疑心暗鬼
疑心暗鬼
MIRU
俺は、バスケ部員だ。ここ、T高校のバスケ部は強豪バスケ部で有名で、それを知らずに入ってきてしまった俺は、日々つらい練習を理不尽にもこなす羽目になっている。
「あ、やべ。この色じゃ監督にばれて叱られる。」
俺が事に気付いたのは、黒いバスケットシューズから、白いバッシュにした時のことだった。実は、うちの部活には足首捻挫防止のためにサポーターを付けなければならないというルールがある。以前も黒いバッシュならば、幸運なことにハイカットだったので、サポーターを付けていない無防備な足首がその黒いバッシュに隠れていた。
しかし今、白いバッシュに変えた今、俺の足首は、とうとう世間の目を浴びることになってしまった。
「まずいぞこれは。まず過ぎる。この部活に入って一年が経つが、ずっとあの黒いバッシュを履いていたから、サポーターなんて買ってないしもちろん誰かに借りることだってできない。みんな怒られたくないんだしょうがない。だけれど、もし監督に見つかったとしたら...あの日の最悪が、また起こる。」
あれは半年前の夏合宿のこと。
「お前たちの中で、足首にサポーターを付けていないやつはいるか。」
それは、練習中に突然、監督が言い出した。
合宿は5泊6日というハードスケジュールで、その時はちょうど山の4日目だった。みんなの疲労もたまり切っていた。
「皆さん、私の前にちょっと一列に並んでみてください。」
監督の前に、20人ほどの部員が並んだ。
すると監督が、一人一人の足首を見つめ始めた。
その時点で、数人は監督の意図を察することができた。
「サポーターだ。昨日けが人が出たから、機嫌が悪いんだ。あいつサポーター付けねぇ奴だったから、監督はそのことを怒り始めるんだ。」
察しの部員たちは、他の部員たちとのアイコンタクトで、おそらくそこまでは意思疎通ができただろう。しかし、その後に起きる災厄までは、誰も予想できなかった。
「お前と、お前とお前。私の前に来い。」
監督は、俺を含め他のサポーターを付けていなかった部員たちを呼んだ、
「お前らは、サポーターを付けていないね?」
監督の口から、サポーターという単語が出てきて、俺たちの予想は確実のものになった。
「もううちからけが人を出すわけにも行かないから...」
監督の言葉に間があるたびに、周囲の空気が冷えていくのを感じた。
「もうみんなと練習はさせられないね。よし、じゃあ外周300周ね。」
それは、想像を絶するきつさだった。何時間休みなしで、給水なしで走っただろう。監督の目下のもと、あのスピードで同じところをぐるぐるぐるぐる。足が痛い。頭も痛い。気持ちが悪い。焦点が合わない。もうだめだ。
そう思っても、監督は俺たちに300周きっかり走らせた。
もちろんその日の晩御飯はすべて吐かせてもらった。
そして今、白いバッシュを履いて、他の部員たちと一緒に、いわゆる運動部特有の「集合」というやつで監督の前に並ばされている。
「しかし今回の俺は、以前の俺とは違う。確かにサポーターはないが、今回はテーピングってやつをしているのさ!」
実は、一度あまりにサポーターを部員たちが面倒くさがるので、監督が足首にテーピングを巻くことでも、しっかりと安全対策をしているとみなすことになっていた。
練習前、それを思い出した俺は、ロッカーに入っているテーピングを手に取り、
「これなら勝てる!あいつに怒られて、もうあの日の地獄を繰り返すことは確実にないだろう。」
そう思った俺は、いざテーピングテープを足首に貼ろうと足を見下ろした。
「あっちゃあ。俺もうバッシュしっかり靴紐まできっちりがっちり締めて履いちまってるよお。ちゃんと言われた通りのテーピングの巻き方をするには、一かい脱いで、もっかい履きなおさないとなあ。でも、それはめんどくせえなあ。なら...」
俺は、テーピングを2㎝大に切り、足首に、靴下からちょっとのぞかせるようにして貼った。
「名付けて、なんちゃってテーピング作戦だ!」
説明しよう
なんちゃってテーピング作戦とは
靴下からちょっとテーピングをのぞかせるように貼ることで、ほんとはちゃんと貼っていないのにあたかもちゃんと足の裏までぐるっと一周巻いて貼っているかのように見せるという技である。
「よし来い監督、俺の足首を見てみろ!」
監督は至って足とは関係のないことについて話していたが、そんなことで俺の調子は止まらない。俺は今、勝利の喜びを知ったのだ。
そして、監督の「集合」が終わり、全員が解散され、蜘蛛の子のようにあたりに散って
、各々の練習を再開する。いや、させようとしていた、その時だった。
「集合。」
監督が、俺らを呼び止めた。
「M。お前、サポーターはしているのか。」
来た、サポーターの話だ。俺はMの足首を見た。しかし、彼はサポーターをしていなかった。監督は、他の部員の足元も見るのだろうか。
そう思ったとたん、俺の心に恐怖が生じた。
「あれ、さっきまで全然怖くなかったのに。急に怖い。あれあれ、おかしい。これがマリッジブルーってやつなのか。いや、ちょっと違うか。ってそんなことはどうでもいいんだ。はっ、そうか。もし俺が聞かれたら、いいえ、テーピング貼ってますって、言えない。この頃嘘をつかない。嘘をつくことに抵抗ができちまってる。まずい、俺、そういえばウソが付けない人間だったんだ。それで今まで何度余計に怒られてきたことか。この性格をどうにかしたいけど、今はそれどころじゃない。とにかく、足を隠さなきゃ。監督に見つからないように、前の子の足の後ろに...」
監督の目がみんなの足を走りは始めた。俺はなんとかしようと、必死に、思考を巡らせた。
「いや...ちょっと待てよ。」
俺は、間違っていた。
そうじゃない。後ろに隠れることないんだ。
「ここは!前の子の後ろに隠れて監督に注目されたときに見えにくくするよりも、むしろ足を前に出すべきなんだ!」
俺は、自分の足を前に出した。
「そうだ、むしろ、前に出して、俺が靴下からちょっとのぞかせて貼ったこのテーピングを見せびらかせば、監督は勝手に俺がテーピングを貼っているように見えて質問なんかしてこない!そうすれば、俺が嘘が付けないばかりに正直にテーピングを貼っていないことを言うことを避けられる!」
俺は監督の顔をにらみつけ、
「ここだ!俺の勝負所は!」
目を見開いた。監督の顔は、依然下を向いていたが、その目は左から右へ、だんだんと俺に近づいていた。
「来い、その視線を、こっちに向けろ。」
とうとう監督の目が、俺の足に合った。
そうだ、見つけろ、俺の足のそのテーピングを!
監督は数秒間俺の足を見つめたまま...
すると、視線を右に流した。
「はっ」
俺は緊張の意図が切れたことで、思わず息を吐きだした。
「勝ったんだ。完全に。以前の俺とは違う。もう奥にはいかず、嘘をつくときは堂々と嘘をついて見せるんだ。」
「そうだ、鬼になれ。疑心暗鬼の鬼になれ」