狐の恩返し
個人的には狐さんが好きです。
コメディのつもりで書き始めましたが、コメディになってないかも。
「姉さん、だから早くお礼に行けって言ったじゃないか」
「だって……」
「あの人は姉さんのことをただの狐だと思ってるんだから、姉さんのことを待ってるはずがないでしょ」
「それは……わかってるんだけど……まだ、人化が完璧じゃなかったから……」
「完璧じゃないって言っても、狐の部分って耳だけじゃないか。姉さん知らないの? 人間のあいだじゃ、そういう耳は『けも耳』って言って意外と人気があったりするんだよ」
「うん、知ってるけど」
わたしはそう言って黙ってしまった。
悲しい気持ちが胸にあふれてくる。
もう、いつ泣いたっておかしくない。
「でも、まだ噂なんでしょ? 実際に姉さんが見たわけじゃないんでしょ?」
弟のゴンがそう言ってわたしを慰めてくれる。
でも、知り合いの狐が見たところによると、彼が綺麗な女の人と歩いていたというのは本当のようなのだ。
彼というのは、半年程前にケガをして動けなくなっていたわたしを助けてくれた人だ。
ケガをした脚に布を巻いてくれ、動けないわたしに体力がつくようにと餌を持ってきてくれた。わたしを心配したのか、そのまま朝まで一緒にいてくれて身体をさすってくれた。
こんな優しい男の人に惚れない女がいるだろうか。いや、いない。
朝になる頃には、わたしはすっかり彼の虜になってしまっていた。
必ず恩返しをする。狐は受けた恩はけして忘れないのだ。『狐の恩返し』だ。いや、恩返しじゃ足りない。倍返しだ。
でも、恩返しといっても簡単ではない。まずは彼のことを調べなければならない。
わたしは狐のネットワークを使い、彼の家や名前を調べた。
え? ストーカー? 失礼な。わたしは狐だからストーカーではない。
そして、ようやく彼の家を突き止めた。
幸いなことに彼は独身だった。
そもそも恩返しと言っても江戸時代じゃあるまいし、動物の肉や山の幸などを持っていっても困るだろう。最近は賞味期限とかうるさいし、衛生的にも問題がある。
ならやはり、ここはわたし自身の身体でお返しするのが筋というものではあるまいか。
幸いにも彼は独身でお嫁さんがいないらしい。
だったら、わたしが彼のお嫁さんになろう。お嫁さんになって、彼に生涯尽くせばいいのだ。
そう考えたわたしは、その日から『彼のお嫁さんになるぞ計画』をスタートさせ、人化の練習をコツコツと続けてきたのだ。
なのに、神様はなんて意地悪なんだろう。
彼が綺麗な女の人と歩いていたなんて。
弟はまだ分からないと言うけど、考えてみればあんな優しい男の人に彼女がいないわけがないのだ。
もっと早く彼のところに行っていれば、わたしがお嫁さんにしてもらえたのだろうか。
そんなことを考えるだけで涙が止まらない。
「まずは自分の目で確かめてからでも遅くはないよ」
弟はそう言って彼の家に行こうと言う。
まったく、なんてポジティブな狐だ。
これで、彼女と幸せそうに暮らす彼を見たりなんかしたら、わたしはそのまま尾っぽが九つになってしまうかもしれない。
そんなことを思いながら、わたしは弟と一緒に彼の家に向かった。
家には明かりがついている。
そっと窓から覗くと、彼がひとりで食事をしていた。
え? ひとり?
「ほらみろ。彼女なんかいないじゃん」
「でも、今日はたまたまいないだけかも」
「金曜日の夜に一人暮らしの彼の家に来ない彼女なんてありえないね。恋愛の達人の俺が言うんだから間違いない」
そう言って胸をはる弟。たしか弟はまだ……いや、なんでもない。
「ほら、声をかけてみろって」
「いやいや、むりだって! まだ耳が!」
ガラッ!!
「誰かいるのか?」
わたしたちの声が大きかったのか、彼が窓を開けてこっちを見た。
「君は?」
「あ、あの、あの……」
あまりの突然のできごとにパニックになるわたし。
弟は狐の姿のまま身を隠す。
「その耳は?」
「あ、あの、これは……」
わたしは慌てて耳を隠した。人化しているといっても、耳は狐のままなのだ。
彼はそんなわたしに手を伸ばす。
そして、その優しい手で、わたしの頭を撫でてくれる。
「耳、触ってもいい?」
「え? あ、はい」
彼はそう言ってわたしの耳を優しく触った。彼に触られるとても気持ちが良い。
「もしかして、あの時の狐?」
「は、はい! 覚えていてくれたんですね?」
「うん、この毛触りは忘れないよ。ずっと触っていたいと思ったんだもの」
「あ、あの、だったら、ずっと触っててください! わたし、ずっとあなたの傍にいますから!」
自分でもビックリするくらい大胆なことを言ってしまった。
これってほぼほぼプロポーズだ。
「はは、ほんとに? ほんとにいいの?」
「もちろんです! わたし、あなたのお嫁さんになりたいんです!」
「そうなんだ。うん、こちらこそ。まさか突然お嫁さんが来てくれるなんてビックリだよ。でも、君みたいな美人が来てくれるなら大歓迎だ。それに、あの日、ほんとは君を連れて帰りたかったんだよ。なんて綺麗な狐だろうと思って一晩中見惚れていたから」
「そ、そうだったんですか?」
「うん、ひとめ惚れだったね。でも、今の姿も綺麗だよ」
「あ、ありがとうございます!」
わたしは彼に抱きあげられ、そのまま彼の部屋に招待された。
「今、晩御飯を食べてたんだ。晩御飯といっても、カップのうどんなんだけどね。大好物なんだよ」
「わたしも、うどん好きです! とくにきつねうどんが!」
「だったら、僕らは気が合いそうだね。今度結婚する姉貴はラーメン派で、昔はよく喧嘩をしたものさ」
「もしかして、この前一緒に歩いていたのは」
「それはきっと姉貴だね。他に女の子と歩くことなんてないから」
彼はそう言ってわたしの耳を優しく撫でてくれた。
もしかしたら、これ以上、人化はしないほうがいいかもしれない。
「はあ、だから姉さんに言ったんだよ。さっさとお礼に行けって。大体、普通は一晩中撫でてくれたりしないだろ。人化出来ればうまくいくに決まってるじゃん。さっきも窓から見たけど、もうラブラブだったもん。人間と狐のカップルだけどきっと大丈夫、あの二人なら、超えていけるよ」
最後までお読みいただきありがとうございました。