表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/80

2-16,思い残すことがあってもいいですか?

【これまでのあらすじ】

 小さな少女タルトは辺境の村の森で異世界から転生されてきた高校生の安藤夏樹ナツキと出会う。ナツキの周りには異世界転生にはお約束のはずの美少女の仲間がなぜか現れない。そこで、二人は美少女の仲間を探すために人がたくさん集まる王都にやってきた。

 そこで新たな異世界人の今川凛冬リントと国王ルイに出会う。色々あって、ルイの計らいで王宮の部屋を借りることになったタルトたち。ルイはタルトが女の子だということをとあるきっかけで知ってしまう。

 その後、タルトたちは王宮で晩餐に招待された。タルトは晩餐会で盛り上がる様子を見て自分の旅の終わりを決意するがルイから衝撃の言葉が。



「失礼します」


 クレアが晩餐中の広間に入ってきた。やはりきっちりとした使用人姿。クレアって何時から何時までその格好で仕事しているんだろう。


「ルイ様、そろそろご就寝のお時間です」


「もうそんな時間なのか。皆さん、今晩の食事は今までで一番の楽しい食事でした。ほんとうにありがとうございます。また明日もご一緒しましょうね!」


 ルイは口をナプキンで拭うと、前掛けを外して立ち上がる。なるほどそうやって使うのか。


「僕は明日は朝早くから政務がありますのでこの辺で失礼しますね。政務と言っても全然意味わからないんですけどね。あ、もちろん死刑はなしです! 皆さんはゆっくりすごされてください」


 死刑はなしで、というセリフに思わず吹き出してしまう。

 ルイはやっぱり王様だからやることがたくさんあるんだろうな。


 そしてルイはこんなことを言った。唐突に。


「明日から頑張るぞー。 次こそ戦争に勝たなきゃですからね。では、おやすみなさい」


 皆の笑顔がそのまま凍った。今なんて言った?


「……センソーってなに?」


「聞き違いじゃないっすかね?」


「ねえ、ルイくん。今戦争って言わなかった……? 戦争ってあの戦争?」


 ルイはすでに扉を開けて出ていこうとしていたところだったのだけど、振り返って、こともなげに言った。


「はい。隣国アルムスと我がトワイローザ王国は現在戦争の真っ最中ですよ。あれ? 皆さんはご存じなかったのですか?」


 もちろん知らなかった。だって国内にそんな様子がまったくなかったし王都も平和そのものだった。ボクが知らないのだから当然ナツキは知らない。リントを見てみるけど、首を振っている。知らないようだった。お前は知ってろよ。王都暮らし長いんじゃなかったのか。


 王都に来てからというもの、予定通り(と言っていいのかどうかわからないけれど)次々にイベントが発生してくれた。しかし、最後の最後にどでかいイベントが待ってたものだね。戦争って人と人が殺し合うあの戦争ってことだよね。


 洞窟の魔物、王都インフレ事件、ナツキ処刑事件に国王ルイとの謁見。これだけでも十分なほどに異世界人の物語らしいと言えると思ったんだけど、今度は戦争だってさ。まいったね。

 いよいよ本格的に物語が始まってしまったようだ。いや、もう始まっていたようだ。


 トラック様。あなたはほんとにナツキやリントには美少女の仲間を与えないつもりなのでしょうか。

 登場人物が不足したままどんどんと物語が進んでいくのはどういうことなの。


 ボクは彼らの力になれない魔法も剣も使えないただの村人。しかも美少女じゃなく「美少年」としてついてきているだけ。今度という今度は完全にボクでは力不足。だって戦争だもの。


 今度ばかりはもう疑いの余地もない。だって戦争だよ? 


