2、ヴァルハラ召喚
俺が図書館で手にした古書は、千年近くも前の本だった。著者ヴァルハラ・レージェントとなっている。
普通ならボロボロになって読むどころではないが、防汚と防破の魔法がかけられていて新品同然だった。非常に取り扱いがラクで助かった。うっかり飲み物をこぼしてもササッと拭けば元通りだ。
難点は古代文字で書かれているから、誰でも読めるわけではないところか。
俺はいつの間にか身に付けていたスキル、文字解読で難なく古書を読んでいく。外国語も古代語も関係なく理解できる、何気に役に立つスキルだった。
その古書には驚くべき一文が書かれていた。
『この本の著者であるヴァルハラ・レージェントは、魔法の適性がなく使えなかった。だが領地や家族を守る為に試行錯誤を重ねた結果、古代召喚魔法というものを習得したのだ。』
信じがたい事実だった。
ヴァルハラ・レージェントは、この国では伝説の魔法使いとして有名だ。無尽蔵の魔力に強力な魔法を使い、魔物を蹴散らす英雄として認識されている。
まさか、あのヴァルハラ・レージェントが俺と同じ呪われた存在だったなんて。
違うのは、その時代に呪われた存在という概念がなくて、俺みたいな扱いを受けていなかったということだ。
そして時代が移りゆく中で古代文字を読める者がいなくなり、これがヴァルハラの著書だと理解できるものがいなくなってしまった。それで図書館の片隅に古書として置かれていたのだ。
ヴァルハラの解説では、古代召喚魔法とは世界の元素を物質化する、いわゆるみんなが使う魔法とは異なり、元素を直接操る精霊と契約をして、その精霊を召喚して使う魔法の事だった。
エレメント召喚は下位の精霊召喚で、スピリット召喚は上位の精霊召喚、それよりさらに上のクラスの精霊王や神召喚があった。
古書の中では最上位クラスの召喚をまとめて『ヴァルハラ召喚』と呼んでいた。
俺は前のように両親に優しくしてもらいたくて、教師たちに認めてもらいたくて、夢中でヴァルハラの古書を読んだ。途中でさらにヴァルハラの古書をみつけて、召喚魔法を身につける術を学んだ。
もうこれしか道は残されていないと必死だった。それこそ命を削って召喚魔法の契約をしまくった。
下位の精霊召喚から初めて、徐々にランクアップしていき、長期休暇を利用して精霊王や神召喚の取得に励んだ。
特に最上位クラスの精霊王や神の契約は大変だった。
炎獄王イグニスには魔力を全部もっていかれ三日間動けなかった。誰にも気付かれなくて死ぬところだった。
水明王アクアには水攻めにあい、イグニスを呼び出して助けてもらった。
烈風王ウエンティーは体中切り刻まれて、失血死寸前だった。ヤバいと思い、アクアを召喚して回復してもらって何とか契約できた。
爆雷王トニトルスは、アームレスリングで勝ったら契約すると無茶ぶりしてきた。
俺はただの人間なので、一旦引き返して神召喚の契約してから挑んだ。戦神マルスの力を借りて勝利した。
氷刃王ラキエスはここで一週間共に過ごしてくれたら契約すると、コケすら生えない永久凍土の地で言ってきた。何度天国に昇りかけたか覚えていない。
光華王ルキスも暗黒王クリタスも、それはそれは厳しい条件を提示してきた。もちろんすべてクリアしてきたけど。
始終こんな感じで契約していった。
ちなみに神召喚は神の宿る神殿で、契約できるまで祈りを捧げるというものだ。初めて契約したのは戦神マルスだった。一日中祈り続けてやっと契約に応じてくれた。
そのあと気付いたけど、マルスは早々に応じてくれた方だった。
神召喚の契約を重ねていくうちに、祈りの時間がアホみたいに伸びていった。アレだ、もうそっちの神と契約してんだから、自分はいいでしょと言われてるみたいだった。
拗ねる神様も可愛いな……なんて間違っても思わなかった。
実際に太陽神ヘリオスと契約するときはトータルで五百時間祈ったけど、新手の拷問かと思った。
結果、古書に書かれている召喚魔法は四年かけてすべて取得することができた。
今振り返っても、なかなか骨の折れる作業だったと思う。
そして先日、すべての召喚魔法を取得できた嬉しさから、教師に報告したのだ。召喚魔法をよくわかっていない教師は、まずは練習場で魔法を見せてくれと言った。
ようやく俺の努力が認められると、張り切ってヴァルハラ召喚を披露したのだが————
【ヴァルハラ召喚、炎獄王イグニス】
「ヒィッ!! 何なんだそれは!? 今炎から人型の何かが出て来たぞ!?」
「はい、これがヴァルハラ召喚で、今出したのは炎獄王イグニスです。なんなら会話もできますよ?」
「ヒャァァァァ!! 化け物……いや、悪霊だ!! コイツついに悪霊を呼び出しやがった!!」
————悪霊扱いされてしまったのだ。
俺は愕然としていた。
この魔法学園に入学してから九年間、認めてもらいたくて必死に努力してきたんだ。ずっとひとりで。
俺が死にそうになりながら身に付けた召喚魔法が、精霊王が悪霊だって?
俺は精霊王の魔力も感じ取れない、こんな低能のバカ共に認められたいと、あんなに努力してきたのか?
孤独に耐えて、涙も枯れ果て、笑うことも忘れて必死にやってきたのに。
俺の九年間の努力を、気高き精霊王を、悪霊という言葉で踏みにじるな!!
感情が爆発した。
イグニスから発せられる魔力も爆発的に増えて、紅蓮の炎があふれ出していた。俺の半径五メートル以内には近付けない状態だった。
そこを先ほどの教師に連れてこられた学園長と他の教師たちに、バッチリ目撃されたのだ。
これが、二日前の出来事だった。いつもは何事も決定されるまでに一週間はかかるのに、今回はヤケに早かった。
でも、もういい。
この九年間、ここの教師たちは俺の存在を無視してきたんだ。俺が何をやっても他の生徒たちと関わらなければいいと、興味も示さなかった。
魔法に関する書物はすでに全部読破して、理解している。ここで過ごす理由はない。
こうして俺は退学宣告の翌日に、九年間を過ごした魔法学園を出てきた。
このあと、さらに残酷な現実が待ち受けているとも知らずに————