3-3,牢仲間
【これまでのあらすじ】
村の小さな少女タルトは森で異世界人の高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには何故か美少女が現れないので仲間を探すために人がたくさん集まる王都にいく。
そこで異世界人の今川凛冬と国王である佐藤るい(ルイ)たちと出会い彼らも助けることを決める。
トワイローザ王国は隣国アルムス王国より戦争を仕掛けられており国王であるルイはその対応に追われていた。タルトたちはルイに協力できることを模索する。
「ここでしばらく反省してなさい。心配しなくてもひどいことはしないよ。だけどね、おじさんたちもお仕事だからね」
そう言い残して鉄格子の扉が閉められてピカピカ鎧の衛兵はどこかへ行ってしまった。おじさんというほどの歳には見えなかったけど、もしかしてめちゃくちゃ子ども扱いされてるのか。
あのピカピカめ。一度ならず二度までも。こいつも次に会ったら絶対仕返ししてやるリスト入りだ。
「こんなことしてる場合じゃないってのに……さすがにナツキたちがすぐに気づいて探してくれるとは思うけど……探してくれるよね?」
しんと静まり返った牢は造りも簡素なものだった。牢の中は想像していたのよりも明るい場所だった。もっと薄暗くてジメジメしたものをイメージしてたけど。もしかすると、ここは牢獄と言うより容疑者などを一時的に収容する施設なのかもしれないな。
狭いスペースではあるけどキレイに清掃されていて、ベッドなどの寝具やテーブルに椅子などもあって、もしかするとボクがコタン村で生活していた家よりも快適なんじゃないかというくらいだった。ただ、おトイレが丸見えなのは無理だ。もよおす前に早く出なくては。
ボクはベッドの上に勢いよく腰を下ろす。固くておしりが痛かった。王宮のものとはさすがに違うか。
「いてて……。それにしても、あのバカ二人は後でどうしてやろう……」
ボクが衛兵と揉めている間一切振り返りもせずにボクを置いてけぼりにしたあいつらにはどんな仕返しが相応しいだろうか。
「痛いのじゃダメだ。そんなのすぐに終わるだけ。ナツキなんて火炙りだって通用しないのだから。もっとなにか恥ずかしいやつを……」
正面の牢で何かが動いたのを視線の端に感じた。正面の牢の中に誰かがいる。独り言を言っていたの聞かれていた? 恥ずかしい。最初からずっと見られてたのかな。
よく見るとその人物には見覚えがあった。思わず大声で
「もしかして……大臣さん!?」
ボクたちが王宮に連れてこられたときにルイに口答えして死刑になった大臣だった。なんの大臣かわからないけども。死刑は回避されたはずだけど、まだ牢に入れられっぱなしだったのか。どおりで全然姿を見ないわけだ。
向こうもこちらを見る。
「ん……? おや、君はあのときの少年か。どうしてこんなところに?」
大臣は王宮で見たときに比べてやつれていた。あのときはちょっと暗めの金髪をオールバックにしていたんだけど今はボサボサに垂れている。三十後半……くらいか。髭をそって綺麗にしたらもっと若いか? そりゃ大臣ともあろうお方が、いきなり死刑になった上にこんな牢に閉じ込められたらやつれるのは当たり前だよね。
「これはちょっとした手違いで……あなたこそどうしてまだこんなところに?」
本当ならこんなに気安く話せる相手ではないのだろうけど、今はお互い容疑者というか牢仲間だ。遠慮しても仕方がない。
「あのときはすまなかったね。君たちがこの国を陥れた│凶悪犯だと思っていたのだ」
この大臣のせいでナツキは処刑されそうになった。ナツキに異世界能力がなければあそこで死んでいた。よく調べもせずに死刑にした大臣は許せない。実際に死刑命令を出したのはルイだけど、そうさせたのはこの大臣だ。
許せないのだが、実際大臣の読みは完全に外れたわけでもなく│凶悪犯はリントだった。死刑は重すぎる気もしなくはないけど王都に与えた影響を考えると、リントがやったことはかなりの重罪なのかもしれない。法律とか裁判とかとは無縁の暮らしだったのでどんな罪になるのかわからない。
うん、もしかして本当にあれって国家反逆罪なのでは?
