2-15,最後の晩餐でもいいですか?
【これまでのあらすじ】
小さな少女タルトは辺境の村の森で異世界から転生されてきた高校生の安藤夏樹と出会う。ナツキの周りには異世界転生にはお約束のはずの美少女の仲間がなぜか現れない。そこで、二人は美少女の仲間を探すために人がたくさん集まる王都にやってきた。
そこで新たな異世界人の今川凛冬と国王ルイに出会う。色々あって、ルイの計らいで王宮の部屋を借りることになったタルトたち。ルイはタルトが女の子だということをとあるきっかけで知ってしまう。
その後、タルトたちは王宮で晩餐に招待された。タルトは晩餐会で盛り上がる様子を見てある決意をする。
「ねえ、ナツキ。こんな美味しい高級料理、向こうの世界でも食べたことないんじゃない?」
ナツキは向こうの世界ではすごく都会に住んでいたという。貴族とかではないみたいだけど、食べ物に不自由したこともないというのだから、この世界の基準で言えば十分に貴族みたいなものなのだ。
王都に来たときもその発展ぶりや人の多さにボクほどは驚いてはいなかったし、なかなかのシティボーイっぷりを見せてくれていたからね。もしかしたら向こうでもこんなご飯を食べてたりしたのかもしれない。
「そうだな。俺も、こんな豪華な料理は生まれて初めて食べたよ」
そっかそっか。やっぱりね。ボクだってそうだけどさ。
これが異世界人の物語の力なんだろうな……ボクなんかが一生味わうことのなかった料理。体験することのなかった世界を見ることができてしまっている。まるで自分も異世界人になったような気分になる。ナツキかリントかルイのおかげなのだろうけど。ちょっとだけ感謝しなきゃな。
「あー。でもこう繊細な味付けの料理食ったらさ、締めにラーメンとか食いたくならないっすか?」
リントは少し出っ張ったお腹を擦りながら聞いたことのない食べ物をリクエストした。
あんなに食べたのにまだ食べられるのか。
ボク的にはデザートなら後少しだけ食べたいな、なんて思っていたのだけれど。
「わかる」
まさかのナツキが同意する。ナツキが知っている料理ということはあれか。向こうの世界の食べ物ってことか。
「いいですね、ラーメン。僕もずっと食べてないなあ……ご用意できればいいんですが、あいにくうちの料理人にはラーメンを知っているものもいなくて」
ルイまで? 何、その「ラーメン」とかいう食べ物。この凄まじいご馳走を食べた後なのに食べたくなるほどのとは一体どんな食べ物……。
「そういやこの世界にはラーメンってないっすね。どこかの国に行けばあったりするんすかね。なんかめっちゃ食いたくなってきた」
「そうですね。シェフになんと言って作ってもらえばいいんでしょう……いっそ自作するほうが早いかもしれませんが、僕は作り方とか全然わかりませんね」
「ああ。それにラーメンは奥が深いからな……あのスープはそう簡単に素人が作れるものではないらしいぞ」
話についていけない。ラーメン……異世界人全員にそこまで言わせるなんて。どんな食べ物? そこまで言われると、た、食べてみたい。
「そのラーメンって何? そんなに美味しいの?」
「うまい」
「うまい」
「美味しいです」
三人が即答した。なにそれ。そんな事言われるとすごく気になるじゃないか。食べさせてよそのラーメン。
「いやー、タルトっちにも食べさせてあげたいっすね-。でも味噌とかこの国にあるんすかね」
ぜひどうにか作ってくれリント。そこまで言われたら気になって仕方ないよ。そんな生殺しみたいなことした責任を取って絶対に作ってくれ。
で、ミソってなに?
「待て。味噌? ラーメンはまずは基本の醤油からだろ」
ナツキが初めて見るほど真剣な顔で突っ込んだ。君、魔物と戦ってるときにもそこまで鋭い目つきはしていなかったよね。そんなに真剣になるほどのことなの?
で、ショウユってなに?
「僕は塩派です」
ルイまで生き生きしている。ラーメンとやらはそこまで人を虜にするものなのか……。
で、塩はわかるけど塩味なの? 塩味の料理ってこと? もうさっぱりわからない!
塩ならこの国ににもあるんだし、それでなんとかならないのかな。ルイ作ってくれないかなラーメン。
「塩!? ラーメンにあっさりとかありえねぇっすよ! 味噌が一番!」
「いいや、醤油だ。醤油こそラーメンの原点にして終着点だ!」
「えー、塩ラーメン美味しいですよ?」
三人が謎のラーメンなる食べ物について何故か喧嘩を始めてしまった。あの温厚なナツキですらここまで熱狂させるラーメン……。
気になって気になって本当に今日は寝れないかもしれないよ……。
みんな楽しそうに笑い、食べ、話し、晩餐会の夜が更けていく。
楽しそうに笑いながら「仲間」たちと食事を楽しむナツキを見てボクは思ったんだ――
――どうかな?
――ボクはかなりうまくやれたんじゃないかな?
――だったら
これでナツキの物語「王都編」は終わりってことでいいんじゃないかな――
目の前の光景はナツキと初めてであった森の惨劇のときからは想像もつかない。いや、そんなものじゃない。ボクがこんな場所に居ること自体が夢のような出来事だ。まさに、ナツキの物語だからこそだと言えると思う。
ナツキの物語は不器用な展開ながらもなんとかここまで立ち直った。派手な戦闘があればいいというものでもないし、ようやく異世界人らしいものになったんじゃないかと思う。だって、王様の仲間が出来て、豪華な部屋、豪勢な食事、高級な服まで手に入ったんだよ? あとはナツキもリントも自分たちでどうにかできるでしょ。
ボクはなんとか異世界人のナツキを「ここ」まで導くことが出来た。全部がボクの力とは言わないよ。そもそもこれはナツキの物語なんだ。ボクがいてもいなくてもこうなったんだと思う。だけど、それでも脇役としてこの世界の住人としてそれなりにナツキの物語の登場人物としてうまく演じることが出来たんじゃないかな。
ルイが本当に必要としているのは同郷であるナツキやリントの方だと思うし、ボクは「ついで」だ。いてもいなくても変わらない。
だとすると、ボクの役目はここで終わったんじゃないかな。
寂しいよ。本当に。短い間だったけどナツキと旅をしてきて、魔物退治やら死刑執行やら投獄されたりやらもう、本当にいろんなことが起きた。
逆を言えばそれなりに異世界人らしい物語は始まったとも言えると思う。
だったら後は時間の問題じゃないかな。ルイにはクレアという「本物の美少女」がいる。王宮にさえいればナツキやリントにだってそのうち「本物の仲間」が現れる可能性はとても高いと思うんだ。
ふと髪に手をやる。毛先はすでに肩に届いていた。ナツキを助けると決めたときに切った髪がもうこんなに伸びていたんだね。
約束はまだ果たせたとはいい難い。
ナツキとリントとの約束は「本当の美少女の仲間が現れる間まで手伝うこと」だったよね。
それはまだ果たせたとは言えない。だけど、もう十分じゃないかな。
これ以上はむしろおせっかい。でしゃばりすぎだと思うんだ。ボクみたいな取り柄のない人間がこれ以上彼らの物語に登場し続けて運命をいたずらにかき乱すのは良くないはず。
――これがみんなとの最後の晩餐
だからせめて今日だけはみんなと楽しく過ごして、もう二度と体験できないだろうこの王宮での時間を最大限堪能しよう。




