3-5,異世界の戦争
【これまでのあらすじ】
村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。
そこで異世界人の今川凛冬と国王である佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。
トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。国力で大幅に勝っているはずなのに何故かトワイローザは戦いに敗け続けているという。その原因を探るためにタルト達は動く。
十一回目の戦いは王都から北西に遠く離れた国境の付近が戦場となりそうとのことだった。
視界の端でも捕らえきれない長い山脈の向こうには別の国が広がっている。そこはボクが見たこともない景色が広がっているのかと思うと異世界に転生なんてしなくてもこの世界にはいくらでもボクの知らない世界があるんだなって感じた。
結局さ、異世界に行きたいって言うより、転生による「おまけ」のほうが重要なんだよね。特別な能力とか素敵な仲間とか都合のいい物語とか。そういうのがなければ異世界転生なんてナツキやリントみたいに寂しいものにしかならないのだから。
国境の守りを固めるためにすでに砦というか大きめの野営地が築かれており、ボクたちは遠征軍に混ざって駐屯軍基地の中に入れてもらった。
戦いは小さなものは毎日のように行われているらしい。遠征軍が参加して明日総突撃をするとのこと。多くの兵士が明日の戦いに向けて武器の手入れや作戦の確認などを行っていて、騒がしくしていた。見渡す限り、この戦いにいい加減な気持ちで挑もうという兵士は見当たらない。
「軍は手を抜いているどころか、この軍で敗けようがないというくらいの仕上がりだね」
ボクは野営場所を設置しているクレアに話しかけた。
「そうですね。私も親衛隊長になる前は戦場に何度か出向いたこともありますが、我が軍は潤沢な兵站による援護がありますので、士気も高くこういった長く続く戦いは特に有利なはずです」
クレアの言う通り兵士の士気は高く、それに余裕が見て取れる。装備や食料なども行き渡っている。てっきり、十回も敗け続けているのなら皆戦い疲れで死んだような顔をしていると思ってたんだけど、その予想も外れた。
「明日こそ必ずやつらを倒して将軍の汚名を返上するんだ」
「ああ、絶対にやってやる!」
などと盛り上がる兵士ばかり。この軍の指揮を取っているガトー将軍の姿が遠くに見えた。ルイと昼食を取っていたときに報告に来た将軍。
次の日。早朝から出立した大軍は国境山麓で敵の軍と会敵した。
「あの旗印は……今回の相手も常勝将軍のようです!」
一人の兵士がクレアに報告した。
常勝将軍……。なにそのストレート過ぎるすごい二つ名は。
大臣が言っていた、一度も敗けたことがないという敵国の猛将のことで間違いなさそう。そんなのが二人もいたら絶望しか無いし。ロアにはもし出会ったらすぐに逃げろって言われたっけ。
「常勝将軍って……ださいっすけど、これだけ勝ち続けたらそうも呼ばれもするか」
軽口をたたいているけど、リントもいつものようにヘラヘラする余裕は見せず、緊張を隠せていない表情だ。初めての戦場、初めての戦争。それはボクも同じだった。大勢の兵士が周りにいるので安心感はあるものの、ずっと躰に力が入ったままだ。
ここは戦場だ。ボクたちも軍の一部としてここに居る以上、敵と会えば戦わなきゃいけない。緊張感は常に持ち続けておかないといけない。
前線付近の小高い丘を確保して、そこでボクたちは戦いの様子をうかがうことにした。主戦場からはずれた場所だけど、戦いの様子が見られなければ意味がないから。
そして太陽が高く登る前に両国の軍の前線がついに衝突。戦いの火蓋が切って落とされた。
山の麓は道が狭くなっており、お互いの軍は長く細く展開している状態なので、敵の軍隊の全体は把握はできない。
