田舎の空気は美味しいーって言うけど結局は気分だよね
場面が大分変わります
前回の話は忘れました
すみません
川が流れていた。それはそれは綺麗な川だった。
澄んだ流水の囁きがいつまでも心に流れていた。
町外れの比較的静かな一角で、少年は水に手首から先を浸して冷ややかな流動を感じ取っていた。
川上から異物音がしたように聞こえ少年はそちらに顔を向ける。案の定、視界には水面を漂う小さなネジと、四角くなった鉄片が入った。自然によって削られたものでないことは一目でわかった。触れるもの皆傷つける雰囲気を纏った鉄くずだった。
少年は短く舌を鳴らして手を水中から引き抜いた。服に水滴が飛ばないように丁寧にハンカチで拭った。貴重なシルクが汚れた。
やがて息を吐いて、少年は顔を上げた。ゆっくりと足を伸ばして振り返った。いつも通り、町外れに人はいない。
見慣れた光景だった。
長年放置されていたせいでひしゃげた屋根に潰された小さな商店。誰も手紙を取りに来ない褪せた赤いポスト。それと背の低い木がいくらか。
世界では珍しい、静かな場所だった。
少年が蹴り飛ばした石ころ程度の瓦礫が、澄んだ川の頭上を舞った。ボチャンという音と共に水がはね、文明の残骸が川の底に沈んでいった。水の色にはなんの変化もない。
足を交互に前に出す。歩くというより表現よりもそっちの方が正しいように思えた。波における上下運動のようなものだ。行きたいところがあるでもなく、無機質に徘徊するイメージだった。
静かだった。
川のせせらぎももう聞こえない。風のざわめきも聞こえない。ついに世界が終わってしまったのかとも思える程の静寂だった。少年には聞き慣れた、聞き飽きた静寂だった。
ポケットに手を突っ込んだまま空を見上げた。ようやく雲が天蓋となっていることに気がついた。思い返せば暖かくなかった。
太陽の位置を大雑把に推測して、優しく息を吹きかけた。吐き出された二酸化炭素が白くなることはなかった。今は冬だろうか、それとも秋の終わりだろうか。少年は自問したものの答えは出そうとしなかった。
「――ん……ふふふん……ん……」
頭の中で繰り返し演奏される、何処かの誰かが何時か作った、聞き覚えのあるクラシックを鼻歌にするも、続きを忘れたせいですぐに鳴り止んだ。この曲はこれほどテンポが悪かっただろうか。確か、昔聞いたノイズ混じりのCDにはピアノとは別の心地良い音が紛れ込んでいたはずだ。実際には聞いたこともない鳥の囀りのような音色が。
気づけば随分端まで来ていた。少年は感傷に浸りつつも足を止めてはいなかったことに、今更ながら気がついた。
荒廃した世界。地球の裏側から運ばれてきた無数の砂。チラホラと見える鉄の塊は、もはや少年が蹴飛ばした文明の残骸と何も変わらない。一世紀も前に死んだ戦士達の群れ。敗戦者共の死骸でしかない。
この場所は正しく、世界の果てであった。
少年はもう一度記憶を辿ってクラシックのCDを引っ張り出した。静かに踵を返しては、また足を前に進め始めた。
点在する背の低い木々達は、まるで何かから身を潜めているかのように物音ひとつ鳴らさない。少年はそんな風景を眺めることが嫌いだった。肺に上手く酸素が入らない気分になるのだ。葉緑体が足りない。知らない人間が知らない技術をもって知らない機械に全て燃やさせたから。
少年は小さく舌を打った。
森が減って砂漠が増えた。川が減って海が浅くなった。
自分の血中酸素濃度が薄まって、自分の影が薄まって、俺の存在意義が薄まって。
「……くそ」
一人でいるとどうしてもメランコリックが付きまとう。かといって仲のいい他人などいない。家族思いならこんな場所で悪態などついていない。
少年は首を振って、歩速を上げた。
眠ってしまえば忘れられる。夢の中には鳥がいる。自分は恵まれている。
太陽は西に傾いてはいたものの、まだまだ空は青かった。
まだ空は暗かった。
少年は家を抜け出した。
堂々と正面玄関から月光の下に身を晒した彼は深く息を吸い込んでから、全身の空気を吐き出した。むせた。
暗闇に蔓延する静けさに、自分の咳き込む音があまりに場違いだったため少年は身をすくませた。といってもそれも一瞬のことだった。気を使う相手などいなかったことを思い出したからだ。
広々とした屋敷を背に、少年は満月をめざして歩いた。
西にあるのは、確か、スラムだ。
