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005:期待よりも

「はぁ……ごめんね、本当に普段からああじゃないんだよ」


「気にはしてないが、チームワークが心配だ。彼女は一人で戦うつもりなのか?」


「まあ……正直なところ、ミオン一人でも勝ち残れるとは思うよ。彼女の家は魔法の名家だ。お世辞抜きでポテンシャルなら受験生トップクラスだよ。在校生にだって引けを取らないんじゃないかな」


「そうなのか」


 はて、そこまで強い魔力は感じなかったが――――。


 確かにこの受験生の中ではかなり上位の気配を感じていたが、在校生よりも強いなんてことがあり得るだろうか。

 仮にも勇者となる連中、そんなに甘くはない気がする。

 ただ、レイラの確信を持った目が少し気になった。


「でも油断は禁物。せめてボクらだけでも協力できるよう話し合っておこうじゃないか。先に言っておくと、ボクの武器はこれだよ」


 レイラは自分の腰に置かれた剣に触れる。

 良い剣だ。

 何か魔法によるエンチャントが行われている形跡があるが、純粋に切れ味も一級品だろう。

 やはり勇者候補とは恐ろしい。

 まだ若いこの段階で、これほど優れた獲物を持つことができるのだから。


「最前線はぜひともボクに任せてもらいたいね。それで、君は?」


「身体能力強化、魔力増強は一通り。回復魔法も内臓が深く傷ついていなければ何とかなる程度だ」


「え……君、平民って言ったよね?」


「ん? ああ、確かにそう言ったが」


「最初からそんなに魔法が使える人を初めて見たよ。気を悪くしないでほしいんだけど、平民ってほら……大した魔法の教育を受けられないからさ」


 なるほど、この程度ですら俺の立場では"できすぎ"と言っていいレベルのようだ。

 もう少し使える魔法を隠しておいてもよかったが、もう言ってしまった以上は仕方ない。


「俺は辺境の村の生まれでな。偶然その近くで野盗に襲われていた貴族の旦那を助けたことがあったんだ。その人が礼にってことで、教育とこの学園の受験資格を確保してくれたんだよ」


「へぇ、君は勇敢なんだね」


「慣れていただけだ。こんな大きい街と違って、魔物も多い場所だったからな」


 レイラは感心した様子で俺の話を聞いている。

 どうやら俺の話を信じ切ってくれたようだ。

 もちろん嘘だけども。


「でもボクはとても幸運だよ。レイラと組めただけでも奇跡なのに、優秀なサポーターくんまでついてくれるんだから」


「光栄だな。あとは……彼女が協力的になってくれればいいんだが」


「それは難しいかもね……ボクらは貴族なんだけどさ、正直そこまで大きな家ってわけじゃないんだ」


「どういうことだ?」


「貴族の中にも格差があるってことさ。よくて中の上ってとこかな。本当に上の方の人は、こんな試験なしでとっくに合格が決まってるんだよ」


 ——なるほど、道理で試験がぬるい(・・・)と思った。

 

 試験内容が、ではなく、受験生の人数が合格するであろう人数に比べて少ないという点に対して、だ。

 受験生の人数は、多く見積もっても三百人はいない。

 学年の人数が二百人程度と考えれば、三人に二人は合格する計算だ。

 優秀な勇者を生み出す学園の倍率としては、少々簡単すぎる。


「大体その年に入学する生徒の半分は上位貴族で埋まるかな。だからボクらは残りの半分、百人の枠を争うんだよ。今年だとおよそ二百人は落ちることになるね」


「合点がいった。もしや、ミオンは自分が試験を受けなければならない立場にいることが不満なのか?」


「うーん……ボクも含めてそれは少し違うんだ。元々ボクらの家も、試験前合格ができる立場にはあったんだよ」


「話が違うじゃないか」


「あはは、ごめんね。……色々あるんだよ。ミオンの事情は個人情報だから濁させてもらうけど、今から話すボクの事情とニュアンスは大体同じだって思ってほしい」


 レイラは笑いを徐々に苦笑いに変え、改めて口を開く。


「ボクの家は、ミオンの家と同じで魔法の名家でね。けど、ボクには魔法の才能がほとんどなかったんだ。だから……両親からはちょっとばかし疎まれててさ。剣士としての推薦はできないって言われたんだ。でも最低限受験資格だけは確保してもらったんだから、感謝はしないとね」


