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003:老いぼれの望み

 ブラウンが案内した家は、豪奢な建物が並ぶ地域の外れにあった。

 おそらくこれまで見てきた建物はすべて貴族の物であると予想できるが、それと比べれば比較的質素で大人しい。


「貴族街にある割には小汚い場所で申し訳ありません」


「気にするな。むしろあまり派手な物は好まない」


「安心いたしました。では中へ」


 扉が開き、俺はブラウンに続いて屋敷の中へと入る。

 中もあまり派手な装飾はないが、所々に置かれた置物や質のいいカーペットがかろうじて威厳を守っていた。

 掃除もかなり行き届いている。

 ブラウン一人で過ごしているわけではなさそうだ。


「今日は使用人も出払うよう伝えてありますので、周りのことは気にせず話せます」


「使用人は人間なのか」


「ええ。私の一族は二百年以上前に人間界に渡り、以降こちらの情報を流すために一から繁栄してきました。今もこうして目立たない程度の立場で生活しております。実のところ、私は人間界生まれでしてね。魔界の景色を見たことがないのです」


「ん、二百年前だろう? ならばなぜあなたはそこまで老いたんだ?」


 魔族の寿命は、種族にもよるが平均五百年以上。

 力が強ければ千年を越える者もいる。

 彼の一族が二百年前に人間界に渡ったのなら、その後生まれたブラウンは最大でも二百歳だ。

 しかし彼の見た目はどう見ても四百歳、五百歳を越えている。


「私は人間と魔族のハーフでございます。人間の血が入っているが故、寿命は魔族のそれではありません」


「あなたの一族は人間を伴侶としたのか」


「ええ。母が人間なのですが、父の正体を知った上で共に生きることを決めたそうで。今はもうこの世にはいませんが」


「……そうか」


 魔族と共に生きることを決めた人間――ぜひとも会ってみたかったが、寿命の差は仕方がない。

 話もそこそこに、ブラウンは俺を応接室へと案内する。

 革張りのソファーに座るよう言われ、ひとまず腰を落ち着けることにした。


「では、今後の話をいたしましょう」


「ああ、頼む」


「まず王立ランドム勇者学園には、貴族の紹介がなければ入れません。そこで平民などは大金を貯めて献上するか、場合によっては体を売って(・・・・・)貴族に取り入るそうです」


「……胸糞悪い話だな」


「この国は貴族の力が及ぶ範囲が広く、反対に平民には力がほとんどありません。勇者の力は高貴な血に宿る――そんな歪んだ考えがあるほどですから」


 魔力の量や魔法の素質などは、確かに血が関係していることもある。

 しかし多くの場合、努力でどうとでもなることが多い。

 少なくとも魔力の量は訓練で大きく伸びる。

 高貴ではない血の中にも化ける才能が眠っている可能性があるというのに……実に愚かしい。


「この入学の条件ですが、これは私の立場を用いればクリアできます。実際に課題となるのは、その先に待ち受ける"入試"の存在でしょう」


「テストというやつか」


「はい。学園内の様子までは探れていないので、実際どんな試験が待っているかは分かりません。ある程度の聞き込みで分かったことは、筆記試験と実技試験があるということだけでした。お力になれず申し訳ありません」


「いや、十分だ」


 俺も学があるわけではないが、いざとなれば周りの人間たちの回答を盗み見ればいい。

 実技に関しても、さすがに未熟な勇者候補たちと比べて劣っているなんてことはないだろう。

 仮にそんなことがあったとしたら、とっくに魔界は負けている。


「入学できたとして、そこからのサポートはあるか?」


「申し訳ないのですが、我々の関係を秘匿するために私は魔界へと渡ることになっています。どちらかの正体が看破された時点で共倒れになってしまいますからね。屋敷も空けてしまいますので、ある程度の財産を残す程度しか……」


「そうか……いや、理にかなっている。そこは問題ない。しかし住居などはどうなる?」


「学園寮がございます。希望者はそこへと入寮できるかと」


「なるほど、変に気にする必要はなさそうだな」


 ふぅ、と俺は息を吐く。

 かなり難しい任務であることは間違いないが、目先の課題が突破できることに安堵した。

 孤独な戦いにはなるが、それも承知の上。

 命に代えても、学園を卒業するまでの間に"神の使途"の思惑を掴まなければならない。


「入学まではこの屋敷でお過ごしください。ご入用の物があれば用意いたします」


「ああ、短い間だがよろしく頼む」


「こちらこそ。……私は魔族でありつつ、人間でもあります。ここで長く生きてきて、当然人間界に愛着も湧いています。どうか、"神の使徒"の好きにはさせないでください。魔界と人間界は、きっと共存できる……老いぼれの最後の望みです」


