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001:魔王軍幹部の男

諸事情によりヒロインの名前を変更いたしました。

「幹部! エルデ様のご帰還だ! 道を開けい!」


 歓声とともに、俺の馬車が進む道から民衆が消える。

 ただ帰ってきただけなのに、まるでパレードでも開かれたような喧騒だ。

 民衆たちは皆、俺のことを羨望の眼差しで見つめてくる。

 魔王イルザード様の忠実なる(しもべ)、魔王軍幹部。

 その一人に選ばれた俺は、いつからか帰還を歓迎される立場となっていた。


「毎度毎度騒がしいな……これだから凱旋は苦手なんだ」


「そう仰らずに。皆素直にエルデ様の帰還を喜んでいるのですから」

 

 俺の隣に座る女、ルミアは、俺に柔らかい笑みを向けてくる。

 紫の髪にコウモリのような羽。

 出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるその体型は、まさしく世の男どもを虜にするだけの要素を持っている。

 男から生を抜く、サキュバス族特有の美貌だ。

 ルミアは俺の直属の部下であり、上司である魔王様を除いてもっとも信頼を置いている存在である。

 仕事の時は常に俺について動き、今回も良きサポート役として働いてくれた。


「……しかしルミア、そのメイド服は脱いでもよかったんだぞ」


「良いのです。私はあなたに仕える身。これがもっとも馴染みます」


「なら、いいんだが」

 

 四人いる魔王軍幹部の内、別の一人によって無理やり着せられたメイド服。

 これが案外ルミアに似合っており、どうやら彼女もこれが気に入ってしまったらしい。

 俺としては召使いにしているようで気がひけるのだが、本人が受け入れてしまっているなら無理に脱がせるべきではないかもしれないな。

 

「エルデ様、この後は魔王様に呼び出されていましたよね。次も仕事でしょうか」


「さあな。まあ、仕事ならば余計なことは考えずただ忠実に取り組めばいいだけの話だ。気負う必要はない」


「歴代最高評価の幹部とまで呼ばれるようになったのは、やはりそういった意識があったからこそなのでしょうか?」


「よせ。幹部となった以上は皆対等。他の者と比べたくもない」


「出過ぎた真似を失礼いたしました」


「分かればいい」


 それきりルミアは黙り込む。

 褒められて悪い気はしない。

 ただ歴代最強だのと周りと比べた評価は先代の幹部たちに失礼な気がするのだ。

 魔王軍幹部に限らず、この魔界に住む者たちは皆が皆素晴らしき才能を持っている。

 それと自分を比べるだなんておこがましい真似は、俺にはできそうになかった。


「橋を下ろせい!」


 俺たちを迎え入れる魔王軍の騎士たちの号令で、魔王城の前にある吊り橋が下がった。

 魔王城は俺たちの拠点であり、我らが王の住まう場所でもある。

 橋を渡りきり、俺たちはようやく地面に足を下ろした。


「長きに渡る内乱の鎮静化、よくぞご無事でお戻りになられました!」


「そこまで難しい任務ではなかった。それよりも魔王様は」


「王座におられます! エルデ様の帰還をお待ちになっておられました!」


「そうか、ご苦労。もう楽にしてくれ」


「はっ!」


 出迎えの騎士たちは一つ敬礼を見せると、そのまま散り散りになっていく。

 魔王軍幹部になってすでに数年経ったが、いまだこの扱いには慣れない。

 上に立つということが根本的に苦手なのだ。 

 それでも幹部という立場の威厳を守るために最低限は努力しなければならないのだが。


「魔王様とお会いするのはいつぶりだったか……」


「およそ半年ぶりかと」


「そんなにか」


「かなり激しい内戦でしたから、それも必然だと思われます」


 確かにかなり難易度の高い仕事であったことは事実だ。

 自分の持つ軍と幹部を除けば相当な実力者に当たるヨルハを連れていても、半年もの時間を必要としてしまった。

 魔王様がお怒りになっていなければいいのだが――。 


「では、行ってくる」


「はい。私は外でお待ちしております」


 会釈したルミアを背に、俺は魔王様のいる王の間の前に立つ。

 そして目の前の扉を拳で叩いた。


「魔王様、エルデです」


「——入れ」


 ハスキーな女性の声が聞こえたと思えば、扉が自然と動き出す。

 そうして開けた視界の先に、我が主人はいた。

 サキュバス族すら凌駕しそうなほどの美貌、美しく流れる黒い髪。

 頭に生えた角は魔界の誰よりも雄々しく、気高かった。

 この人こそが俺の主、魔王イブリース様である。


「よくぞ戻った、エルデよ。待ちわびていたぞ」


「長く城を空けてしまい申し訳ありませんでした。魔王軍幹部エルデ、ただいま帰還いたしました」

 

