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006:きっと気のせい

「慎重に行く? それとも大胆に行くかい?」


「ハッ、大胆に出会った敵を全部倒せばいいじゃない。三人に一人しか合格できないのよ? 単純計算でワンパーティに一人しか合格しないの。あんたたちも合格したいなら、最低ふたパーティは潰さないと枠が空かないわ」


「おや、ボクらの心配もしてくれているんだね」


「……ふ、ふんっ。勝手に解釈してれば?」


 ミオンはどことなく照れているように見える。

 なるほど、レイラの言った通り普段からつんけんしているわけではないらしい。


「とにかく、目の前に現れた獲物は全部私が倒すわ。あんたたちは精々おこぼれを狙うことね」


「っ! ミオン!」


 先頭を行こうとしたミオンの背に、レイラが叫ぶ。

 次の瞬間、左の茂みから少年が一人飛び出してきた。


「やぁぁああああ!」


 少年は剣をミオンの胴へ目掛けて突き込む。

 幸か不幸か、その一撃はあまりにも単調だった。

 

「チッ」


 ミオンは一つ舌打ちを挟み、その突きをかわす。

 しかしいまだ魔法職の彼女の距離ではない。

 

「ミオン! 下がれ!」


 レイラは彼女と少年の間に割り込むように飛び込み、互いの剣をぶつけ合う。

 その間にミオンは距離を取るが、敵側の猛攻はまだ終わらないらしい。

 少年の背後の茂みが再び揺れたと思えば、今度は少女が飛び出してくる。

 その手には弓が握られており、すでに矢が引き絞られていた。


「ふっ――――」


 狙いは今剣を合わせているレイラ。

 到底かわせるような距離じゃない。

 

(ミオンはまだ体勢を崩してる……俺しかいないな)


 支援職の俺が動くのはどうかと思うが、やむを得ない。

 魔法を見せられない俺は、とっさに地を蹴り、少女に突進する。

 矢が飛ぶ寸前に体勢を崩させたことで、彼女の矢はあらぬ方向へと飛んで行った。

 ただ、まだ足りない。

 もう一人いるはずなんだ。


「揺らぐは炎! 穿つは矢尻! 初式魔法、"フレイムアロー"!」


 突然背後から別の少女が現れ、ミオンに向けて炎の矢を放つ。

 良い作戦だと感心せざるを得ない。

 まずは前衛の奇襲。

 それが防がれれば後ろに構えた支援職が弓で援護。

 それすらも防がれれば、さらに離れた位置に待機する魔法職がはぐれた一人を狙い撃つ。


 完封すら可能な奇襲作戦————ただ、この場では実力差があり過ぎた。


「鬱陶しいのよ!」


 自分へ飛んでくる炎の矢に対し、ミオンは同じく炎の矢を放つ。

 ぶつかり合った矢は霧散し、辺りには火の粉が散らばった。


「無詠唱か、やるな」


「ふん、当然よ」


 奇襲を仕掛けてきた本人たちは、驚きで目を見開いている。

 相当自信のあった作戦だったのだろう。ほんの少しだけ気の毒だ。


「ふぅ……よし、乗り切ったね」


「な、何で……⁉」


「悪いけど、女だからって甘く見ないでもらいたいな」


 レイラが力を込めれば、相対する少年の体がぐらりと崩れる。

 そのまま押し込むように地面に倒し、その首へと剣を当てた。

 それと同時に、彼のブレスレットが音を立てて割れる。


「あんたたち、相手が悪すぎたわよ」


 呆れたように告げたミオンが、自分に魔法を撃った少女へ手をかざす。


「揺らぐは炎、穿つは槍――三式魔法、"フレイムランス"」


「きゃあ⁉」


 武器と同じサイズの炎の槍が、魔法職の少女に直撃する。

 吹き飛ばされて地面を転がる彼女だったが、その炎が散った頃にブレスレットが割れる音が響いた。

 

「あと一人ね――」


「いや、もういないよ」


 レイナの隣で、弓を持っていた少女が崩れ落ちる。

 項垂れる彼女の手首についていたブレスレットが割れ、これでパーティを一つ潰したことが確定した。


「チッ、横取りしないでよ」


「悪いね。でも逃がすよりましだろう?」


 剣を仕舞いながらレイナは得意げに笑い、ミオンは不満げに地面を蹴る。

 不意は突かれたものの、危なげなく乗り切れた。

 やはりこの二人、周りと比較しても才能に溢れた人材と思っていいだろう。

 もうこの時点で二人を脱落させるのは難しい。

 理解できないのは――――そのことで俺が少し安心していることだ。

 

