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こちら、秘密の薬屋です。  作者: 言ノ葉 紡
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初めての友人

ある日俺はとある噂を耳にした。東京駅から少し離れた路地裏を決まった順序で曲がっていく事で辿り着くことが出来る、ある店があると。なんでもその店は薬屋でどんな病も治してもらえるらしいし、どんな薬もあるという。


正直なところ、あまり信じてはいないが俺は少し前から体調が優れない。病院に行ってもみたが原因は不明。いろんな薬を試しても効果はナシ。むしろ悪化する一方。だから、この噂を信じてみたくなった。


路地裏に入り、右、左、左、右、左、の順に曲がる。一瞬霧の中を歩いているような感じがした。その後少しの直線を進むと…。本当に見えてきた…、木と花に囲まれた小さめの、木で出来た店が。店の看板には『秘密の薬屋』と書いてあった。

恐る恐る扉を開けると


チリンッ


と小さな音色が鳴った。

すると奥からすごく綺麗な女の人?が出てきた。


「いらっしゃいませ。こちら、秘密の薬屋です。」


俺を見つけたその人は綺麗に微笑みながら言った。少し見蕩れてから気が付いた。


「男!?」


自分の声で我に返った。見た目からは凄く綺麗な女の人のように思えたが、声は低く落ち着いてて、しっかりとした男の人の声だった。

自分で言ってから


(あっ…。)


と思ったが店の人は特に気にする様子はなかった。


「店主のノアと申します。よく言われますよ、それ。女性の方が良かったですかね?」


彼はからかうように笑う。声は男なのに顔は綺麗な女の人のようで、俺は少し照れてしまった。

そんな俺を気にせず店主だという彼は言葉を続けた。


「それでご用件はなんでしょう?薬ですか?毒ですか?それとも別の何か?」

「ん!?途中の毒って!?」


聞き間違いじゃなきゃ毒って言ったよな!?なぜそんなものをさも当然のように言えるのか…。彼はキョトンとした顔をした。。


「はい、毒を求める人もいますからねぇ。貴方は違うようですが。」


当たり前だろ!?毒なんか何に使うんだよ!…って、そんなことを聞きに来たんじゃない。俺は本来の目的を思い出す。


「毒とかじゃなくて…、普通の薬が欲しいんです。体調を治す用の…。俺、最近体調悪くて…。」


そこまで言うと彼は真剣な顔をして俺を見つめた。そのあまりに真剣な顔に俺は戸惑う。


「あ、あの…。」


どうかしたんですか、と声をかけようとしたが彼は軽く微笑んだ。


「なるほど。」


先程までの真剣な顔とは変わり、少し緩んだ顔で微笑む彼に俺は頭にハテナを浮かべていた。


「何が、なるほど、なんですか?」

「あぁ、貴方の体調不良の原因についてですよ。」


まるで全てわかったような顔をして言う彼。


「今の一瞬で何かわかったんですか?」


俺は少し疑いまじりに言ってしまった。


「はい。結果から申しますと、貴方の体調不良は病気によるものとは少し異なります。」


よくわからない…。


「病気は病気でも病の鬼と書いて病鬼(びょうき)と呼ばれるものです。」

「病鬼?病の鬼?」


初めて聞く言葉に俺は首をかしげた。


「はい。ただの病ではない、特殊なものです。当然、普通の市販の薬では治りません。」

「病鬼?になるとどんなことが起こるんですか?」


彼は笑みを絶やさずに言う。


「かかった病鬼の種類によりますが、大抵は動悸、頭痛、筋力・体力の低下、目眩などの軽いものです。」


その言葉に少し安心しながら、


「じゃあ、今俺がかかってる病鬼はどんなやつなんですか?」

「恐らく、焦鬼(しょうき)と呼ばれるものですね。病鬼の中で気管などの主に呼吸器に被害が出るものです。酸素がうまく回らなくなるので、頭痛なども起きることがあります。」


少し心配そうな目で俺を見つめながら言う。彼の言った症状は最近の俺の様子にぴったりと当てはまっていた。信じ難いといえば、信じ難いが初対面で少し話しただけでわかるのだから本当の話なんだろう。

