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快適なツーリングを、君と

ごめんなさい

あまりに期間が空いたせいで忘れました

 太陽が完全に顔を覗かせるより少し前。

 少年は次の行動を悩んでいた。特大ニュースを仕入れたはいいものの、さてそれをどう伝えよう、というわけだ。普通に伝えては面白みに欠ける。かといって手が込んだサプライズは受け取る側の負担になりかねない。

(……ああ、めんどくさ)

 鋭く丸く切り抜かれた鍵穴の空いた鉄扉に背中を預けるようにして透は腰を下ろす。昨日と同じ洗っていないボロ服のポケットから小型のバッテリーを取り出し、宙に放り投げて弄ぶ。数度それを繰り返した後、彼はその体勢のまま、もたれかかっているせいで可動域の狭い首で空を見上げた。薄明かりの中、少年の目にその空は酷く窮屈に映った。

「バッテリー……多分成功してるんだろうなあ」

 手元のUSB程度のサイズの塊に一瞬だけ視線を落とすと、すぐになんの意味も成さない投げ上げ運動を再開した。

 例え宿題などという安っぽい名前が付けられようとも彼は手を抜くことを己に許さなかった。そう教わったからだ。自分の手で回路を組んだ時点でそれは自分の子供と同義。出来が悪かろうと良かろうと、満足しようがしまいが関係は無い。他人からの依頼となれば尚更だ。二重に責任が重くのしかかる。手を抜くくらいなら自ら両腕を切り落としてしまえ、とまで言われたのだ。透が尊敬してやまない『先生』に。

 しかし切り落としまえば、きっとそのまま首が刎ねる。ああ、それでは本末転倒ではないか。事実上の一本道なのだ。

 果てしなく遠い空を眺めながら少年は一人、思考する。

(全てを終わらせに来たんだろ? お前はこんなところで怖気付く気か? ああ、そうだよ。怖気付いて何が悪い? 全てがかかってるんだ。終わらなければ始まってしまう。始まれば、すぐに終わってしまう。それじゃダメだろ? 何も蝋をこそぎ落とすことないじゃないか。燃え尽きる前に折れてしまっては意味が無い。じゃあなんだ、お前はこのまま蝋が独りでに溶けていくのをただ見守っているつもりか?)

 ぎゅっとバッテリーを握りしめて、彼は立ち上がった。

「……ああ、そうだよ。――今のところはね」

 くるりと体の向きを変え、鉄扉に向き合う形になる。大きく息を吐いてから、右足を扉と垂直になるように持ち上げる。一気に大量の空気を肺に送り込みながら鉄に鋭く杭を打ち込もうとした。

「――ゲホッ、ガホッ」

 失敗した。普通にむせて地面が不安定に揺れる。そのまま全体重が硬い鉄の板に一直線に向かった。

「痛っ!」

 手をつくこともままならず、爆音と共に衝撃が肩から全身に走り抜けた。

「あーもう、良い時に限ってこういう……っ! 決まんないな――」

 言い切る前に透は耳元で鳴る衝撃音に肩を跳ね上がらせた。反対側からの攻撃だった。

「何やってんだよ……こんな朝っぱらから――元気だなあ、おい」

 今まさに開かれつつある扉の隙間からうんざりしたような、見慣れた顔が覗いた。昨日と同じビデオテープを再生しているかのような既視感だった。唯一違う点といえば、そこに攻撃の意思が有るか無いかだろう。

 数秒無駄にした後、透は諦めて切り出した。宿題やってきたよ、と。

「あ? んな事言ったっけ?」

「言ったよ。バッテリー作ってこい、って。じゃなきゃただのガラクタだって」

 寝起きの青年は隙間の中で思案するように頭を搔いた。

「あ、あー。そういえば言ったっけか。ああ、そうだな言った言った。いや、言ってなかった気もするけどな。まあいいや。お疲れ様。じゃあな」

「え、うん、じゃあね」

 そして扉が閉められようとした。咄嗟に間違いに気づいた少年は、既に数センチほどしか残っていない空間に無理矢理手を差し込んで少年は叫ぶ。

「ストップ、ストッッップ! なんで!? なんでそんな当たり前みたいな感じで終わらそうとしてんの!? え? ほんと何考えてんの!? ――いや、抵抗すんなよ! 意地でも閉めようとすんな! 怪我する! こっちが怪我するって!」

