下がるわけもなく、再び追撃を開始。ボクは第二射、第三射を急いで放つ。相手は軍人。しかも動いているし、距離が離れすぎていて、敵に当てるのはボクの腕では無理そう。それに相手は十人。一人二人に矢を当てたところで相手が止まらないのなら足止めにすらならない。

 リントはすでに体力の限界っぽく、もうまともに走れておらず、ナツキの肩を借りてようやく逃げている始末。これじゃあ追いつかれるのも時間の問題だ。

 敵兵が止まる。矢をつがえている。相手も射撃するつもりだ! まずい!


「ナツキ、リント! 気をつけて! 矢が来る!」


 十本の矢が弧を描いてボクたちを襲う。狙いはボクだったようでボクはこの距離の矢なら目測である程度は避けられる。雨が降っているおかげもあってボクの位置まで届いた矢は三本ほど。撃たれた瞬間に左方向へ体をかわす。地面を転がり、全身が泥だらけになる。

 さっきまでボクがいた場所に一本の矢が突き立った。避けていなかったら当たっていた。

 初撃はなんとか躱せたけど、相手は十人。同時に十本の矢が飛んできたり、時間差で撃たれたりすればこのまま避け続けるのは難しい。

 反撃。こちらも一撃弓をお返し。二人の兵士を負傷させた。こっちだってお荷物二人を殺されるわけにも行かないんだ。

 敵の矢の第二波が飛んでくる、まずい、今度の敵の狙いはリントとナツキだ!


「ナツキ! 矢が来てる! 避けて!!」


「何!?」


 避けてと言われて避けられる人間はそういない。ナツキはその場で止まって振り返ってしまった。


「ナツキ! 止まるな! 避けるんだ!」


 ナツキの目の前に降りかかる矢。ナツキはとっさに腕で防ごうとする。矢を盾もない腕で防げるわけ無いだろ! せめて頭と心臓だけでも守って!


 ―カンッ!


 金属音が響いた。矢は刺さることなくナツキの腕に弾かれた。

 ナツキの腕の硬質化、鎌の腕が発動してくれたんだ!

 あのときと同じ、森の魔物と戦ったときの鋼鉄の鎌の腕に変質するナツキの異世界能力だ。発動するのは洞窟の魔物と戦ったとき以来。この土壇場で出てくれるとはさすが異世界人。

 敵の方も素手で矢を防がれたことに動揺しているようで追撃速度が鈍くなった。チャンスだ。

 ボクはナツキの逆側に回り、ナツキと二人でリントを支えて、再び走り、逃げる。


「すごいよナツキ! あのときの能力、まだ使えたんだね!」


「ああ! ひさしぶりに出たなこれ!」


 ナツキも興奮気味。近くで見ると腕の色が魔物と同じように白く変色している。腕の先に指はなくなっていて、魔物の腕と同じような作りになっているようだった。だとすると腕の内側は鋭利な刃物のようになっているはずだ。


「ナツキっちやべぇっす! 何すかその腕、最強じゃないすか!」


 別に最強じゃない。ただ腕が魔物の鎌と同じように固く、そして鋭利な刃物のようになるだけ。腕以外の場所は無防備だし、なにより飛び道具とは相性が悪すぎる。この緊急事態を打開するとまでは行かない力。


「たまたま防げたから良いけどナツキのこの力は無敵じゃない。腕以外は普通なんだよ。だから今は早く走って逃げるよ!」



 

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