 俺は深い謝罪の意味を込めて、膝をついて頭を下げた。

 今回の仕事はもっとやりようがあった。

 それができなかったのは一重に俺の実力不足。

 どんな処罰も受ける覚悟で、俺はイブリース様の言葉を待った。


「はぁ……自己評価が低いのは貴様の悪い所だぞ」


「は。ですが……与えていただいた役割を満足にこなせずに――」


「馬鹿者が。丸五年も続いた内乱を貴様はたった半年で収めてきたのだ。称えられることはあれど、攻められるいわれはないだろうに」


 顔を上げろ――。


 魔王様の命令を受け、俺は顔を上げる。

 優しげな笑みを浮かべる魔王様は、いまだ膝をついたままの俺を見て再びため息を吐いた。


「改めて言うぞ。……よくやってくれた。今回内乱が起きたのは魔界でもかなり辺境の土地だ。我の目もそこまで遠ければ思うように届かん。目が届かなければ管理などできるはずもない。貴様は我の失態を取り返したのだ」


「失態など、イブリース様に落ち度はございませんでした。魔界には多くの民が住んでおります。皆が皆様々な考えを持ち、思想も違います」

 

 例え王とは言えど、何千万もの民すべての考えを把握することなど不可能だ。

 それ以前の話、イブリース様が王位を継承するときに、まだ若い女性の魔族ということで決して少なくない反感を買ってしまっている。

 故に民の意志を統一することなど、事実上不可能。

 そういった反感からの戦を防ぐために、時には俺のような武力だって必要となる。 


「ふっ……我はいい部下を持ったものだ」


「身に余るお言葉」


「今回の内乱、該当地域での国家反逆騒動がきっかけだと聞いているが、自身の目で確かめてどう感じた?」


「はい、確かに内乱を起こした民たちは不信感を抱いておりました。現在の国の体制に思うところがあるようです。ただ、その内容は決して明確とは言えず、現在該当地域に残した一部の部下が調査を続けております」


「そうか……」


 イブリース様は玉座で足を組むと、顎に手を当てる。

 

「——まあ、今はその調査が終わるのを待つしかないようだな。エルデ、帰ってきて早々で悪いが、また一つ仕事を課したい。貴様にしかできぬことだ」


「は、何なりと」


「近頃、人間界で妙な動きがある。貴様は"神の使徒"を知っているか?」


「人間界にある宗教組織だと記憶しております。何でも"人間"こそが神にもっとも愛された生物と主張し、他種族を冷遇する考えを持っている組織だとか」


「その通りだ。奴らは数ある宗教組織の中でも比にならん過激さを持っている。我々は常に奴らの動きを警戒しているのだが……ここ最近、どうにもその動きが怪しい」


 魔族の一人として、"神の使徒"は共通の敵として認識している。

 俺は口を閉じ、魔王様の言葉の続きを待った。


「人間界と魔界は、長きに渡り互いの資源を巡っていがみ合ってきた。その過程で、非力な人間たちは魔族に立ち向かう存在として"勇者"という前線に出る者を生み出した。……その次世代の勇者の育成に、"神の使徒"が本格的に関わりだしたようなのだ」


「なるほど……」


「勇者育成機関、"王立ランドム勇者学園"。人間界でもっとも大きな学園に、"神の使徒"の影があるらしい。貴様へ課したい仕事は、その学園の調査だ。……頼めるか?」


「もちろんです。私にお任せください」


 今後の情勢に重く関係する内容だ。

 そんな大役を任せていただけるとは、幹部冥利に尽きるというもの。

 俺はこの仕事を完遂してみせると心に誓った。


「よく言ってくれた! では、張り切って学園の生徒を演じるのだぞっ!」


「————は?」


 そう、俺はここで、この仕事を完遂してみせると誓ってしまった(・・・・・・・)のであった。

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