「あれは?」
木々の間から炎が巻き上がっている。
「我が軍の魔道士部隊です。この季節は空気も乾燥していてめったに雨も降りませんから炎の魔法が特に強力なので炎系の魔法が得意な部隊を前線においたのでしょう」
クレアが的確に答えてくれる。あんな戦闘用の魔法を見たのは初めて。ナツキもそうだろうね。これまで魔法らしい魔法にはであってこなかったから。
「なるほど。見たところ、相手側はあまり魔道士は多くないのかな?」
「そうですね。魔道士は強力な攻撃を行えますが、その魔力が切れたときは無防備になってしまいます。その分援護するための部隊も用意しなければなりません。敵側にはそこまでの兵力がないのかもしれませんね」
ボクが戦争の実戦においての知識が全くないことがわからされてきた。こういうことは専門の人間が見て初めて理解できるものなんだ。ここで戦いを見ていてもなにがなんだかボクにはさっぱりわからない。たぶんボク以上にナツキやリントはわかってないと思う。
陽が高くなってきた。トワイローザ軍は遠征軍が加わったので数の上でも圧倒しており、ジリジリと戦線は押し上げられていった。このまま行けば敵軍を国境の外へ追い出してしまえるだろう。
「ねえ、これって勝てそうなんじゃない!?」
素人丸出しだと自分でも思う。戦況分析というより感想になってしまってる。つい口に出してしまった。
クレアは頷いて返してくれた。
「敵の一部が退却を始めているみたいですね、勝てるかもしれません。まだ油断は禁物ですが」
そうなんだ。じゃあ今日こそトワイローザ軍の初勝利。と思ったときだった。
空が鳴った。
いつの間にか太陽は姿を隠し、灰色の雲がそれを覆っていた。辺りが薄暗くなっている。戦闘が始まって数時間。朝は雲ひとつない晴天だったから気にもしていなかったのだけど。
それでも、今は風の季節の中旬。雨季は遠く、雨なんて降るはずがないはずだった。
雨が降り出した。しかも大粒の雨が。
「雨が……なぜ急に?」
「そんな……このタイミングで雨が降るなんて。いけません。我が軍は今前に出すぎています」
クレアが慌てた声を出す。
「雨はまずいの?」
「はい。雨のせいで主力の炎の魔法の威力が半減してしまいます。魔道士部隊の強力な援護射撃があったからこそ前線が安心して進撃できていたのですが、これでは十分な援護が行えなくなり、前衛が孤立してしまいます。それに、こちらは重武装の兵士が多く雨が降れば地面に足を取られてしまい退却も困難になってしまいます!」
「まさか、敵は天候を操作したの? そんな魔法があるの!?」
「強力な魔法使いならば出来なくはないでしょうが……そんな強力な魔法が使えるのであればもっと違う作戦を立てるはずですし。まさかこれが……」
聞いていたアクシデントというやつか。
トワイローザ軍の前線は陣形を崩してしまっている。一時退却の命令がでているようだけど、前衛は敵の攻撃を受けるため重武装だ。重い鎧のせいでうまく動けず速度が遅い。そこへアルムス軍の反撃が始まった。あちらは軽武装、というより十分な装備が整えられていない部隊だったが、この大雨の中ではそれが逆に有利に働いている。
あっという間に形勢は逆転。トワイローザ軍は退却戦へと移行する羽目になった。
「明智光秀もこんな気分だったんすかね」
「それを言うなら石田三成だろうな」
リントとナツキが後ろでなにか言っている。意味はわからなかったけど、たぶん彼らにもトワイローザ軍がこの戦いに敗けたことがわかったのだと思う。
「我々も退却しましょう。敵の追撃に見つかるとまずいです」
そうだね、と避難をしようとしたとき、ボクたちが陣取っていた丘の直下で雨のせいで足場が沼のようになったせいで退却ができない味方部隊が見えた。
遠くには敵の追手も見える。このままでは動けずやられてしまう。
「見て、あそこ、取り残された部隊がいる! 助けなきゃ」