 そう言われて扉を引く手の力を若干緩める心優しき青年は心のこもらない声で反論する。

「いやーまあ大丈夫なんじゃない? お前頑丈だろ? 怪我なんてしないってマジで。俺が保証するから、な? 手、離せ。無駄な抵抗はやめろ。先生はこれから重大案件をこなす必要があるんです!」

「嘘つけ! ろくに仕事来ないから実質ニートやってるくせに! 重大どころかゴミみたいな些細な案件すら来ないだろうが! 知ってんだからな! あんまナメてんじゃねえぞコラ!」

「あー、先生に向かってその口の利き方は何ですかー。誰に似たんでしょうねー。礼儀というかもはや一般教養すら身につけてない方を自宅にお招きするというのもなー」

「誰に似たかって言われたら先生くらいしかないんだけどね。ほら、僕交友関係極端に少ないから。実質無いも同じだし。僕の名前知ってて、僕が名前知ってる人って言われたら数えるのに片手すら要しないくらいしかいないし」

 軽い気持ちで言ったはずの言葉がもたらした重たい静寂。気まずい沈黙。本人は全く気にしていないようなことでも、周りから必要以上に気遣われると嫌でも気になってしまうあれだ。どことなく悲しくなってきた少年は、だからこそおどけてみせる。

「あ、あはは。冗談……というか言葉の綾みたいな……。いやほんとに気にしてないから。別になんとも思ってないけどね!」

 心無い青年は突如優しい目つきになっては軽くため息をついた。

「仕方ないな、入れよ」

 そう言って、いとも簡単に硬い扉は開かれた。その一周回って悪意さえ感じ取れるような仕草に少年は憤慨した。人間とは何か、という問いに何より率直に答えられるような感情の推移だった。

「なんか唐突に入りたくなくなってきたよ。どうしてだろうね。ねえ、どうして?」

「知らねえよ。正直もう飽きたんだよ。入るなら入れ。入んねえんなら帰れ。はい、十、九――」

「わかったって! 入る、入るからその無表情やめてよ。寒暖差激しすぎて気圧狂うって!」

 そうやって高い方の気温が、低い方の脇をすり抜けて強引に中へ侵入した。視界に飛び込んできた室内は以前以上に物が散乱していて、それはもう足の踏み場もないほどだった。しかし何をやっていたのか、という疑問は持たなかった。すぐに理解出来たからだ。昨日話題に上がったバイクがそれら全ての中心にあったからだ。最終調整、その一環だろう。

 彼がその場に立ち尽くしていると、突然周りの照度が落ちた。扉が閉められたのだ。振り返ると天裏が近づいてきて、少年に並んだ。

「ああ、それな。思ったより調整が難航したんだよ。速度が出るのは良いが、それについていけなくちゃバイクは乗り物として成立しない。存在意義を失うわけだからな。速度を妥協するわけにもいかないから装甲を強化したんだよ」

「……過度な走行に耐えられるようにってこと?」

「うるせーバカ」

 天裏は少年を小突くと、最終調整を終えて何やら風格が増したようにも見えるバイクにすり足で近づいていった。後ろの少年には見えない位置で視線を落とし、優しく車体を撫でる。明るければその艶美やかな黒に何が映っただろう? どうせきっと何も映るまい。

 だからその言葉に裏の意味なんて無かった。表どころか彼の意思すら。呟くように投げかけたのだ。

「乗ってみるか?」

 もしくは彼の第六感がそうさせたのだろうか。無垢で純真な少年はその言葉を喜びそうだ。というより、実際そうだった。

「いいの!? 乗りたい!」

 待っていたかのように目を輝かせて、吐き出す言葉ははつらつそのものだった。

「いや、でも大丈夫なわけ……? 信用してないわけじゃないけどさ、最終調整終わったばっかって感じだし……徹夜明けでしょ? というかそもそも先生運転できんの?」

「いいか? 人生の先輩として教えてやるがそれを人は信用してないと呼ぶ。徹夜明けなんて一言も言ってないし、自分で扱えねえ様なシロモノ俺が作るわけねえだろうが。――なんで徹夜明けだってわかった?」

