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3話(お礼)


 Easy Come ……



 やがてエレベータの出入り口が開き出てきた人物に、場にいた全員の目が向けられる。

 愛もだった。しかし登場したのは、レンでもなければバンドメンバーの誰でもなく。白のカッターシャツに黒のズボン、黒のネクタイを締めた、普通の細身の若い男だった。

 男は恭しく頭を深く下げ、片手は底の丸いワイングラスを持つような仕草で胸前へと持ってくる。

「長らくお待ちのことと思います。本日は、ようこそ足をお運び頂きまして、誠に感謝、感謝致します……では」

 男はバンドのマネージャーだろうか。それともライブハウス(か謎だが)の店長だろうか……主催関係者であることに間違いはない。愛は男に尋ねたいことでいっぱいだったが、それは周囲の皆も同じだろうと様子を見ることに愛は決めていた。


「エレベータの定員数は7名ですので。まずは順番にお並び下さい……」


 男は案内をし始めた。屋上へと、ライブ開始を待つ人間をひとりずつ丁寧な対応で。この上下に移動する箱の中へと……導いていっている。

 愛も順番を待とうと、列に並んだ。自分よりももっと前には、先ほど愛に声をかけた女の子達がいる。しかし向こうは愛のことなどこれっぽっちも気にする風ではなかった。おしゃべりをして時々に叫んだり、騒いだりしているだけだった。


 Party。パーティ。社交場。


 ……上っ面。


 愛の耳にレンの声が聞こえてきたような気がした。たがそれは幻聴にしかすぎない、と愛には分かっている。

(人間なんて表では……)

 残念ながら鏡が愛の手元に今は無い。仕方がなく家の玄関の鏡で見た自分の顔を思い出していた。いつもより入念に化粧をされていた……外での自分の顔というものを想像する。

(綺麗に着飾っているだけで……)


 僕も そうなんだ


「ささ、どうぞ。足元にご注意」

 愛は、俯いていた顔を上げて声のした方を見た。

 若く、まだ少年のようなあどけなさを残す顔が愛を見ていた。

「ありがとう」

 愛は招かれ、箱の中へ。7人の人間が皆入り終え、出入り口に一番近い女の子が開閉ボタンを押そうとした時だった。

 愛は気がつく。

 そしてすぐ、開閉ボタンを押そうとした女の子に向かって、荒げた声を出していた。

「ちょっと待って! ……すみません、降ろして下さい」

 愛は乗りかけたエレベータを降りようとする。

 不思議がる乗客と案内人の若い男。しかし愛は気にすることもなく、「すみません……先にどうぞ!」と、詫びの言葉を言うと素早く駆け出していった。


 若い男は走り去る愛の背中を少しの間だけ見ていたが、やがて自分の役割を思い出し仕事に戻っていった。

「さ、……定員空きましたのでひとり、なかへとどうぞ……」


 ……



 愛は走った、一人の男を追いかけて。

 片手には、茶色い革の札入れを持っていた……実はつい先ほど、エレベータの前で拾い上げてきた札入れだった。考えるよりも先に愛は体が動いていたという。

「あの! ……」


 ビルを出て、道を歩いている男の背中に呼びかけた。

 黒のジャケットに薄汚れた黒地のジーンズ。被る黒のキャップには、シルバーで骸骨の装飾が施されている。両耳でシルバーのシンプルピアスが光っていた。

 愛に後ろから呼び止められ、(かたわ)らで。目線より下で息をつき自分を見上げている愛を見た。男の表情は変わらない。

「これ……」

 愛の手から差し出されたのは、札入れ。男は黙ってそれを受け取った。

 それから札入れと愛を交互に見ていてしばらく考える。「……」

 呼吸が落ち着いた後……愛は冷静になって事情を説明していった。

「エレベータの前をあなた通った時、落としたのが見えたから……」

 そう。

 愛がエレベータに乗り込んで出入り口をぼうっと見ていた時だった。入り口の前をこの男が通りがかる。札入れを落としたことにも気がつかず、エレベータの前を通過していった。

 恐らくは誰かが拾うだろう、あの男もすぐに気がついて、戻って来るだろう……触らずに放っておけばいい――そんな空気が漂っていたのかもしれなかった。愛は従って、見ていただけである。

