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002:到着

「……さてと、困ったことになった」


 俺はふわりと宙を舞いながら、晴れ渡った青空を見上げる。

 ここは人間界。

 魔界の空は少し紫がかかっており、このような青空は人間界特有のものだ。


「どうしたものか。引き受けた以上は完璧にこなさなければならないのだが」

 

 ——そう、俺はもうすでに人間界を訪れていた。


 学生を演じろと言った魔王様の意図、それを現実逃避がてらに思い出す。


♦︎

「理解できなかったか? 貴様には王立ランドム勇者学園の生徒となって侵入してほしいと言っているのだが」


「人間たちの集団の中で過ごせということでしょうか……かなり無茶ではありませんか?」


「だから言っただろう。貴様にしか頼めないと。幸い貴様は魔族の中ではまだ若い。人間の歳に換算すればまだ二十歳以下として十分に通じる。それに性格も比較的温厚だ。他の幹部に頼もうにも、人間社会では間違いなく馴染めぬ連中ばかり。頼れるのは貴様だけだ」


「……」


 任務の内容はスパイであり、危険度はかなり高い。

 それに人間たちに上手く紛れて生活しなければならず、確かにその二つの条件を満たせるのは俺だけかもしれない。


「入学までの手引は現地に潜入している同胞の力を借りろ。転移の魔法を付与した魔石を与えておくから、万が一にも潜入が気づかれた際はそれで戻ってこい。貴様の潜入が気づかれるなど、万が一にもないと思っているがな」


「……引き受けた以上は完遂することをお約束いたします。必ずや"神の使徒"の思惑を掴んで見せましょう」


「頼むぞ、歴代最強の幹部よ」


「……そう呼ぶのはお辞めください」


♦︎

 というのがあの後の会話。

 それから俺は自分なりの準備を終え、海を越えて人間界へとたどり着いた。

 人間界と魔界は、ちょうど世界を二つに分ける形で存在している。

 普段の行き来は大型の船を用いて三日ほどかかるが、浮遊ができる者ならばその限りではない。

 もちろん俺はこうして飛んでいるように、浮遊ができる側の魔族だ。

 大陸間を行き来するなど造作もない。


(とりあえずはランドム城下街を目指さなければ……話はそれからだな)


 俺は速度を上げ、空を駆ける。

 その間に自身の頭を触り、ツノがなくなっていることを確認した。

 普段は両脇から生えている魔族のツノ、これが今消えているのは、魔王様のお力のおかげだ。

 

『貴様の力は人間界では大いに目立つ。故に幾重かの封印を施させてもらうぞ』


 そう告げた魔王様は、俺に四枚重ねの封印を施した。

 解除は俺の任意だが、これのおかげで俺の魔力は十分の一以下に抑えられている。

 これなら人間界の学生と比べても遜色はあるまい。

 むしろ少ないくらいではないかと心配しているが、その時は第一封印を解けばいいだけだ。

 それこそ、ここからは俺の対応力が肝を握ることになる。


「そろそろ街か……」


 遥か先まで見通せるように強化した目が、数多の建造物を確認した。

 これ以上の空からの接近は危険かもしれない。

 俺はゆっくりと地面に降りると、そこからは徒歩で向かうことにした。

 そうして歩くこと数時間、俺は森の中で足を止めることになる。


(結界か、まあセキュリティーを怠る真似はしないだろうな)


 視界では捉えられないが、目の前から魔力の境目の存在を感じる。


「"解析(アナライズ)"」


 初歩中の初歩の魔法、"解析"を境目に向けて発動する。

 これによって、あまりにも桁外れでなければ対象の魔法の効力を暴くことができる。

 

「外敵検知……殺意や武力に応じて術者に警報が伝わるシステムか」


 どうやら種族検知はついていないらしい。

 人間族は多種族を奴隷として連れることもあるため、ついていたらついていたでややこしいことなってしまうのだろう。

 この程度の結界なら突破は簡単だ。

 まず敵意などを含めた心理の部分に反応されないために、思考に"保護(プロテクト)"をかける。

 これで心は読まれない。

 そして意図的に魔力の封印をもう一段階施す。

 自身で施した封印は心許ないが、一時しのぎなら問題ない。

 だいぶ体が重いが、これならただの獣として認識してもらえるはず——。


「ん……?」


 万全の準備を施した上で、結界をくぐる。

 その時わずかに肌が震える感覚があったが、ここまで準備しておいて引っかかるなんてことはありえないはずだ。

 