彼に言われたことを頭の中で少し整理する。


「それで、治す方法ですが。」


彼が問いかける。


「どちらがいいですか?」

「へっ?」


急な問いかけにマヌケな声が出てしまった。


「えっと、どちら、というと?」


頭がすぐに回らず、少しどもりながらきいた。


「えっと、片方は、時間はかかりますが、徐々に症状が消え、数日経てば完全に治る、体への負荷がほぼない方法。もう片方は、今、この場で一瞬で治りますが、体に負荷がかかるので気絶する、もしくは猛烈な睡魔に襲われて眠ってしまう方法、です。」


彼はどちらにします?と簡単に説明してくれた。正直、今一瞬で治るものならそうして欲しいが、体への負荷というのが怖いし、何をされるのかわからない状況じゃ決め兼ねる…。


「あの、その二つって何が違うんですか?あと、お金とかっていくらぐらいするんでしょうか?」


とりあえず、知っておきたいことを聞いてみた。すると彼は少しキョトンとした顔をした。


「おや、貴方は()()()()お客さんでしたか。」

()()()()、とは?」

「貴方はこの店はどんなところだと聞いて、来ましたか?」


彼は俺の問いに問いで返した。


「俺は、駅の裏路地を正しい順序で進むと、なんでも治してくれる薬屋がある、と聞いて来ました。それ以外は特に…。」


俺がそういうと、彼は少し興味深そうな顔をする。


「へぇ、今はそんな風に言われているんですねぇ。」


俺にはその言葉の意味がわからなかった。


「どういう意味ですか?」


彼は綺麗に微笑む。


「この店はただの薬屋ではないのですよ。」

「ただの薬屋じゃない?」

「はい。今からはるか昔、江戸よりも前ですかね。その頃からずっと私が一人でやってきている、魔法使いによる薬屋、()()()()()なんですよ。」


彼は微笑みながらそう言った。


「魔法の薬屋?そんな、魔法なんて…あるわけないじゃないですか。」


信じられない俺は思ったままに彼に言ったが、彼は笑みを絶やさなかった。


「本当ですよ。貴方の目の前にいる者こそが魔法使いです。」


真剣な声色で告げる。


「じゃあ、治し方の一瞬で治す方法って、魔法を使うってことですか?」

「はい、その通りです。」

「…あんまり、信じられないです。」


俺が正直に言っても気分を害した様子はなかった。


「まぁ、普通はそうですよね。それが正しい反応です。」


うんうん、と慣れたように彼は言う。


「そうですね…。何か見せれば信じてもらえますか?」


彼は首をかしげながら俺に問いかけた。



「多分…。」


すると彼は腰につけていた小さめのカバンから、青い石の埋め込まれた杖のような短めの細い棒を取り出し、軽く振った。


「それでは、これはどうでしょう。《 翔べ(フロート) 》」


彼が呟くと、遠くにあった本がふわふわと浮き上がり、彼の手元へ運ばれていった。

目を見開き、ポカンとする俺。


「どうです?信じてもらえました?」


彼は少しからかうような声色で、パラパラと手元の本を眺めながらきいてきた。


「ホントに…魔法使い…?」


聞こえるか、聞こえないかくらいの声で呟く。


「はい。正真正銘ホンモノの魔法使いですよ。」


彼は近くの机に本を起き、俺の方を見ながら微笑んだ。


「えっと、その、一瞬で治る方はわかりましたけど、徐々に治るというのは?」


この店に来てからの新しい情報のせいであまりよく回らない頭できいた。


「徐々に治る方は薬を使うものですよ。ただし、普通の薬ではなく、魔法で作った特別なものですがね。」

「そうなんですね…。えっと、値段とかって…?」

「あぁ、言い忘れてましたね。一瞬で治す方はお金はいりませんよ。薬の方でも大体二百円くらいからですかね。」

「えっ!?なんでそんなに安いんですか!?」

「ここは正式は病院でも、薬局でもないですからねぇ。安いのは当然ですよ。まぁ、代金はお金である必要はないですけどね。」


安すぎるその値段に驚く俺に彼は慣れた様子で返した。


「お金である必要はないってどういうことですか?」

「私の作る薬の材料の一つに病鬼があるからです。薬で治す場合は別ですが、魔法で治す場合はこちらで病鬼を回収させて貰い、材料費を浮かせてもらうんです。なので魔法で治す場合は無料なんです。薬で治す場合でも薬の材料になり得るものや私が対価としても良いと思える物とであれば、ソレと交換でも構いません。」