屋敷の方角が紅くなり始めたくらいの時間、少年の周りには立派な建造物というものが随分と少なくなっていた。雨風と白蟻に食い荒らされた、今にも崩れそうなコンクリの塊が町を形成している。路地には風でなびく天井が張り巡らされ、その下には清潔感の欠けらも無いような人間が眠っていた。
少年は息を吸った。
幾分かはマシな匂いがする気がした。
ここより東に居着いている奴らはこの景色を嫌う。近づこうとさえしない。少年はそれが不思議でならなかった。
スラムには法や秩序が無く、身体的、精神的にも危険だという。実際には違う。スラムは部外者に手を出さない。外から法や秩序を持ち込まれることを恐れるからだ。侵略者の運ぶ感染症が原住民を殺し尽くすように、彼らは自分たちの安全を案じているのだ。
今この場所で最も危険な存在である少年はそのことを熟知していた。
事実、上等な衣服を纏った、どう見ても非力な少年に手出しをしようとする者は一人たりともいない。物陰からじっと見据えてくるだけだった。猛獣から身を隠そうとする小動物のように。災害をやり過ごそうとするかのように。
少年は大きく舌を鳴らした。
目を背けてもどうにもならないが、目を向けてもどうにもならないとはどういうことだ。
少年には自殺願望こそなかったが、生きたい理由もこれといってなかった。
「本当に……嫌な時代に生まれたなあ……」
周りの人間には聞こえない程の声量だったはずなのに、心が痛んだ。視線が刺さる。自分は恵まれている。
危険ではないとはいえ、長居するのは気が引けた。息苦しくなったのだ。
自分自身ですら気付かぬうちに上がっていた歩速を更に速める。さっさとこんな場所抜けてしまおう。どこか人のいない場所へ。一人きりになれる場所を求めた。
空に青が行き渡った頃、少年は廃材置き場まで来ていた。スラムの果てであり、世界の果てでもある。これより先は砂漠だった。粉々のアスファルトに薄く積もる砂で構成される近代的な砂漠だった。
廃材置き場といっても、捨てられるものは殆どが無機物だ。欠けた鉄筋コンクリートの端っこ。運良く生き残った使い道の無い瓦。鉄製の戦犯の死骸。角でうずくまる幼児。
少年は天を仰いだ。
「……え?」
遅ればせながら声が出た。
この場所には何度か来たことがある。しかし一度たりとも人影を確認したことはなかった。
というのに幼児がいる。さすがに似つかわしくない。
「まさか……くそっ……!」
衝撃の光景に悪い予感がした。
一呼吸遅れて少年は走り出した。
「おい! 大丈夫か……!」
そこそこな距離を歩き通した足での疾走は意外と体力を持っていかれた。心臓と脇腹が痛い。それよりも足が上手く動かずに転びそうになる。差し伸ばした手には大量の汗が滲んでいた。
幼児の肩に手を置き、揺さぶる。手が震えていることに気がついた。
「おい! 大丈――」
必死の言葉はそこで途切れた。
目の前には、五、六歳の子供の酷く怯えた顔があった。
何も言わないのではなく、言葉が出ないのだろう。幼児の口は不規則に震えるばかりで、明確な意志によって動かされてはいなかった。
少年はそこでようやく自分の胸騒ぎが的外れなものであったと察した。察したのに、未だに胸は空騒ぎを止めようとしない。
「……悪い、勘違いして……ごめん」
自身の感覚以上に腕に力を込めてしまっていたへの謝罪も含んだものだった。顔が熱いように感じるのは慣れない運動をしたからか。
なんにせよ、もう少年が廃材置き場などに居続ける理由は無い。
意識せずとも身を翻す動作が速くなった。
右足を出した、ちょうどその時だった。後ろから震えた声がかけられた。
「お兄さん、だれ……?」
反射的に動きが止まった。
「名前、あるの……?」
予想外の問いに若干戸惑いながら、立ち上がってこちらを見据える子供を振り返る。名前なんてものはどんな人間でも、場合によっては人間ですらなくたって平等にあるものではないのか。
「――ないなら、いいよ」
「――神谷。神谷照。名前はあるよ」
「いい名前だね」
そう言うとその子供は、純粋無垢で晴れやかな顔で笑った。
ありがとうございました
そりゃまあ都会の空気は美味しくないですよ
排気ガスとなんかよくわかんない物質とか交じってそうで怖いよ?
でも田舎の空気が美味しいっていうわけでもないと思うの私は
空気なんてもんは一定のライン超えたら全部おなじだろって
田舎だろうが海上だろうが酸素ボンベだろうが味は同じだろって
つまり何が言いたいかというとですね
有馬記念でf4は復活します
枠順とか関係ないからまじで
二連覇するからね