「……分かった、約束しよう」


 俺たちは互いの瞳を見つめ、握手を交わす。

 少し驚いていた。

 互いが互いをいがみ合っていることが当たり前の世界で、初めて聞いた願い。

 ブラウンの目からは、強い意志さえ感じる。

 俺自身はあくまで任務に基づいて動いていおり、そこに自分の意志はほとんど関与しない。

 いつの間にか夢を思い描くなんてこともなくなってしまった。


(魔界と人間界の共存、か)


 いつかそんな未来が訪れるのなら、この目で見てみたいと思った。

 とても俺らしい考えとは言えないけれど。


「おいおい魔王サマよォ!」

 

 突如として、魔王イブリースがいる王の間の扉が開かれる。

 そうして入ってきたのは、くすんだ赤髪の男。

 短く切りそろえられたその髪を掻きつつ、彼は少し苛立った様子でイブリースの下へ歩み寄る。


「ふぅ……何だ、騒々しい。せめてノックでもして落ち着いて入ってこい」


「オレよりも若いんだから細けぇこと気にすんなよ。それよりもだっ! どうしてエルデの野郎を人間界に行かせた⁉ そんな面白そうなことはオレにやらせろよ!」


「……ガルード、なぜ自分が選ばれなかったか、自分自身で分からんのか」


「分からねぇな! 俺だったら勇者学園の連中なんて一日で八つ裂きにして回れるぜ⁉」


 ガルードと呼ばれた男は、得意げにそう言い放つ。

 そんな様子を見て、イブリースは再びため息を吐いた。


「それがいかんと言っているのだ。今回の任務は潜入。確かに魔王軍幹部として貴様の実力は買っているが、明らかに向いてないだろ」


「そんなまどろっこしいことが必要か? 人間どもなんてオレたちの戦力で押し切っちまえばいいじゃねぇか。それとも何だ? 怖気づいちまったかァ?」


「馬鹿者。怖気づいているわけがなかろう。……多くの民は戦争など望んでいない。それが分からんか」


「分からないね。オレは戦争が好きだからなァ……腕っぷしで物事が解決するならそれでいいだろうが」


「——今の時代はそれでは駄目なんだ」


 イブリースは玉座から下りると、後ろにある大きな窓から空を見上げる。

 

「私はこれ以上魔界の民を失いたくない。無論貴様もだ。戦わずに済むならばそれがいいに決まっているではないか。もはや発展を目指している場合などではない。今は存続を一番に考えなければならんのだ」


「んな甘いこと言ってっと後れを取っちまうぜ? "神の使徒"どもはどうやらやる気満々だそうじゃねぇか」


「だからエルデを送り込んだ。性格に難もなく、戦力としても申し分ない。貴様が人間と友好関係を結べる性格だったのなら、私は貴様のことも起用していたさ」


「……チッ」


 ガルードは聞こえるように舌打ちをすると、彼女に背を向ける。


「人間どもは……信用できねぇ。確かにあんたの言う通り、エルデの野郎なら仲良しごっこができるだろうさ。けど危険なことには変わりねぇ。……奴に何かありゃ、オレたち(・・・・)はいつでも行けるぜ。覚えとけや」


「ふっ、初めからエルデが心配だと言えばいいだろうに。可愛げのない男だ」


「んなもんいらねぇよ」


「……分かったよ。何かあればすぐに知らせるし、そのときは貴様たちの出陣も許可しよう。それでいいか?」


「けっ。ああ、それでいい」


 ガルードは不貞腐れたような、照れたような様子で王の間を出ていく。

 残されたイブリースはその背中を見送った後、再び窓の外へと視線を向けた。

 

「魔界と人間界の共存、か。そんな理想が叶えばどれだけ気が楽か」


 魔界に潜ませている情報源――ブラウンという男が、そんな理想を掲げていたことをイブリースは思い出していた。

 共存がなされれば、もう国をかけた戦争などしなくて済む。

 王としての重責から一つ解放されるのだ。

 まだ若い王である彼女としては、それがどれほどありがたいか。


「どちらにせよ、それが実現できるのもきっと奴だけだろうな」


 人間界へと渡ったもっとも信頼している部下を思い浮かべ、イブリースは玉座へと戻る。

 彼女たちは予想すらしていない。

 このしばらく後に、心配を向けているはずのエルデから思いがけぬ連絡が来ることなど――――。

18日、7時、19時に一話ずつ投稿します。

19日からは続けられる限り19時に一話ずつ投稿していきたいと思いますので、これからよろしくお願いいたします。


続きが気になると思ってくださった方は、ブックマーク、あとがきの下にある評価の☆を押していただけると幸いです。

今後続けていくモチベーションにさせていただきます。

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