 だがしかし誰も札入れには気がつかない。

 知っているのは、愛、自分だけなのだと。

 別に善行を考えたわけでも、迷っていたわけでもない。愛は自分にしかできないと思った時に……思わずとも、即座に――走り出していた。

「わざわざ届けに? ……サンキュ」

 男は少しだけ笑って、札入れをジーンズの後ろのポケットにしまった。愛は男の顔をよく見ようと顔を上げる。しかしその前に男の手が愛を引っぱり出したのだ。

「お礼する。そこの自販機でジュースでもどう?」

「え。……あ、はい。うん」

 男が指さしていたのは、数十メートル先にある、ネオンが派手に目立ち光るゲーセン前の自販機だった。ピコピコといった電子音や、ガチャガチャといった機械音のやかましい音と分かるそれが店先から聞こえてきて、場の雰囲気を想像させている。

 愛は、ゲーセンに行くのを久しぶりに思った。昔は兄や友達に連れて来られたもんだったと……男の手に引っぱられながら、思い返していっていた。


 自販機で、それぞれ一本ずつ飲み物を買う。無論、男のおごりだった。愛はペットボトルのお茶を、男は缶コーヒーを買っていた。「ちぇ、冷たいの、売り切れ」と男は舌打ちをした。冷たいのがよければコーヒーを止めればいいのにと思った愛だったが、黙っておいて、買ったお茶を少しずつ口にしている。3分の1程度を飲んだ後、フタをしめて手に持った。

「これで、お礼、終わり」

と……男は軽く笑いかけながら自分の飲み終えた缶を自販機の横にあるゴミ箱に投げ入れて、澄ました顔で言った。


 これで、お礼、終わり。


 ……何でそんな風に言うんだろう、と愛は思った。確かに、飲みたくて自分は購入したわけではなく……この男の気が済めばとついて来ただけにしかすぎない。

 建前(たてまえ)。表向き。虚偽。嘘。うわべ……上っ面。

「パーティー……」

 愛の口から自然と……言葉がこぼれた。

「パーティーが、なに?」

 愛の考え込む顔を微かに笑ったまま覗いた男。愛は誤魔化すようにつられ笑いを。「何でもない」

 それからすぐに、ハッと気がついて目を大きく見開いた。

 7時、5分前である。

 店の入り口から店内の壁掛け時計が見えた。時刻はもう、そんな時間を表していた。ライブ開始の時刻が迫っている。

「いけない! ライブ、始まっちゃう……!」

 愛は言うと同時に走り出した。ちゃんと走る前に「それじゃあね!」とひと言だけ言い残して手を振ってからである。

 その後は男のことなどもう何処かへと置いてきてしまっていた。後ろで男が今どうしているかなど、愛の頭のなかにはもういない。存在を忘れた。忘れ置いてきてしまった。

 愛はライブに行く。行かなければいけない、行かなければと……愛は焦り、走り急ぐ。

 レンに会うために。

 それだけに。


 ……



 本を開いてごらんなよ


 嘘ばっかり 書いてやがるから


 見えやしない


 真実は何処


 だまされている


 だまされて 喜んでいる


 人生は お飾りなんだ パーティーなんだ



 ……



 愛が走り出した後。

 男も、走り出していた――愛を追いかけて。

 まだ、自分の見える範囲の所に愛はいた。愛は決して振り向かず、ライブハウスへと一心に前だけを見て走っている最中である――止まらずに。男の前方をひたすらに。

 男は愛の背中を見ながら、走りながら。ジャケットのポケットから、携帯電話を取り出した。

 そしてすぐ誰かに電話をかける。ワンコールも待たずに相手は即、電話に出たようだった……

「今から行く。そっちはOKか」

『ああ。全員入場完了、あんたらだけだ、が……面白いな。数も一寸の狂いなし』


 電話越しにそれを聞いた男は顔を歪めてタマラナク、愉快に大笑う。


「いい答えだ……ようこそ、『ビサイド』」

 残念ながら、走りながらの笑いは少し苦しかったようだ。愛を見失わないようにも、だからとても忙しい。

「もうじき着く……じゃあ後で」

 相手の返答を聞くまでもなく、電話を切って元あったポケットにしまった、男。切る直前に、相手は最後に……言っていた。


『早く来いよ待ってる……レン』





 Beside 〜をはずれて

 ハズレの人達。



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