6話(支配)
レンは目を閉じた……。
そして全ての照明という照明は、レンを主役にどうぞと浴びせて彼に注目し味方していった。
光の熱さなどおくびにも出さず、レンは一本足のスタンド先のマイクを上から両手で被せ握って、姿勢のよい立ち姿で静かにしていた。息をつかずいっそ呼吸を止めて沈黙し――静かだった。
ワン、ツー、……
ドラムがリズムをとる。
カ。
長く太いドラムスティックの、ドラム端を叩く一叩きに合わせて各メンバーの楽器の音は個性で勢いよく飛び出した。
ギュァァアアンッ!
一番目立つのはギターの音。そして、
ギュァァアアンッ!
音が世界を支配する。
ギュァァアアンッ!
音が世界を支配する。
ギュァァアアンッ!
音が世界を支配する。
ギュァァアアン。
音が世界を ……
俺が音を支、配、す、る。
……さあ見るがいいとレンは悦に笑い転げていた。とても楽しそうにと飛び跳ねていた。寝て起きて助走をつけて跳び、2台あるうちの1台のキーボードの所へと着地した。彼は乱入して鍵盤を感覚か気分だけで叩き出し、滅茶苦茶な不快音を出していて何だ下手くそと皆に思い込ませたと思ったら、だ。
……
破壊的だった音の侵入者は、正確な旋律のなかへと次第に融けて一体化していく。魔法にかかったかのような、不思議さを秘めた何とも言い難い斬新な感覚を皆は覚えていた。
ああこれが見事というものだ。
無謀とも思えた弾き方は、レンの細い指によって音の元々に持つ性質を見極め最大限に引き出されて、場にいる全ての者を圧倒させた。音の調和と融合。そんな簡単にできるものでは断じてない、決してないのだ。それを軽く直感だけでやってのけてしまうという呆れたその才能、そのセンスとは、一体何なのか。……
……彼は何だ。……化け物なのか……?
完全に今いる世界は彼のものだった。この空間を手中に入れている。彼は此処では神であり、逆らうことなど許されはしない。
「レン……ああ……」
何故だか愛の薄くなった視界、目から、とめどなく涙が溢れ出ている。その理由は分からない。愛の心の臓は打ち震えている……感動、感動している、感動とは。
――感動とは、こういうことなのだ――
愛は確信していた。声が出ない、これが感動、これが本当、リアル。心も涙も本物よ。レン、私はあなたが、と――酔いしれる。
「きゃあああー!」
「!」
脳天を突んざくような悲鳴。
その後、人知れず心中で酔いしれていた愛の視界に一瞬だけ、信じられないものが飛び込んできた。レンと自分の間の、窓の向こうでは何、誰が――
人である。女性。
愛の視界に焼き付いている。人がひとり、屋上から落ちてきたのだった。「――!」
開かない窓の向こうでは、毅然とした態度のままのレンが独立したマイクを握って歌を歌い続けている。動じる風もなく、何ごともなかったかのように……振る舞っていた。
何もなかった? ――ただの錯覚か幻想か、夢まぼろしか。どうせ演出よ、とまで果敢に考えた愛だったのだが、それらは全て間違いだった。
「嫌よおおお!」
「やめないで! レエェェン!」
「いやあーーー!」
声と共にだ。
人が、落ちてくる。ひとり。
そしてまた、ひとり。
やがて愛は驚愕し絶叫する。
「いやああ! やめて!」――耐えられないと目を背けた。
頭を抱えて数歩後ずさりすると、すぐ後ろにいた案内人の男に肩を受け止められた。
「大丈夫です。予想はしていましたから、こんなことぐらい」
彼も平然だった。微かだが、彼の首筋につけていたシトラス系の香水の香りが漂う。愛は茫然自失としたまま、瞳が消えかけそうで、僅かな眼光でレンを見……た。
初めてレンと愛の視線が一致し真正面からぶつかる。
絡み合った。「……」身体が支配されている。
流れる涙は、誰のもの。レンは……言った。
Easy Come……
得やすいものは――
……
……照明がまた全て消える。
ライブの終わりを告げる合図で、同時に解散をも意味している『終わり』。だが愛はラストの曲を一切覚えてはいない。何も頭に入っては来ていない、いない。
「……終わりましたね」
肩を掴む、すぐ傍の男の声も。何も耳に聞こえない愛。何も……。
「どうしますか? 帰りますか? なら早くなさらないと他のファンの方たちが降りてきてしまいますので……どうか、お急ぎを。ファンの方たちにあなたがこんな境遇だったことがもし分かってしまったなら、あなたは――」
愛に言葉を発せられる余裕など、まだ持ち合わせてはいなかった。まだ頭のなかは、ぼうっと蜘蛛の巣が張っていた。だがしかし男の声で、愛の反応を無視して続いている。
「……八つ裂きにされるでしょうね」
もう舞台だった屋上には何もない。全ての照明は消されていて、真っ暗闇だった。レンも他のメンバーも何処かへ行ってしまって、いない。
「何なら、ご覧になって下さい。外の下」
肩を押されがちに、魂を抜かれ人形のようになった愛は虚ろな顔と心で歩を進めた。男の言うがままに歩かされ、窓際に寄せられた愛は下の階を見下ろした。
男が大丈夫だと言った理由が分かる。
四隅をフックで頑丈に取り付けられた白いエバーマットが用意され吊られていた。そして、その上に先ほど落下したファンの女の子たち数人が仰向けで倒れている。もちろん生きていた。彼女らは、屋上の手すりを飛び越えて跳んだのだ。とても隣のビルに届く距離ではないとしても。
跳んだ……レンに、近づくために。命など惜しまずに……。
「あの子は……」
落ちたひとりは、此処に来る前に会話をした、あのキャミの子だった。目は両方とも開いている。一体、何処を見つめているのか……空か、あの黒い、ビルとビルの間に見えるだろう、夜の空か……。
それとも彼女の目には、レンの姿が映っているのかもしれない。自分だけを見つめている、自分にとっての都合のよい、綺麗なレンが……。
でも、と、ふと愛は思い出す。彼女が好きだと言ったのはレンではない、他のメンバーだったはずだった。
「嘘だったの……? ギターのシークが好きだって……」
愛をからかったのか、それとも、レンに乗り換えた? または……。
『レンの声は危険すぎる』――