「そうなんですね…。」


多すぎる新しい情報に混乱しそうになりながら返事をした。


「それで、どちらになさいますか?薬を処方致しますか?それとも、魔法で回収にしますか?」


再度問いかけられる。


「えっと、回収の方がノアさんには得なんですかね?」

「まぁ、そうですね。お金よりも材料が手に入る方が嬉しいです。それがどうかしましたか?」


彼は少し首をかしげた。


「それなら、魔法で回収、でお願いします。」

「いいんですか?体へ負荷がかかりますよ?私のことは気にする必要はありませんし、代金の心配も必要ありませんよ?」


俺の返事に心配するように彼はきいてきた。


「いいんです。体への負荷といっても、死ぬ事は無いんでしょう?それに、治してもらうんならノアさんが得になる方がいいと思ったんです。」


彼はサファイアのような瞳を少し見開いた。


「…変わってますね、貴方。たしかに死んでしまう事は絶対にありませんけど、初対面でそんなに人を信じては危ないですよ?」


彼は少し悲しげな目をして言う。


「俺もよくわかんないんですけど、貴方は信じられる気がするので。」


彼の悲しげな目で見つめられるのが苦しくて俺は苦笑いしながら言った。


「わかりました。では、回収の方で治療させて頂きます。」


彼の顔に笑顔が戻った。


彼に案内され、何かが詰まった瓶がたくさん並んだ大きな棚のある部屋に着いた。

部屋につくと彼は俺に待ってるように言い、部屋の奥にある扉を開けて入っていった。棚の瓶には輪郭のない、黒や青の煙のようなものが入っていた。少しの間棚を眺めていた。


「それが病鬼ですよ。」


奥の扉から、カラの瓶を手に持った彼が出てきた。


「これが…。なんか思ってたのと違いました…。もっと禍々しいものかと。」

「鬼という字が入ってますもんね、そう思いますよね。」


彼はクスクスと笑いながら棚の前にいる俺の方へやってきた。


「病鬼は鬼が取り憑いてるわけではないんです。鬼の体から生まれた負のエネルギーの塊が体に入り込んだ、といったところですかね。」

「そうだったんですね。てっきり、鬼が憑いてて、目に見えるんだとしたら、鬼の形をしてるんだと思ってました。違ったんですね。」

「いえ、鬼の形というのは間違いではありませんよ。」

「え?でも、瓶の中に鬼なんていないですし…。煙みたいなのしか入ってないですよ?」

「この瓶は特殊で、この瓶の中身は全て煙のようになるんです。なので病鬼の実際の姿はこんな煙のような姿ではありません。小さな鬼の姿です。」


棚にあった瓶を一つ手に取りながら言った。


「どうして煙にするんですか?鬼の姿のままじゃダメなんですか?」

「ダメではないですよ?けど、鬼の姿のままだと病鬼は物に触れることが出来るんですよ。なのでそのまま保管していては危険なんです。普通の入れ物では自分で壊して出てきちゃいますし。煙にしてしまえば物には触れられませんから、ただ瓶詰めにするより安全なんです。見映えも、悪くは無いでしょう?」


そう言いながら病鬼の入った瓶を俺の目の前に差し出した。


「たしかに。鬼が入った瓶が並んでるのは不気味ですもんね。」


俺は瓶を受け取り笑いながら言った。


「…やっと、笑いましたね。」

「へっ…?」


急な彼の言葉に俺は彼の顔をみつめた。彼は優しげな顔で俺を見つめていた。


「気付いてましたか?貴方、ここに来てから一度も笑っていなかったんですよ?苦笑いや愛想笑いのようなものはありましたが…。やっとちゃんとした笑顔が見れました。」


あまりに優しげな顔で言われ、俺は少し恥ずかしくなってしまった。


「全然気付きませんでした…。けど、それと治療と何か関係があるんですか?」


少し熱くなった顔を見られないよう彼に瓶を返し、棚に目をやりながらきいた。彼は棚に瓶を戻した。


「はい。病鬼は人の心が弱ったところを狙って入り込んでくるんです。心が弱ったままでは病鬼はその人にしがみついて離れません。そんな状態で治療をしても再発するのがオチです。なので少しでも気持ちを明るくしておくのがいいんですよ。嘘でも笑うのは効果的ではありますが、本当の笑顔に勝る効果はありませんから。」