リントってば実は大罪人なのでは?
そしてそのリントは今ボクが「保護」しているような状態なのだ。なんだか申し訳ない気持ちになる。いっそリントをここに連れてきてやろうかな。ボクが掴まったというのに気づきもしないのだから。そうだ、それがいい。
よし、リントへの復讐方法が決まったところで、大臣には聞いておきたいことがある。
「ねえ大臣さん。あなたはもしかして、ルイがちいさい子どもだからって適当な政治をしていたりしたの?」
大臣は少し驚いた表情、いやこれは怒りの表情か。プライドを傷つけてしまったようだった。だけど一息ついてその感情をしまい込んだ大臣は落ち着いた口調で返してきた。
「そんなことは断じて、ない。ルイ陛下はたしかにまだ幼いが、だからこそ私が大臣としてこの国と陛下を支えて行かなければならないと必死だったのだ。……だが、あのときは隣国による侵略と経済混乱が重なっていた。そしてようやく犯人の手がかりを入手し、捕らえたのが君たちだったのだ。君たちはアルムスの工作員ではないかと思ったのだ」
なるほど。タイミングを考えればそう思われても仕方ないか。
「だからといって、よく調べ物せずに死刑はってのはひどいじゃないか」
ま、よく調べるとリントが犯人がわかってしまうわけでそれはそれで困ったかもしれないけど。
「そうだな。そのとおりだ。言い訳にすぎないがこの数ヶ月。王都はひどいものだった。通貨が謎の工作によって使えなくなり、経済は混乱した。我々も必死で対応して表面上はなんとか取り繕っていたのだが、そこへ隣国による宣戦布告が重なっていたのだ。そこに犯人が掴まったという報告を受けたので即刻死刑に処すべきだと、王に申し上げたのだ。本当に済まなかった。謝って済むことではないが、死んでいたら取り返しがつかないところだった。君たちが無事でよかった」
「そうだったんだ……」
大臣も大変だったんだね。ほぼリントのバカのせいだ。なんとなく責任を感じてしまう。
「ごめんなさい……」
「なぜ君が謝る。謝るのはこちらだ。大臣としてどんなときも公正でなければならなかったのだ。相手がどんな凶悪なテロリストであったとしても調査を怠ったのは私の落ち度だ。謝るのはこちらほうだよ。申し訳なかった」
いいえ、悪いのはリントです。少なくとも半分以上。残りはアルムス王国の侵略かな。
「もういいよ。ナツキも結局は無事だったわけだしさ。……ねえ、大臣さん。この国の軍はどうしてずっと敗け続けてるの?」
「私はもう大臣ではないよ。私の名はロア・フォガートだ」
「ボクはタルト。ただのタルトだよ。それで、ロアさんはこの戦争で敗け続けている理由は知ってるの?」
「それは、私にもわからない。こちらが圧倒的に優位にも関わらず何故か事故や災害などが起き、敗けてしまうのだ」
ルイもそんなことを言っていた。ロア元大臣も戦場へ行くタイプじゃないと思うから得られる情報は同じということか。やっぱり軍を調査しないとダメか。
「私もおかしいとは思う。実際に戦場に調査員を送ったこともある。だが、本当に事故としか言えないことが起こるのだ。まいったよ。将軍のほうがもっとまいっているだろうがね」
そのとき、牢の部屋の上の方で音がした。勢いよくドアが開いた音。そしてこちらへ向かって走ってくる足音がいくつか聞こえてくる。誰か来た。ナツキが来てくれたのかな?
