020:まじないと勘違い
「ほい、んじゃ今からトーナメントの組み合わせを発表するぞ」
教卓に立ったギディオンが、俺たちに向けて数枚の紙を配る。
どうやらこれがトーナメント表のようだ。
六百人もいるが故に、自分の名前を見つけるだけでも一苦労である。
「ふぅ、ボクらは皆別ブロックだね」
「ってことは、私たちで潰し合うみたいなことはない訳か」
お互いに協力して訓練を積んで、その上で一回戦で鉢合わせなんてことになったら笑えなかっただろう。
俺は自分の名前があるブロックにざっと目を通すが、特に知った名前はなかった。
ページを戻り、二人のブロックも確認する。
そして彼女の名前を見つけた。
「ミオン、これは……」
「ええ――――分かってるわ」
ミオンも同じことに気づいたようで、表情が引き締まる。
シオン・ポートリフの名前が、ミオンと同じブロックに置かれていた。
タイミングとしては、二人が三回戦に上がった段階でかち合う。
つまりは七十五位以内に入るためには、ミオンはシオンに勝つ必要があるというわけだ。
「待ってたわ、こういう機会を。これでようやくはっきりさせられる」
「……負けられないね」
「もちろん。絶対に勝つわ」
そうしてミオンは拳を握る。
気合は十分というわけだ。
「それよりもエル、あんたも気張んないと駄目じゃない」
「え?」
「え? じゃないわよ! あんたも三回戦でとんでもない相手とかち合うじゃない!」
俺は並んでいる名前へ再び目を通す。
やはり知った名前はいない。
どの人間と当たるかはまだ分からない以上、どれがそのとんでもない相手か予想しようもなかった。
「あんた、まさか知らないの?」
「知っている名前はないな」
「はぁ……ちょっと呆れちゃったじゃない。この人よ、この人」
ミオンは俺のブロックに書かれている一つの名前を指で叩いた。
アリス・フェアリーテイル――――そう書かれた部分を見て、レイラも眉間に皺を寄せる。
「ああ、確かにこれはとんでもないね。まさか学園序列一位とこんなに早く当たるだなんて」
「なるほど、こいつが一位なのか」
「アリス・フェアリーテイルは、去年……つまりは一年生の時に学園序列一位の座に輝いた天才少女だよ。当時の三年生を圧倒的な力で倒してしまったらしい」
「なるほど……」
「あれ、あまり残念そうじゃないね。結構厳しいトーナメントになりそうだよ?」
「ああ、いや。序列一位と手合わせできるのは悪いことじゃないと思ってな」
「まあ……貴重な機会ではあると思うけど」
現状でもっとも強い勇者候補と当たれるのは僥倖だ。
最大戦力の実力も確かめられる上、負けても不自然じゃない。
他の生徒からすれば絶望的な状況でも、スパイの俺としてはこれ以上ない幸運だ。
「あー、一応説明しておくぞ。序列決めトーナメントは一週間に渡り開催される。その期間授業はない。試合自体は訓練場で行われるため、原則私用での入場は禁止だ。俺からの話は以上だが、お前たちから何か聞きたいことはあるか」
ギディオンの問いかけに、手を上げる者はいなかった。
それを確認した彼は、一つ頷いて手を叩く。
「よし、それじゃ今日の授業は終わりだ。トーナメント開始日は明後日。それまで各自気を抜かず過ごすこと。では以上」
こうして今日の授業は終わっていった。
♦
時間は刻々と過ぎていき、気づけばもうトーナメント戦当日が来てしまった。
比較的序盤の戦いは圧勝が多くなり、あまり時間がかからないという点を考慮して一回戦は二日間にまとめて行われる。
第一ブロックが初日の午前中から午後にかけて。
第二ブロックは初日の午後と、翌日の午前。
第三ブロックは二日目の午前から午後にかけて。
二回戦からは一日単位になり、残り人数が三十人前後になった段階で丸一日で試合が組まれる。
(後半まで残った連中はスタミナが持つのか……?)