 ボクは絶対に役に立たない。ナツキもリントも異世界能力があると言ったって戦争で活躍できるようなものじゃない。ナツキならいくらか攻撃的な能力があるとは言え、戦争で活躍できるとは思えない。というか戦争って異世界人が関わるようなものではないよね。それこそこの国の問題なのだからこの国の人間が解決すべきだと思うんだよね。


 ……………


 とか言ったところでね、そもそもこの国の王であるルイが異世界人だ。その「関係ない」はずのルイがこの国のために頑張ってくれているという。

 そしてボクたちはそのルイと出逢って、ルイと仲間になったのだから、なにかの形でこの戦争とやらに関わっていくことになるんだろうな。

 ナツキのハードモードはさすがだね。いや、異世界人の、かな? この波乱万丈がナツキの物語なのかリントの物語のものなのかわからないけど、ハードモードも極まったと言えそう。


 これはもう、美少女の登場を待つ、なんて悠長なことは言ってられない。


 唯一それっぽい「クレア」という美少女がようやく現れてくれたものの、彼女はおそらくルイの物語の登場人物だと思うし、彼女一人にあのポンコツ異世界人二人を押し付けて「はいさよなら」というのはさすがにあまりに無責任、だよね。それにクレアはルイには従ってもナツキやリントの仲間になってくれるようには見えなかったしなあ。うん、たぶんクレアはないな。


 ボクは正体が美少女であることがバレたら姿を消そうと考えていたし「本物の美少女の仲間」さえ見つかればボクの役目は終わり。ボクはそれまでの期間限定の仲間。見つかり次第お別れしようと思っていた。そしてその目標は半ば達成されたと行ってもいいと思う。王宮ぐらしなんてしてればそれはもうすごい貴族や王族と知り合うチャンスはいくらでもあるのだから。


 ボクには戦争なんて言われても全く実感がわかない。政治とは無縁な村で生まれ育ってきたのだし、なにか役に立てるような力もないし、女の子だし。


 やっぱり「ここ」なのではないかな。ボクの役目は「ここまで」なのではないかなぁ。これ以上は本当にボクはただただ足を引っ張るだけしかできない。


「大丈夫です。もうボクはひとりじゃありませんから。この戦争絶対に勝ちますから! 皆さんは気にせず好きなだけ王宮にいてくださいね。じゃあおやすみなさい」


 ルイはそんな健気な事を言って広間を出ていった。


 さっきまでの盛り上がりが嘘のように静まり返ってしまった。ルイにとっては日常なのかもしれない。だけどボク立ちにとっては戦争というワードは重すぎた。残された二人は食事にはもう手を付けず、何か考え込むような素振りを見せている。平和な世界から来た二人でも戦争がどういうものかくらいは知っているようだった。


 無言。


 ボクはおもむろに、まだ全種類食べ切れていないケーキを食べる続きに戻る。


 ケーキを全種類食べないとボクの晩餐会は終わらないから。こんな種類のケーキが食べられるのは今日が最後かもしれないのだから悔いを残すわけには行かないからね。


 カチャカチャとボクのフォークとお皿の音だけが広間に響く。広いくせになんで小さな音がこんなに大きく響くんだろう。


 ――もぐもぐ。


 おいしい。


 ――もぐもぐ。


 これもおいしい。


 ――もぐもぐ。

 

 ふう、おいしい。お腹も膨れてきた。もう食べられないかも。


 だけどまだだ。最後の一つ。あれも食べないと終われない。


 ――もぐもぐ。


 おいしかった。ごちそうさま。


 ボクはすべての種類のケーキを食べ終えた。これでもう思い残すことはない。フォークを置く。


 これで思い残すことはないはずだよね。


 これでボクの仕事は終わったんだ。


 あとは明日こっそりここを出ていく。それでおしまい。


 ボクがいてもいなくても何も変わらないのだから。


 あえて見ないようにしていた二人の様子をうかがう。二人は下を向いたまま動かない。


 ボクは立ち上がる。二人は座ったままだ。


 ボクは扉の方へ歩いていった。二人は座ったままだ。


 ボクは扉の前で立ち止まる。二人は座ったまま。


 どうせこれでお別れなのだ。このまま言葉をかわさずに去るのもいいかもしれない。


 だけど、二度と会えなくかもしれないし、最後くらいは何か話しておきたいと思った。


 だからボクは座ったままの二人に大声で言ってやった。


「なにやってんのさ、二人とも! 作戦会議、やるよ!」

 

 ナツキとリントは顔を見合わせてニヤリと笑って、ボクの方へ駆け寄ってきた。

 




【第二章・完】

 第三章へ続きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 二章まで読ませていただきました。 安定した面白さで、気持ちよく読めます。 いよいよ「トラック様」が何を考えて転生者を送ってくるのかわからなくなってきましたね。 続きが気になります。 ケーキ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