 特にそういう雰囲気は出していなかったはずなのに、当たり前かのように見抜かれたことに若干の恐怖を覚えながらも天裏は問う。恐怖以上に興味が強かったからだ。

 対して本気でそのことをなんとも思っていない少年は温度差に肩をすくめた。

「簡単だよ。だって徹夜明けでもなければこんな早くに先生が起きてるわけないでしょ?」

「はーい、その一言で先生は傷つきましたー。チクチク言葉はやめましょうねー。まじで年上ナメてっと痛い目見んぞ」

 しかし少年は大袈裟に肩をすくめて見せただけだった。あれほど単調で、その割に人の神経を逆撫でする動作もそう無いだろう。きっと考えたやつは相当にねじ曲がった性格をお持ちの野郎だったはずだ。もちろん現在進行形で使っている奴も。

 データベースにでもアクセスして『年下にナメられなくなる方法』とでも検索すればいくらでもそれらしい安っぽいサイトが陳列されるだろうが、そんなことを検索した時点で負けた気がするのだ。天裏表という人間はそういう奴なのだ。だからこそ際限なくナメられ続けるのだというのに。

 そんなことはお構い無しに性格の悪い少年は部屋に明かりを灯すスイッチを弾いた。瞬間、視界が明瞭になる。天裏は愛車に浅く腰かけた。

「そういえば、バッテリー作ってきたんだっけ? それの試運転でもしてみればどうだ」

 彼が何気なく発した一言で、背を向けたままの少年は思い出したように背筋をピンと伸ばした。その後間を置かずに勢いよく振り返る。

「了解。それもそうだね」

 そう言って他のものには目もくれず一直線に丁寧に立て掛けられた電動狙撃銃に向かって歩き出した少年に、この家の主である天裏が慌てて声をかける。

「ちょっと待て! ここで試すなよな、いやまさかとは思うけどよ」

「わかってますわかってますー。あまりに信用無さすぎじゃない?」

「前科持ちをそう簡単に信用できるほど俺は純粋な作りをしちゃいない」

「素直にひねくれてます、って言いなよ」

「お前あれだな。本当は俺のこと嫌いだろ」

 しかし彼の悲痛な叫び声には要領を得ない生返事しか返ってはこなかった。無心で不安そうな表情を浮かべる様は、もはや自分自身で俯瞰して見てもどういった心情か掴めなかった。

 狙撃銃を抱えて移動する年下の人間を見るのは、やはりどうやっても違和感が拭えない。しかし拭い去ることができた時彼はもう戻れないところまで来た、という証明に他ならないことを加味するとこの違和感は心地よいものとして享受しておくべきなのかもしれない。

「準備オーケー? なら行こうか」

「イエッサー!」



 黒い車体、黄色いライン、いつの間にか昇っていた太陽以上に輝いた目をそれらに向ける無邪気な少年。

 バイクにまたがった天裏は呆れ顔を浮かべた。

「ガキが」

「ロマンだよ」

 天裏のことを背景としか思っていない透は散々言われた単語で反論した。あれだけひけらかすように使っておいて、ここで否定してしまっては示しがつかない。天裏は口論に負ける度になんともやるせない感情に支配される。基本的に自分からふっかけているくせに。

 自身の半身程もある武器を肩にかけては背中側に回している透は理性より先に本能が反応したといったふうにバイクに近づく。

「乗っていいんだよね!?」

「足かけながら言うセリフじゃねえってことだけは教えといてやるよ」

 正解など知らないであろう少年は感覚だけで天裏の後ろについて腰に手を回す。

「それじゃ安全運転でお願いね」

「んなもんできねえに決まってんだろ。性能に俺のドラテクが追いついてねえし、タンデムだって初めてだっつーのによ」

「えっ待って――」

 後方から不安そうに制止を促す頼りない声が天裏の耳に届いた――が、彼はそんなことを一々気にするような男ではなかった。そんな性格をした奴には手癖だけで直した化け物バイクに躊躇無く搭乗する、などという異常なほど肝の据わった行為は不可能だろう。即席ロープでバンジージャンプを決行するのとほぼほぼ同義なのだ。

「――行くぞ、掴まれ」

 腹部まで回された手に力が込められる。天裏は若干の息苦しさを感じたものの、それくらいしないと冗談抜きに人間の動体視力の限界を超えた速度で真後ろに射出されかねないのだから仕方がない。さすがにテーブルクロス引きのような曲芸にはお目にかかれないだろうが。

