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12話(ディストロイ)


挿絵(By みてみん)



 Easy come……

 得やすいものは……


『このまま、何ごともなく――』


 ……


 どんよりとした曇り日の休日。愛は、買い物帰りで街なかを歩いていた。

 片側3車線となっている、市街バスやタクシー、荷物トラックなど。交通量の多い国道を挟んで、靴屋や電器屋といった様々な店が狭そうにも広そうにも並ぶモール街と場はなっていた。地下鉄に繋がる地下道を通らずに愛は、手提げのピンク色のバッグと買い物をした袋を抱えて、足早に家へと向かっている所だった。


 するとすれ違いざまに、外国人に話しかけられる愛。西洋系だろうか、白人で、背中に小さなリュックを背負った身長の高い男が英語で挨拶をしてきていた。「ハロ」

 少し驚いた愛は相手の話を黙って聞いているうち、どうやら道を尋ねているんだと分かってきていた。それは身振り手振りから、である。


(え、えっと……)


 だがすっかり動揺をしてしまい、愛は弱ってしまった。男の綺麗で済んだ青い目は、愛を見ながらにっこりと笑いかけている。しかしながら待てど愛から何の言葉も出てこないのを知ると、諦めたような顔をした。男は愛が困っているのを見て困ってしまったようだった。笑顔は崩さず、男は先を行こうと道の方向を変えた。

「ソーリー、グッバイ」

 そして軽やかに去ってしまったのだった。

 取り残されたかのような愛に、絶望感に近いものが覆い被さってくる。コツンと、愛は自分の頭を叩いていた。

「ダメね……」


 愛は重そうなため息をつく。自信が、底にまで沈んで動けなくなってしまった。

「通訳できなきゃダメなのに……これから翻訳家になろうっていうのに。相手の言ってることが、分からないだなんてね……」


 思ったよりも深刻に落ち込んでしまっていた。見えないが、壁が愛の前に現れたのかもしれなかった。そしてその壁の高さ厚さは、愛には想像もつかないという。

(……しっかりしなくちゃ。これからだもの……!)


 持ち前の明るさを何とか拾い直した。再びに歩き出した愛の向かう所は交差点。人混みに紛れて、横断歩道で信号待ちをしていた。愛はその間に、手に持っていた買い物袋の中身を覗き込む。愛は本屋の帰りだった。その前にはレコード店にも立ち寄っている。リリースされたばかりのCDを買い、それから本屋に寄って聞き取り用の言語ブックを買って。家に帰ってから、まずはどちらから聞こうかと考えていた。すると。


 ピロリロリ……


 愛にとっては、なじみのある音を聞いた。そう、携帯電話のメール着信音である。

 すぐに愛はバッグから携帯を取り出して、折りたたまれていたのを開いて画面を見た。周囲の人々は信号が青に変わったからと集団で動き出して、人波を作り出していた。渡らずに立ったままの愛は、……胸躍る。「レンからだ!」

 久し振りのレンからのメールだった。表題も『久しぶり』と書かれたもの。愛は、たまらなく嬉しくなって大はしゃぎだった。

(うふふ)

 愛の理性をとっぱらい開放したなら、人の目も触れずにいきなり踊り出してしまうだろう。愛はにやける顔を我慢しながら、人に続いてやっと前を歩き出していた。横断歩道を渡る上で、自分の閉鎖された世界に浸りながら、酔いながら。しかしその時だ。


「君、危ない!」

「え?」


 突然の、愛の世界を壊す声。ついで、激しい高音の――車のブレーキをかけた音だった。暴走した乗用車が、車線と車線の間を縫って乱暴に走ってくる。まだ我慢笑いをしたままだった愛は、無邪気にも声と音のした方を振り返っていた。声がしたのは愛の後方で――。


 振り返り、と同時に。愛は強い力で前方へと突き飛ばされる。

 キキキキキキ……! ドン、パリン、……ぐしゃ。耳障りで、異質な連続音が響いていた。愛の耳にもあたりにも。そして。


「あああ!」

「大丈夫ですか! ……救急車あ!」


 名の分からない通行人たちのざわめきと、好き勝手に心配する言葉達……群れ。愛の倒れた傍らには、割れたDVDやCD、本の入った袋の残骸が地面に散らばっている。購入したばかりで、まだ開けてもいないDVDやCD。聞き取り勉強用に買ったのと、レン率いるバンド『SAKURA』の新アルバムだった。……



 もう聴けない――


 ……



 その頃、同時刻。雨が降り出しそうななか、レンは走っていた。これから愛と待ち合わせた場所へと向かう。今夜に発つ飛行機でレンは、仕事のためにロスへ行かねばならなかった。しばらくの滞在予定でもある、そうなれば、しばらくは愛と簡単には会えなくなるのだった。だからその前にと。


「愛……」

 今のレンは身軽で、手に持っているのは一枚のCDだけだった。開封されてはいるが、新品同様でCDには触れても聴いてもいない。それはレンが愛に贈るためだけの、特別な仕様を施したものだからだった。

 歌詞が付いている。レンの手書きで。普通に出回って販売されているものには、付いてはいないもの。

 これを会って、愛に渡す。愛は喜ぶだろう、笑うだろう。レンはそれを見たかった。


 雲行きが怪しい。今から、雨が降りそうだった。街の雑踏のなか、レンは息を切らしながら気持ち急ぐ。何軒、何十軒という店やビルのそばを通りすぎ、人と人との隙間を強引にぶつかりながら抜けていった。時折、何処の店からか音楽が聞こえて、しかしちっともレンの関心を惹き寄せられないという無力な音楽でもあった。唯一、レンの耳にとまったのは。


(……不思議なもんだな)


 交差点で信号待ちをしていると、大手の電器屋だろう、店のなかから自分の知っている歌が流れていることに気がついた。流れているのは『Easy Come……』。知っているどころか、自分の歌である。


(自分の歌だってのに。なーんにも思わねえ……)


 まるで他人の歌に思えていた。自分の内情を綴った、自分の歌であるはずなのに。

 奇妙で可笑しいと、レンは口元をほころばせていた。上空を見つめ、吐かれた白い息が微風に消されていく。歌はもう、レンが『過去』に忘れ置いてきたものに成り下がっている。それもあって、今のレンには扱いなどどうでもよくなっていた。例え歌がお茶の間のCMに使われようとも、センスもなく内容とはそぐわないアニメや映画かドラマの、主題歌に使われようとも。好きにすればいいという投げやりさに落ち切っていた。レンにとっては所詮『過去』のもの。固執しなかった。割り切っていた。


 歌は収録された通りに流れていく。決められた五線譜上に沿い、メロディも歌詞もそれに逆らわず従っていく。歌は止まることなど知らず、そのままラストへと、川のように流れていく。

 信号が変わり道行く人々と同じに歩き出したレンは、歌の聞こえる領域から脱出していった。もう後ろへ、後ろへと……聞こえなくなっていく。離れ遠ざかっていく。レンがいようが、いまいが関係なく、歌は無関心で平然と、ラストで締めくくられるのだった。……こんな風に。


 The one obtained

 得られたものは

 Easily is destroyed at once

 すぐに壊される……



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