「タルト様!」
現れたのは使用人服を着たクレアだった。その後ろにはボクをここに入れたピカピカ衛兵もいる。
彼女はすぐに鍵を開けると牢の中のボクのもとへ駆け寄り全身をくまなくチェックしてきた。顔が少し汚れていたようで、クレアは白い綺麗なハンカチでボクの顔を拭ってくれる。
「申し訳ございません、タルト様。お怪我はありませんか? 大丈夫ですか? 連絡が不徹底だったようで……私の不手際でございます」
クレアがボクに深々と頭を下げる。衛兵の方は何が起きているのかわからないといった様子だ。
「クレア様、その子は何者ですか……?」
「この方は国王陛下のご友人だ……!」
クレアは無表情のまま、力強く怒鳴りつける。
「そ、そんな!? も、申し訳ございません!」
衛兵は真っ青になった顔を地面に擦り付ける勢いで謝罪してきた。あまりに怯えた表情だったのでちょっと意地悪でもしてやろうと思っていた気持ちは完全に消えてしまった。ボクもちょっとだけ態度が悪かったしね。
「い、いいよ、ボクの見た目がこんなだから、仕方ないさ……はは」
ははは。自覚はあるんだよ。自分の見た目が十五歳程度にしか見られないことはね。
「も、申し訳ございません!」
衛兵はさらに頭を床に擦り付ける。
「タルト様。本当に申し訳ございませんでした。この者には後ほど相応の処分をしておきます。もちろん私の不手際でございますので私も責任を……」
「いいっていいって! 気にしてないから。二人とも顔を上げてよ。それにボクはルイの友達ってだけで貴族でもないただの平民だから。それに知らなかったんだし、仕方ないよ」
「しかし……」
「お願いクレア。ボクはこの通り大丈夫だから、クレアもそっちの衛兵さんも気にしないで。こんなことくらいで処分だなんてそっちのほうがボクは困るよ」
「タルト様がそうおっしゃられるのなら……」
クレアは「かしこまりました」と頭を下げた。助かった。ルイはあんな│形だからつい忘れてしまいそうになるけど、この大国トワイローザの国王なのだと思い知らされた。国王の権威は本物でその友人であると言うだけで一歩間違えればこんな風に迷惑をかけてしまうかもしれないんだ。これからはもう少し自分の言動に注意する必要があるな。急には難しいけど。
「ありがとうございます!」
ピカピカ衛兵の方もようやく立ち上がる。冷や汗でまだ顔がびしょ濡れだけど、安心したようで表情が少し和らいでいた。
「それでさクレア、ロアのことでルイと話がしたいんだけど、取次をお願いできないかな」
「かしこまりました。ですがこの方がどうかなさったのですか?」
クレアはロアの方を見た後、不思議そうにボクを見つめ返す。安心したのかいつもより少し表情の変化が大きいようだ。
「彼をいつまでもこんなところに入れておくのはおかしいでしょ。ルイに言って出してもらおうと思うんだ。そして、また大臣としてルイを手伝ってもらおうよ」
「本気、ですか?」
「うん。ルイにはもっと多くの助けが必要だと思う。ロアはボクよりもずっとこの国の力になってくれると思う。ルイはもしかするとボクたちに気を使ってロアをここに入れたままにしているのかもしれないけどそれじゃダメだよ。ルイはこの国のために力になれる人物を簡単に切り捨てちゃダメなんだ」
話を聞いていたロアが立ち上がって、鉄格子の前に駆け寄ってきた。
「タルトくん、本気で言っているのか? 私はまだこの国のために働くことができるのか?」
「ボクはルイにお願いしてみる。あとはルイが決めることだね。ロアはこんな目にあってもまだ、ルイの力になりたいと思う?」
ロアは姿勢を正し、まっすぐにボクを見つめていった。
「もちろんです。私はこの国と陛下に忠誠を誓っております」
髪は乱れ顔はこけて汚れている。無精髭も少し。だけど、瞳に王宮にいたときの力強さが戻っていた。ボクはこの目を信じる。
「よかった。じゃあルイにお願いしてみるからね。ダメって言われてもボクは諦めないからロアも諦めないで待ってて!」
「お願い致します……」
ロアは深々と頭を下げて言った。その様子を見ていたクレアは少し驚いて少し笑った。ような気がした。
「本当にタルト様は不思議なお人ですね」