 天裏は重心を低くするとアクセルを握る手に力を込める。

「三、二……一」

 手首から先を回す。

 たったそれだけの動作で風が起こった。突風だった。

 周りに誰かがいたとして、その光景を間近で目撃したとして、さてその時代の目撃者達は自覚を持てるのだろうか。ほんの一瞬すらもその場に留まってくれない彼らを、空目だと思わない人がいるだろうか。ロボットだなんだという、所謂わかりやすい装甲兵器が飛び交った時代だからこそだ。時代遅れ、更には骨董品とすら言わしめる無防備な乗り物が飛び交うそれらに匹敵する、いやそれ以上の速度で地を駆け抜ける様など、一体誰に想像できよう?

 走り出してから気がついた。彼は徹夜明けなのだ。判断力は著しく低下している。だから忘れていた。ゴーグルでも無いと目も開けていられない、ということを。

「――――――――――――――――っ!」

「――――? ――――――――!?」

 もちろん声を発することもできないので彼らに意思の疎通などは不可能なのだ。自分自身の言葉すらきちんと識別できていないのだから、これはもうどうしようもないのかもしれない。

 彼らはヘルメットなどという物は被っていない。それは何故か。至極簡単なことだ。事故を起こせばどうせ死ぬ。この速度域におけるヘルメットはきっと何の役にも立たない。天裏はそう判断した。

 つむじ風よりも、なお早く前へ前へと進み続ける遺物は前へ進みたいと願っているわけではない。前にしか進めないだけなのだ。

 高速で視界の端へと流れていく不自然に伸びた風景の中を天裏は一直線に進み続ける。正直目を開けているのがやっとで、彼は前が見れていない。非常に危険ではあるが、特にこれといった障害物は無いのだ。

 最後の戦争から約百年。世界全体の人口は戦前と比べ、五分の一を下回った。都市部は機能を失い、いずれ風化し壊れゆく巨大建造物から人は離れていった。人が少ないのだから家屋は少数でも事足りる。文明が数歩後ずさった世界において、田舎暮らしは案外悪くないものであったのだ。

 今のところ彼ら二人が血溜まりを作っていないのはその恩恵によるものが大きい。不思議な話ではあるが、天裏は今日に限っては神に感謝すらしていた。無宗教と無神論は全くの別物なのだ。天裏は少しの間そのまま風の束で地面を叩き続けた。

 その少し後、奇跡か神が味方したのか、何事もなくつむじ風は大量の砂埃を巻き上げながら開けた場所に止まった。歩けば一体どれだけかかったことか。しかし時間だけを見れば、天裏が町を離れてから十分も経っていない。だとしてもその間上手く息が吸えていなかったために二人は大量の砂塵を吸い込み、二人して盛大にむせた。

「――はあ……。死ぬかと思った」

 暴走バイクが停車するなり、落ちるように地面に転がった透が息も切れ切れに呟いた。目が回っているようで一向に起き上がる気配がない。

 それを見下ろす構図の運転手は冗談半分で笑いかける。

「いや、もしかしたらもう死んでんのかも知んねえぞ。自分でも気づいてないだけで……ほら」

「……否定できないようなこと言うのやめてよ……怖……」

 そんな本気で怖がる少年の足元に天裏は降り立ち、体を投げ出して砂まみれになった透に手を貸して引き起こす。目頭を押さえながら透は辺りを見回した。

「……ここは?」

 質問に対して天裏は首を振った。

「さあ? 生憎、現在地がわかるような便利な機械は持ち合わせてねえな。でもまあ、目印ならあるか」

 天裏は言葉と同時に一点を見るように顎で促した。それに従い、透は振り返る。と、すぐに天裏の言わんとすることが理解できた。

「ああ、そういうこと」

 天裏は頷く。

「百年以上前――戦前からあの場所にそびえ立ったまま、誰も中に何があるのかさえ知らない謎の人口建造物。最後の錬金術師と呼ばれた男、アントニオの最高傑作――」

 天裏の言葉を透が引き継ぐ。

「――通称、破滅の塔」

ありがとうございました

仕事が速いっていいですね。いいことばかりじゃないってのが悲しいけど

気分悪いから書くことが思いつかねえや

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