彼は目を細めながら笑った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「では、そろそろ治療を始めましょうか。」

「俺はどうしてればいいですか?」

「特に何もしなくて大丈夫ですが、できれば自分の好きな事、楽しかった事を強く思い浮かべていて下さい。その方が体への負荷は小さくなります。」

「わかりました。」


俺は部屋にあったソファーに座るように言われ、座りながら返事をした。


「では、なるべく動かないでくださいね。あ、息はしていていいですよ?」


彼の少しからかうような言い方に少し笑ってしまった。


「目は開けていてもいいんですか?閉じていた方がいいですか?」


魔法で回収、ファンタジーな響きにどんな風に治療をするのか気になりきいてみた。


「どちらでも構いませんよ。少し明るくはなりますが、目に被害が出るほどではないですから。」

「魔法を使っているところを見ていてもいいんですか?」

「いいですよ?見られていても何も支障はありませんし、真似ができるものでもありませんしね。」


クスクスと笑いながら彼はこたえた。


「では、始めます。」


そう言うと彼は目を瞑りスウッと息を吸い込んだ。どこからともなく風が吹き始め彼はゆっくりと目を開けた。微かに覗く彼の青い目が宝石のようだった。彼の口から音色のような声が零れる。


《 内にいりしその姿、今、風と共に我の前に姿を現せ 》


穏やかに、でも、ハッキリと、澄んだ声でそう唱えた。

彼の周りを風と、柔らかな光が包み、非現実的な光景が目の前に広がっていった。


夕焼けよりも少し明るい光と青みがかった細い煙のようなものが彼の体の周りでゆらゆらとふわふわと遊んでいた。

風に揺られ、光に反射してキラキラと輝く彼の白銀色の髪はとても綺麗で目が離せなくなる。光の真ん中に立つ彼はとても綺麗でこの世のものとは思えなかった。


すると、彼は俺の顔を両手で包んだ。彼の綺麗な顔が急に近づき、驚いて体を反ろうとしたが押さえつけられているかのように全く動けなかった。そのまま彼は目を瞑り顔を近づけてきた。

反射的に目を瞑ると彼の額が俺の額に当てられた。


《 解放 》


彼はそう呟いた。するとすぐに、体から何かが凄い勢いで出ていったような感覚がした。体の力が抜け、意識も危うくなっていった。意識がなくなる前に見えたのは、悍ましい姿でこちらを恨めしそうにみつめる小さな化け物だった。


俺が目を開けるとそこは意識がなくなる前と同じ場所だった。少し頭がクラクラするが体はとても軽かった。すると部屋の扉が開き、湯気のたつカップと可愛らしいケーキの乗ったトレーを持った彼が入ってきた。


「お目覚めですね。具合はいかがですか?」


綺麗に微笑みながら彼は問いてきた。


「少しクラクラしますけど、体は凄く軽いです。」

「少し体への負荷が大きかったみたいですね…。ちゃんと好きな事や楽しかった事、考えてましたか?」


彼は机にトレーを置きながら訝しげに俺をみつめてきた。


「いや、えっと、その、ノアさんの姿を見るのに夢中になっちゃってて…その…全然考えてませんでした…。」


俯きつつ言い訳のように呟いた。


「夢中になるのは構いませんが、負荷がかかるのは貴方自身なんですからね?ちゃんと言われた通りにしてないとダメじゃないですか…。」


彼はため息まじりに言った。俺は、あはは…と笑って誤魔化した。


彼の持ってきてくれたコーヒーとケーキを二人で食べているとふと思った。


「あの、俺どのくらいの間眠ってたんですか?」


体がすごく軽くなったせいか体感的には凄く寝ていた気がする。


「そんなに長くはなかったですよ?二時間ちょっとです。」

「良かった…。日付が変わってたらどうしようかと…。」


彼の言葉にちょっと安心した。


「あんまり長く眠るようでしたらちゃんと起こしますから大丈夫ですよ。長く眠っていた気がするのは病鬼が体から出ていって体が軽くなったからでしょう。」


彼は微笑みながら言った。


「そういえば、俺の体にいた病鬼ってみれますか?」

「みれますよ。少し待っていて下さいね。」


そう言いながら彼は立ち上がり、部屋を出ていった。数分して彼は瓶を持って帰ってきた。


「これが貴方の体にいた病鬼、焦鬼ですよ。」


彼は俺に瓶を手渡した。そして俺は首をかしげる。


「あれ?赤い…。病鬼って黒とか青とかって暗い色じゃないんですか?」

「種類によって色が違うんです。この部屋にある瓶はほとんどが睡鬼(すいき)夢鬼(むき)黒鬼(こくき)なので青や紫、黒なだけです。別の種類である焦鬼は赤色なんですよ。」