 ……ともかく、何よりも先にここで言っておかなければならないことがある。


「……ミオン、さっきのはあまりに危険だ。魔法職が前衛に行くのは避けてくれないか?」


「は⁉ 私に指図しないでよ! 今だってあんたらが叫ばなくても一人でどうにかできたわ!」


「だろうな。だがもし彼らよりも優秀な者に不意打ちを受けるようなことがあれば――――」


「私はっ! ポートリフ家の娘なの! 常に優秀な人間じゃないといけないの! じゃないと……存在している意味がないのよ」


「……答えになっていないが」


「うるさいわね! 少し活躍したからって調子に乗ってる? 立場を……弁えなさいよ」


 まるで絞り出すかのように、苦しそうに、ミオンは最後の言葉を口にして、そのまま走り出してしまう。

 呆気に取られているうちに、その姿は暗い森の中へと消えていった。


「あっ……ミオン!」


「待て、大丈夫だ」


「一人行動が危険なことは君だって理解しているだろう⁉ 早く合流しないと……!」


「俺は人の気持ちに疎いが、彼女には少し一人になる時間が必要なんじゃないか? 幸い、今は周りに敵もいない」


「なっ……分かるのかい?」


「索敵もある程度は自信がある。この辺りに転移したのは俺たちと今のパーティだけだ」


「……そう、か」


 レイラの表情から、少しだけ焦りが抜ける。

 これはサバイバル。

 冷静さを欠いた者が増えれば増えるほど危険だ。

 

「まだ、ミオンの抱える事情に関しては聞かない方がいいか?」


「——いや、もうそんなことは言ってられない、かな。あんな態度を取られたら気になるよね」


 ミオンの様子はただごとではなかった。

 気にならないと言ったら嘘になる。


「ミオンの家も、ボクの家と同じで合格を確約できるくらいの力がある家なんだ。けど、一つの家が推薦できる子供の数はその家の位によって決められていてね。彼女の家は一人しか入学させることができなかった」


「……姉妹、か」


「そう、ミオンには妹がいる。問題なのはその妹って部分でね。彼女の父親は長女のミオンでなく、その妹の方を推薦したんだよ」


「妹の方が優秀だったんじゃないのか?」


「それはどうだろう。ボクから見ればお互い大差はない感じだったけど。ただ、妹の方が世渡り(・・・)が上手かったことだけは確かだよ」


 腑に落ちてしまった。

 確かにミオンは周りの機嫌を窺えるような性格には見えない。

 清々しい性格と言えるが、反対に我儘とも言えてしまう。


「ミオンは自分じゃなく妹が推薦されたことが悔しくて仕方ないんだろうね。だからきっと自分の方が優秀であることを証明したいんだと思う。……気持ちは分かるよ」


「助けになってやりたいんだな」


「まあ、ね。ミオンは絶対に否定するけど、ボクは彼女のことを友達だって思っているから」

 

 美しい友情というやつだ。

 人間であろうと魔族であろうと、そう言った部分は変わらない。

 種族が違うことがこんなにも惜しいと感じるとは思わなかった。

 

 俺は――俺の仕事をしなければならない。


「ふぅ、じゃあそろそろ追おうか。さすがにもう心配だよ」


「……そうだな。早く追いつこう」


 俺とレイラは、ミオンが消えた森の中へと走り出す。

 

(すまないな、レイラ)


 俺は彼女を騙していた。

 近くに転移したパーティは俺たちを含め二組しかいないというのは、真っ赤な嘘である。

 ミオンが駆けて行った先————その方向に、一組気配があった。

 それも、試験開始前に彼女らへ視線を送っていた彼らの気配だ。

 

(レイラとミオンが優秀なことはよく分かった。だからこそやむを得ない事故で脱落してくれれば……我々の利益となる)


 そう、俺はそれを望むべきなのだ。

 彼女らが確かな評価を得られたことにほっとしている場合じゃない。

 俺の行動はすべて魔界のため。


 だから――――こうして歩みが速くなってしまう(・・・・・・・・)のも、きっと気のせいだ。


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