未定
まだタイトル未定です
人の死を目の当たりにしたのは
これが初めてだった。
自分とさほど変わらない大きさの鉄の塊。
それがぶつかったというだけで
いとも簡単に人の生は消えゆくのだ。
さっきまでの笑顔を貼り付けたまま宙を浮き
瞳だけが虚になる様は
笑ってしまうほどに非現実的で
ひどく呆気なかった。
「おはよー!
ねぇ昨日のニュース見た!?やばくない!?」
「見た見た、びっくりだよねー」
キャンパス内は一つの話題で騒然としている。
同じ大学の生徒が交通事故で亡くなったとなれば
それを口にするのは当然だろうと比嘉優子は思った。
顔も知らないような相手であっても
自分と何らかの関わりがあったかもしれない
もしくは何かしらの共通項があった場合に
人はその対象にそれなりの関心を示すものだ。
至極当たり前の人の心理がおかしくてたまらない。
それと同時に、大して興味のない男子大学生のことを
さも仲の良い親友であったかのように話す同じ学科の生徒や
悲壮や悼みが微塵もない『可哀相』の言葉に
堪え難い吐き気を感じていることもまた事実だった。
「ゆーうーこー、おはよー」
大学生になって、周囲の影響かはたまた元々の趣味かは知らないが、茶色く染められたボブヘアーに短い前髪、運動でもして来たのかと疑うほどに赤く塗りたくられたチーク、雑誌に掲載された服をそのまま着たような見た目の女子学生、麻井日菜は、優子の数少ない友人の1人だ。
「おはよう日菜、今日は遅刻しないんだね」
「えー、何その言い方!
確かにほとんど毎日遅刻してるけどさー!」
日菜は機嫌を損ねたようだったが、優子には関係のないことだ。否、正確には日菜の機嫌など優子にとっては意味がない。
「早く来たってことはなにか話したいことでもあるんじゃないの?」
「ぁ、そうそう!
昨日交通事故で死んだ子いるじゃん、あれって優子のことめちゃくちゃ好きだった子じゃない?」
彼女はわかりやすい。
たとえどれだけ不機嫌になっても、話題を変えるだけでころっと態度も一変する。だからこそ優子にとって彼女の機嫌など無意味なのだ。
「好きだったかは知らないけど、ずっと纏わり付かれてたのは事実だね」
「やっぱりー!昨日ニュース見てた時どっかで見たことある顔だと思ったんだよね!」
「なに、それを言うためにわざわざ早く来たの?」
うんうん、と1人で頷きながら納得している日菜に、呆れたように優子は笑う。
「えー、そうだけどさー、なんか思うことないの?
昨日一緒にいたんでしょ?」
そう、確かに優子は昨日亡くなった内海真也と会っていた。真也がどうしても優子を連れて行きたい場所があると相当頼み込んで、やっと優子が了承したという形ではあるが。
「いたけど…でも私すぐに帰ったんだよね。
やっぱり悠に悪いかなって思って」
「まぁそうだよねー、彼氏いるのにしつこく誘ってくるとかバカじゃん!そりゃ亡くなったのは可哀相だけど優子もこれで心休まるっていうか?」
「あはは…そうだね」
「何の話?」
今し方教室に着いた、いかにも遊んでいる風の青年、三宅悠が優子の隣に腰掛けながら話の輪に加わった。
「悠くん、おはよーう!
あれだよ、昨日亡くなった男の子の話!」
人が亡くなった話を笑顔で伝えるのは如何なものかと、優子はもう一度呆れた顔をした。悠も同じだったのだろう、眉間にしわを寄せ、明らかに気分を害したようだ。
「あのさ…一応内海って知り合いなわけじゃん。仲良かったとかはないけど人が死んだらそれなりの態度とかあると思う」
優子が悠に惹かれた理由のひとつがこれだ。
悠は友達でもない人間の死をわざわざ悼むようなことはしない。
だが、「知人が亡くなった」という事実が「悼むべきこと」であると考える彼は、それをできない人間に対してはっきりとおかしいと言える。自分の正義を貫く悠を、優子は好きになった。
「うん、笑い事ではないよね。知ってる人が亡くなったんだもん、心休まるとか思わないよ」
優子は悠に同意した。2人にそう諭され、自らの発言が軽率だったと反省する日菜を横目に、微笑み合う…はずだった。
まさか悠が自分を睨むような目つきで見ているとは、思いもしなかった。
「…優子だって笑ってたんだろ」
「え?」
「俺が来る前優子も笑ってたじゃん。
それって内海の話でだろ?2人とも同類だよ。俺そんな軽い奴と付き合ってたくないんだけど」
そう言って悠は席を立ち、別の集団の中へと消えていった。さすがの優子も戸惑った。
目を見開いたまま動かない優子を、心配そうに、半ば申し訳なさそうに見つめる日菜。私のせいだね、と謝るも、その言葉は優子には届かない。ただただ動揺していた。悠にこんなことで別れを告げられたこと、そしてそれ以上に、自分の思い描いた通りに事が運ばなかったことがショックだった。
その日の夜、優子はベッドで横になったまま眠ることをやめた。辛いことがあったとき、眠らない方が尾を引かないことを彼女は知っていた。毛布にくるまって考えていたのは、悠のことではなく、内海真也のことだ。
彼は優子に見せたい景色があると言っていた。
今になって、それがどんなものか興味が湧いた。
決して愛してもらえないと理解した上で、それでも好きになった相手に見せたかった景色とは何だったのだろう。どうせ自分には趣味らしい趣味もなければ、心を許せる相手もいなくなってしまった今だ。それが自分にとってどれほどの価値があるかはわからないが、優子は内海について調べることを決め、浅い眠りについた。
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