「っと、封印を増やしたままだとまさかの事態に反応できないな」


 俺は自分で施した分の封印だけ解除し、その足でランドム城下街へと向かう。


♦︎

『む……?』


『どうした』


『いや、結界に反応があった。何か侵入したかもしれない』


『何だと? 敵意は?』


『意思は感じない。おそらく大型の魔物だろう。かなり魔力が高い』


『そうか、冒険者ギルドや騎士団に連絡を入れておこう。ランクは?』


『推定BからA。Aランク冒険者や騎士団長クラスに調査させた方がいいかもしれない』


『一大事じゃないか。……分かった。結界外に出た反応があればまた伝えてくれ』


『了解』


♦︎

「ようやくついたか……」


 ランドム城下街————。

 綺麗な建物が大きく立ち並び、人間界の中ではもっとも発展した街と呼べる場所。

 奥には立派な城が見え、あれこそがこの国の象徴である"ランドム城"だ。

 ……というのは全て受け売りであり、実際俺がここに来たのは初めてである。

 知らない場所に来るというのは、なぜか歳甲斐もなく心が躍ってしまう。

 わずかに高揚した心を沈めつつ、俺は街の中へと足を踏み入れた。

 幸い外壁などを通る際は最低限の審査だけで、特に足を止める必要もなく。

 街や周辺の土地を覆うだけの結界を持っているが故に、それに絶大な信頼を置いてしまっているらしい。


(ここまでは当然ながら順調。次はランドム勇者学園の偵察だな)


 服装も人間たちに紛れこめるよう、すでに安めの布の服とズボンに変えてある。

 普段着である気品にあふれた服とマントは一旦処分した。

 こうしてどこからどう見ても人間にしか見えなくなった俺は、目的地である王立ランドム勇者学園へと足を向ける。

 城下街自体もそれなりに広い。

 しばらく歩きようやくたどり着いたそこには、広大な土地を有した施設が存在していた。

 これこそが、人間界でもっとも大きく優秀な勇者候補たちが集まる場所、王立ランドム勇者学園————らしい。


(さて、やはりここにも結界があるな)


 今後の国を引っ張る存在を育成する機関だからだろう。ここにも結界が施されている。

 ただ街周辺に張られていたものと違い、ここのものは敵意感知しかない。

 学生たちの中には魔力の高い者もいるだろう。

 そんな彼らに対しても一々反応していてはキリがないということだ。

 これは俺にとってもありがたい。


(中に侵入……見つかれば面倒だな。優秀な教師がいれば今の魔力での隠密は看破されてしまうだろうし、とはいえ封印を解けば結界に引っかかる。やはり学生に紛れるしか方法はないか)


 となると、どうしてもイブリース様の言っていた"同胞"の協力は必須になる。

 これから俺のすべきことは、その同胞を見つけて接触することだ。


「——お待ちしておりました、幹部殿」


 そのとき、突如として背後から声がかかる。

 どうやら手間が省けたらしい。

 振り返れば、そこには上質な服を身にまとった初老の男が立っていた。

 気配自体はかなり薄いが、わずかに俺と同じ気配がする。

 

「協力者はあなたか」


「ええ。ブラウンと申します。"ここ"ではブラウン・デルラーシュという名で、細々と貴族として生活を」


「貴族?」


「本当に小さな家ではありますがね。それが我々一族(・・・・)の使命ですので」

 

 ブラウンは学園に背を向ける。

 

「このまま我が屋敷へと案内いたします。今学園は授業中ですが、いつ人目に触れるか分からないので」


「承知した。……よく俺がこの時間にここに来ると分かったな」


「魔王様から幹部が任務のために大陸を渡るということは聞いておりましたし、任務内容もすでに存じ上げておりました。魔界と人間界の距離を考えれば、移動にどれほどの時間がかかるかは予想できます故」


「なるほどな」


「ただ、聞いていた通り優秀な方ですね。私の予想を大きく上回る速度で到着してしまった。念のため早めに待つようにしてよかったです」


 ブラウンは優しげな笑みを浮かべ、歩き出す。

 さて、ここは大人しくついて行くことにしよう。

 今後世話になるであろう学園を一瞥した後、俺はブラウンの後を追った。


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