「へぇ~、そうなんですね。どうしてこの部屋は焦鬼が少ないんですか?」

「焦鬼自体少ないですし、あまりかかる人がいないからですね。」

「なるほど。珍しいんですね。」

「そういうことです。」


ケーキを食べ終わり、時間もいい頃になった。


「そろそろお帰りの時間ですかね。」

「そうですね。…あの気になってたんですけど俺の名前とか電話番号とか聞かないんですか?」


普通の薬局ではいるであろう情報を聞かない彼にきいた。


「私の店では基本的には聞かないことにしています。最初に言ったように毒などを買いに来る方もいらっしゃいますから。」

「あぁ、名前言ったら捕まっちゃう人もいるんでしたね…。」

「えぇ、まぁ。…ですが、個人的には貴方の名前、知りたいです。()()()()()としてではなく、()()()()()として…。…ダメですかね?」


彼は少し照れ臭そうにきいてきた。もちろん答えは決まっていた。


「ダメなわけないじゃないですか!俺、紺藤 蓮 って言います!俺、ノアさんと友人…いや!友達になりたいです!」


少し大きな声になってしまい、ノアさんは驚いて少し目を見開いていたが、すぐに初めて見る無邪気な顔で笑った。


「嬉しいです!現代での友達一人目です!」

「そうだ!友達になるんだったら敬語、外しませんか?堅苦しいのは苦手なんです。」

「いいですね。そうしようか、蓮。」

「これからよろしくな、ノア。」


二人で向き合い笑いあってからノアは思い付いたように言った。


「そうだ、君にいいものをあげるよ。」


ノアはそう言いながら腰に巻いてある小さな鞄から形の整った青い羽と海のような青い石のついたストラップを取り出した。


「なんだ?これ。」


ストラップを手の上に置かれながらきいた。


「これはね、俺の魔法で作ったものだよ。病鬼を寄せ付けないようにするんだ。あと、これを持ってればどこの路地裏からでもまっすぐにこの店に来られるよ。まぁ、来ようと思ってないとダメだけどね。」


ノアはケラケラと笑う。


「便利だな。じゃあ、いつでも遊びに来れるわけだ。」


俺はニヤッと笑いながら言った。


「そういうこと。何かあったから、でも、何も無くてもいつでもおいでよ。友達第一号くん?」

俺と同じように妖しげに笑いながらノアは返した。


「それじゃ、駅まで送ってあげるよ。」

「いや、ちっちゃい子じゃあるまいし、一人で大丈夫だよ。」

「おや、本当に一人で駅まで帰れるのかな?」


ノアは馬鹿にするように笑って言った。


「どういう事だよ。」


その言い方に少しだけムッとしてしまう。


「ここに来るまでの道のりを思い出してご覧よ。右に、左に、と曲がっただろう?そして霧の中を歩いてきたはずだ。」


ふふっと笑いながらノアは言った。


「あ~、確かにな。でも一人で帰れないほど複雑な道じゃないだろ?」

「甘いなぁ。霧の中を歩いた、と言っただろう?此処は路地裏の奥なんかじゃないんだよ。はるか遠くの森の中だ。」

「はっ!?」


いきなりの事実に驚いている俺にノアはやれやれ、といった風に


「俺の仕事は危ないからね。ただの街中にあるんじゃ、すぐみつかっちゃうし、もっと言えば捕まっちゃうかもしれないだろう?だから、俺の魔法で少し空間を歪めて、駅の近くの路地裏と繋げてるんだよ。お客さんの安全確保も兼ねてね。」