 彼女はそう口で言っているものの、どこか悔しそうな様子が窺える。

 今の話を聞く限り、家でも決していい環境で育つことができたわけではなさそうだ。

 剣術を学ぼうと思えば、きっと独学で学ぶしかなかったのだろう。

 

「ごめんね、重い話をして。君がどことなく話しやすい人だったから、べらべらと語ってしまったよ」


「相手のことを知るのも連携の一つだ。むしろ話してくれて感謝する」


「身の上話を聞かされて礼を言うなんて、不思議な人だね。……一緒に合格しようね。少なくとも、この試験の間はパーティの仲間だから」


「ああ、全力でサポートさせてもらおう」


 レイラが差し出してきた手を、俺は握り返す。

 手のひらから、独特の硬さが伝わってきた。

 これは長い時間の剣の鍛錬によって、分厚くなった皮膚の感触。

 血のにじむ努力を重ねたのだろう。


 ————しかし、しかしだ。

 

 この女は、近い将来きっと我々の脅威となる。

 あえて(・・・)ここで脱落させてしまうのも視野に入れておくべきかもしれない。

 試験官はパーティごとで合格するとは言っていなかった。

 それぞれの役割で力を振るう。

 俺ならば支援職として完璧な仕事をこなせば、それだけで合格基準は満たすはずだ。

 継続的な努力ができる者は例え敵であっても尊敬の念を抱くが……これも仕事の一つ。


(結論を急ぐ必要はない……か)


 結局は試験が始まってみなければ分からない。

 俺自身が合格することが最優先、優秀な者を蹴落とすのはあくまで余裕があればの話だ。

 

 どうか俺の期待よりも弱くあれ。


 手を離す寸前まで、俺はそんなことを考えていた。

 

「今から諸君らには保護の魔法が込められたアクセサリーを配る。戦闘不能になりかねない大きな痛手を受ける際、それが代わりに諸君らを守る。アクセサリーが破壊された者は、そのまま訓練場から退場すること。アクセサリーは分かりやすい位置につけ、退場者を偽装することは禁止とする。当然ながら、追い打ち行為も禁止だ。その行為が確認され次第受験資格を剥奪し、あまりにも悪質な場合は騎士団へと連行する。以上、質問があれば受け付ける」


 試験官のその言葉に、質問を返す者はいなかった。

 間もなくして、俺たちに小さな白い宝石が埋め込まれたブレスレットが配られる。

 彼の言った通り、簡易的な保護が受けられる代物のようだ。


「よし――これより実技試験を開始する。制限時間は"三時間"。では、転送準備!」


 先ほどよりも幾分か増えた教師たちが、俺たちを囲んで詠唱を開始する。

 文言を聞き取る限り、転移魔法のようだ。 

 俺たちの立っている床に魔法陣が浮かび上がり、光を放ち始める。

 このまま訓練場内のどこかへランダムで転移させられるのだろう。


「ミオン、一緒に頑張ろう」


「……ふんっ」


 レイラに声をかけられたミオンは、相変わらずの態度だ。

 しかしあしらわれたレイラもその態度を注意する余裕がないようで、どことなく緊張した様子を見せている。


(それにしても――――)

 

 先ほどから、妙な視線を感じ始めていた。

 どこかに俺たちを見ている者がいる。

 俺は目線だけで周囲を窺った。

 するとかなり離れたところに、こちらへ視線を向ける男が立っていることに気づく。

 相手は俺ではない。

 おそらく、レイラとミオンだ。


(……間に合わないか)


 彼女らにあれが誰か聞いておきたかったが、すでに魔法陣の光は限界まで強まっていた。

 一瞬の浮遊感の後、視界を埋め尽くしていた光が少しずつ晴れていく。

 やがてクリアになった視界の先にあったのは、鬱蒼と生い茂る木々。

 薄暗い森のエリアに転移したらしい。


 この試験、どこか嫌な予感がする。

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