後半は接戦が多くなるだろうし、魔力には限りがある。
短期間で実力が拮抗した者同士が連戦すれば、その分消耗は激しくなるはずだ。
こうして見てみると、戦闘手段である魔法が撃てなくなる魔法職の人間が不利に見えるが――――。
「どうしたんだい、エルくん。難しい顔をしてるけど……」
控室となっている教室で、隣に座っていたレイラが声をかけてくる。
「ん? ああ、トーナメント表を見ていたんだが、魔法を主体にして戦う奴は後半不利になりそうだと思ってな」
「その点については大丈夫だと思うよ。学園には先生たちがコツコツと貯めた魔力が保管されている魔石があって、試合で消耗した生徒には補充してもらえるんだ。まあ、全快とまで行くかどうかは怪しいけどね」
「なるほどな。興味本位で聞いておきたいんだが、その貯蔵された魔力はどのくらいの規模なんだ?」
「毎日先生方が一定量ずつ貯蔵しているらしいし、それが学園設立当初からずっと続いているって話だから……もう途方もない量なんじゃないかな? そもそもその魔石が学園のどこにあるか分からないしね」
「そうか……」
魔力の貯蔵、か。
レイラはそう信じているのだろうが、信憑性として怪しいものだ。
それだけの魔力を含んだ魔石があるのなら、俺が気づかないはずがない。
実際には別の手段を取るのか、それとも何か隠す方法があるのか――――。
「そんなことはいいじゃない! もっとあんたらも気を引き締めなさい!」
「ミオン、あまり気張り過ぎるのも良くないよ。リラックスしなきゃ」
「わ、分かってるわよ! 分かってる……けど」
ミオンは強がってはいるが、どことなく不安そうな表情が窺える。
彼女にとってはこの一週間――――いや、三日、四日のうちに双子の妹とどちらが上かはっきりしてしまうのだ。
それを望んでいるとは言え、万が一にも負けてしまった時のことを考えてしまっているのだろう。
「……ミオン、手を出せ」
「へ?」
困惑した表情を浮かべたミオンだったが、おずおずとした様子で手を俺の方へと出してくる。
俺はその手を下からすくうように掴むと、空いている手で彼女の手の甲に円を描いた。
「な、何?」
「俺の村にあった不幸を弾くまじないだ。気休めだが、お前の緊張が取れることを願っている」
「……ふっ、何よそれ。本当に気休めじゃない」
「すまん。良かれと思ったんだが――――」
俺が言葉を続ける前に、ミオンは俺の手を掴み直して下ろさせた。
先ほどよりも少しだけ砕けた笑みを浮かべた彼女は、ゆっくりと俺が指でなぞった部分に手を重ねる。
「ありがと。ちょっとだけ元気が出たわ」
いつも通りに近い表情になった彼女は、大きく深呼吸をすると俺たちに背を向けた。
「そもそも二回は勝たないといけないわけだし、今から気にするだけ損よね。……先に行ってるわ」
そう告げて、ミオンは教室を出ていく。
彼女の試合は第一ブロック。
もうすぐ集合の時間であった。
「勝てるといいな、ミオン」
「……」
「後で観戦に行くか」
「……」
「……どうした?」
「……別に」
何故か隣で見ていたレイラが拗ねた様子でそっぽを向いていた。
どう見ても「別に」の雰囲気ではない。
「体調でも悪いのか?」
「いいや、そんなことじゃないよ。ただ……君は今みたいなことを誰にでもやるんだなーって」
「今みたいなこと……まじないのことか?」
「それだよ。あんまり、その、むやみに女性の肌に触れるのはいかがなものかと思うね、ボクは。それとも君は軟派な男だったのかな?」
「むやみにではない。必要と思った相手にしかしないぞ」
「ひ、必要⁉ ボクが……?」
「ん? ああ、そうだが」
何を疑問に思っているのか。
俺は彼女らには必要だと判断したから、この"まじない"を施した。
いざと言う時の奥の手でもあり、それ以上の意味はない。
「必要……そうか、ボクが必要か。ふふっ」
「……?」
何故か突然彼女の機嫌が治った。
よく分からないが、レイラが何か勘違いをしている気がしてならない。