「そうだったんだな…。」


話を聞いてなるほど、と思う。


「ほら、ボーッとしてないで。俺がついてないと帰れないってわかっただろう?行くよ。」


扉の近くでノアが手招きしていた。


店を出て周りをよく見ると確かに森と言うに相応しい木や草、花があった。先を歩くノアは前を向いたまま俺に話しかける。


「いつもなら送ってあげたりなんてしないんだけどね。」


ふふっと笑いながら呟く。


「いつもは店の扉と駅近くの路地裏を繋げてすぐに帰すんだ。けど、君の事は気に入ったからね、俺がしっかり送ってあげるよ。道案内もしてあげないといけないしね。」


ニコニコと嬉しそうな声でそう話す。


「道案内?なんの?」

「さっきいつでも来れるって言っただろう?それは確かに来れるんだけどね?俺が使う用の道だから少し歩くし、少し危ないんだよ。悪戯好きの妖精もいるし、襲ってこようとする植物もいるからね。だから、安全な道を教えてあげようと思ってね。触っちゃいけないものもね。」


少し困ったように笑いながらノアは言った。


「そんな危ねぇのか…。俺一人で来ても大丈夫なのか?それ。」


俺は少し呆れながら言う。


「大丈夫なように道を教えてあげるんだろう?大丈夫だよ、蓮が今度来る時までには矢印の看板を立てておくから。それを見ながら歩いておいで。触っちゃいけないものは今言っても全部を覚えるのは無理だろうから、全部触らないようにしていれば大丈夫だよ。」


彼は妖しげに笑いながら言った。


「わかった。早く立てといてくれよ?」

「そんなにすぐに来てくれるのかい?」


ノアは俺の方を向いて、キョトンとした顔で立ち止まった。


「友達なんだから、当たり前だろ?」


俺が言うとノアの周り花が咲いた。比喩じゃなく本当に花が咲いていた。()()()というよりは花が()()()の方が正しいかもしれない。


「うおっ!」

「…あっ!ご、ごめんよ!嬉しかったから、その、魔力がでてきちゃって…。」


一瞬止まってからノアはすぐに恥ずかしそうに慌てながら自分の周りに浮かぶ花を集め、腕いっぱいにしていた。それでも花は出てき続け、花以外にもキラキラとした鉱石のようなものまで出てきていた。


「あー!もうっ!」


出てくる花や石をノアは顔を赤くしながらバタバタと集めていた。その光景に俺が腹を抱えて笑う


「何笑ってるんだい。」


ノアが不貞腐れたように言ってきた。


「いや?そんなに嬉しかったのか、と思ってな。」


笑いすぎて出てきた涙を拭う。


「そりゃあ、嬉しかったさ。今までこの森でずっと独りだったんだ。そんな生活に終わりが来るなんて、こんな嬉しいことはあるかい?」


ノアは集めた花を抱きしめながら、心の底から嬉しそうに微笑んで言った。純粋すぎる返しに俺の方が恥ずかしくなる。


「そーかよっ。」


顔を見せたくなくてそっぽを向いてしまった。


ノアは溢れんばかりの花と石を持っていた。


「なぁ、それ少し分けてくれねぇか?」

「別に構わないけれど…。こんなのどうするんだい?」


ノアは不思議そうに俺を見つめる。


「花は普通に飾るんだよ。石はただ綺麗だから欲しい。」

「君、花が好きなのかい?それに綺麗だ、なんて言うけど、これはただの俺の魔力の結晶で何も価値なんてないよ?」


クスクスと笑いながらノアは言う。


「別にいいだろ、今部屋殺風景なんだよ。あと、価値はあるだろ。」

「あるかい?」

「ある、魔力の結晶なんて誰も持ってないだろ。それをナシにしてもお前の力の集まりなんだから、凄いだろ。」


俺は淡々とそう返す。


「…あっ。」


また、さっきよりは小さいけれど花が咲いた。ノアは恥ずかしそうに頬を膨らませた。


「もうっ!あんまり嬉しくさせないでおくれよ!花が増えてしょうがないじゃないか!」


子供のようにノアは怒る。


「わかった、わかった。」


苦笑し、内心


(俺が悪いのか?)


と思いながらノアを宥めた。


「あ、どの花を持って帰るんだい?」


ノアが持っていたたくさんの花を俺の周りに浮かせながらきいてきた。


「あぁ…じゃあ…これにするわ。」


俺の周りに浮かぶ花から一種類選ぶとノアは他の花や結晶を瓶に詰め、ポンッとどこかへやってしまった。


「ふふっ、その花は君によく似合うね。とてもぴったりだ。」


ノアは嬉しそうに言った。


「そうか?どこがだ?」


ノアの嬉しそうな顔の意味がよくわからない。


「君の選んだその青い花はユキワリソウと言ってね?花言葉は《 貴方を信じます 》なんだよ。君にぴったりだろう?」


ニコニコと言うノアに少し照れる。


「そうなのか…じゃあ…ほらよ。」


草の蔓で軽くまとめた小さな花束のようなものをノアの前に突き出した。


「え…?」


困惑しつつもノアは受け取る。


「花言葉、貴方を信じます、なんだろ?じゃあ、俺が持ってるより、俺がお前に渡した方が意味あるだろ。」


そっぽを向きながら言った。自分の行動に恥ずかしくなり、ノアの顔が見れない。


「…君、結構キザだねぇ。こういうのは想い人とか女性にやり給えよ。」


静かで冷静なノアの声に恥ずかしさと後悔がつのる。


(やっぱ痛かったか…。)


ノアの方を向くと、ノアは目を細めながら嬉しそうに花束を見つめていた。月の綺麗な淡い光も相まってその姿はとても綺麗だった。


「…綺麗だ…。」


俺は無意識のうちにそう呟いていた。すぐにハッとし口を抑えていたがノアには聞こえてないようだった。


「どうかしたかい?」

「…なんでもねぇよ…。」


口元を抑え、そっぽを向きながら言う俺にノアは首を傾げた。


「あ、結晶も欲しいんだったね。どれがいい?」


また俺の周りに結晶を浮かせながら言った。


「これが、いいな。」


俺が一つの結晶を手に取ると、他の結晶は消えた。


「キミ、青が好きなのかい?」


ノアが俺をみつめていた。


「まぁ、嫌いじゃないけど、急にどうした?」

「だって、さっきから、選ぶ花も結晶も青だったからね。相当青が好きなのかと思ったんだけれど…そうでもないのかい?」


言われてから俺は気がついた。青は嫌いじゃないけど、そこまで好きな訳でもない。なのにどうして今日は青のものを選んでるのか。


「どうしたんだい?具合でも悪い?」


急に悩み黙り込んだ俺の顔をノアが覗き込んできた。そこでノアと目が合って気がついた。

ノアの青い目に魅入られたんだ、と。

ノアの綺麗な青い目は宝石のようでずっとみていたかった。そんな考えが無意識に青い花や結晶を選んでいた。


『…気持ち悪いな…。』


同性である友人に対しての自分の考えに自分で引いた。


「え!?大丈夫かい?一旦店に戻ろうか?」


ノアは俺の具合が悪いのかと思い、慌てだした。


「あー、違う違う。具合が悪いわけじゃねぇよ。こっちの話だ。」

「そうかい?」


ノアは不思議そうな顔をしていた。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


二人で話をしながら歩き続けると森の中に扉があった。


「これが路地裏と、この森を繋げる扉だよ。」


ノアは少し残念そうに言った。


「この扉をくぐり、少し歩けば駅近くの路地裏に出る。」


目を伏せ悲しげな顔をするノア。


「そんな顔してんじゃねえよ。遊びに行くって言ったろ?またすぐ来てやるよ。」


ノアの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら言った。


「…そうだね。楽しみにしてるよ。」


泣きそうな顔でノアは笑う。小さい子をあやすようにもう一度軽く頭を撫でておいた。


「…じゃあ、帰るな。また来るからな?」


木でできた重みのある扉に手をかける。


「あぁ…楽しみだよ。じゃあね、蓮。」

「おう、またな。」


扉を開け、手を振りながら俺は言い、中に入って行った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「さようなら、初めての友達…。」


魔法使いは涙を流しながら呟いた。

もう、二度と会うことは出来ないであろう友人を想って。


普通の人間と魔法使いが馴れ合うなど有り得ない、そんな事はしてはいけないと、この魔法使いは教えられていた。故に、どんなに仲良くなった人間相手でも、扉を抜けるとその人の記憶から自分に関する記憶が消えるように扉に魔法をかけていた。


孤独を嫌い、人間を愛するこの魔法使いにとって、それはとても辛く、悲しいことだった。

仲良くなっては後悔し、扉の前で涙を流す。いつもそれの繰り返しだった。


魔法が解ける頃にはその人間の記憶に魔法使いに関する記憶は残っていない。それほど時が経たない限り魔法は解けないようになっていた。今まで記憶が無くならないうちに、その魔法が解けたことは一度もなかった。優秀過ぎる故に彼の魔法に例外はなかった。


彼が友人だった人間に渡した飾りは偽物ではない。実際にいつでも彼の店へ行くことが出来る魔法がかかっている。彼はいつも仲良くなった人間に願いを込めてそれを渡す。ただ純粋な淡い願い。


《 俺を、忘れないで 》


だが、一度もその願いが叶ったことはなかった。


彼は友人だった人間から貰った小さな花束をみつめた。


「こんなの貰ったのは…初めてだったなぁ…。」


愛しそうに花束をみつめ、寂しげにそう呟く魔法使いは今にも消えてしまいそうなほど儚く、とても美しかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


中に入ると中は真っ暗だった。どこに向かって歩けばいいのかわからず、一旦戻ってノアに聞こうと思い、後ろを振り返るが、そこに扉はなかった。


「はっ!?」


戻れなくなった、という事に焦り、どうすればいいのかわからず、立ち尽くしていると淡い光が目の前に現れた。その光は道案内でもするかのように動いた。


とりあえず光について行くと金属でできたような重そうで冷たそうな扉をみつけた。扉に手をかけると光は消えてなくなった。きっとこの扉が路地裏に繋がってるんだろう。


不思議な体験をしたものだ、と思い出して笑っていると帰り際のノアの泣きそうな顔が浮かんだ。


「…明日来るか。いや、流石に迷惑か?」


ボソボソと呟きながら扉をくぐった。そこは今日来た時の路地裏だった。


「やっぱ明日行こう、って…どこに?」


俺はどこに行こうとしていたのだろうか。それに、どうしてこんな時間に路地裏にいるのだろうか。俺は何をしていたんだろうか。何も思い出せない。


「俺、何してたんだっけ…?」


何かないか、とズボンのポケットを探ると青い羽と綺麗な石のついたストラップと手のひらサイズの丸く青い石があった。


「なんだ?これ。こんなん、いつ買ったんだ?」


出てきたものを眺めながら呟いた。


「なんか、忘れてるよな…。」


何かすごく大事なことを忘れてる気がするが何も思い出せない。


「まぁ、いいか…。そのうち思い出すだろ。」


何も思い出せないなら仕方ない、と俺はポケットに物をしまい、歩き出した。


「それにしても、なんかめっちゃ体軽いな~。最近体調悪かった、のに、な…。」


軽く伸びをしながら呟いてる途中で気づき立ち止まった。最近俺は体調が悪かった。

それなのに今はとても体が軽い。


俺は体調を治したくて、それである店の噂を聞いて、行ってみようと思って、昼に路地裏に行った…!行って何があった!?何か、不思議なことがあったはず…。


ここまで出てるのに!どうして思い出せない!


頭を抱えて唸っているとポケットから青い石が落ちた。石を拾い、俺は無意識にそれを月の光にかざした。


「…綺麗だな…。…っ!?」


突然激しい頭痛に襲われ俺は座り込んだ。石を強く握りしめ、頭を抑えていると不意に頭の中で声が響いた。


『…じゃあね、蓮。』


低く落ち着いた声で俺の名前を告げる男の声。その声と共に、石と同じ青い瞳に涙を貯めて、泣きそうに綺麗に笑う顔が浮かんだ。


「っノア!」


考えるより先に声が出た。全部思い出した。


「あの野郎、なんか魔法かけやがったな…。寂しい事してくれんじゃねぇか。」


まだズキズキと痛む頭を抑えながらなんとか踏ん張り立ち上がった。


「忘れてなんかやんねぇよ。俺はお前の、友達第一号だからな。」


俺は石を握り、ニヤッと笑う。


「明日絶対行ってやるからな、待っとけよ。」


月を見上げ、ここにはいない魔法使いの友達に向かって呟いた。

────『遊びに来たぞ!ノア!』『蓮!?』



孤独から解放された魔法使いが、初めて出来た友人と楽しそうに笑い合う未来はまた別の話。


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