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10話(始まり)


 大きな羽を持つ鳥が、都会の雑踏の上を飛んでいる。

 こんな緑もない餌もない所に不似合いな鳥が。カラスではない、名の無い鳥が。

 目撃したなら、きっと人は呟くのだろうか。鳥は。


(自由だ……)


 ……


 世界各地で市場展開をしている音楽プロダクション、『M.A.D.E』。通称はメイド、造る意味も含まれていると言えよう。Music And Dream Entertainment。音楽と、(素晴らしく理想的である)夢、娯楽という社名を創立者は付けたようだった。


 主に音楽というジャンルに限ってではなく、夢、娯楽とあるようにゲーム、スポーツ、ネット、舞台、ドラマ、映画、アニメ、漫画、小説と。Entertainment(エンターテイメント)であれば、何でもよい。非常に幅広い視野で一企業として成り立ち何十年と継続を見せ続け、変わらない姿勢と毅然で名を挙げていた。


 此処に所属している企業グループや子会社、タレントや俳優、声優、選手、専属の著名人など、様々な傘下は実に質が高く揺らぐことが全くないという定評がある。だが逆を言えば、ハードルが高すぎ、凡人という凡人では門を叩くどころか拝むことすらできないだろうと言われるほど、傘下に入るというのはかなりの難関だということになる。


 レンの所属しているプロダクション、『M.A.D.E』……ちゃんと社名やロゴマークの入ったCDやDVD、BDもしくは懐古趣味者を対象にしたレコードまでが、一般にリリースされていた。

 プロになると決めてからのレンたちは、かなりのスピード展開を世間に知らしめていた。街を歩けば宣伝の広告ポスターがレコード店の至る所に貼られていて、よく屋内では曲がかかっているようになっていた。ごく稀にテレビに出演していることもあり、会わなくとも近くにいるような親近感を抱き寂しさは誤魔化されてしまう……。

 愛は、複雑な心境だった。


(仕方ないよね……)


 愛は、レンとまだ数える程度にしか会ってはいない。あの、初めて会い口づけを交わし、ラストライブだったはずがスタート地点となった、あの日から……半年が経つ。メールや電話をたまに取り合うようになって、会って、時を過ごして別れ、……去る。


 会える時をとても短く感じていた。

 だからか、逢瀬の日を重ねていくほどに時間というものが貴重で、とても貴重で……どうしても濃密さを求めてしまうのだった。


 しかしレンの心は愛に全てを預けているわけではない。


 いつも何処か遠くを見ている。夢の先か、詳しくは知らない今手掛けている仕事のことなのか。愛は間近で敏感にそれを感じ取っている。でも何も言えない、不満を口に出してはレンにきっと怒られてしまう、それなら、別に言わない、言わない、だけど、ほんとは傍にいてほしいの、と――。

 会っても会わなくても寂しさが、愛を苦しめる。

 愛が最近レンと会ったのは、もう一週間も前のこととなっていた。


 電話もメールも、仕事の忙しさのせいか回数は減っていた。邪魔をしたくないと、愛から電話をかけることはほとんどなかった。就寝前にメールを打つくらいが関の山である。

 ため息混じりの愛は大学の構内を出た後。人とのすれ違いざまに『レン』という名前を聞いて心臓がドキンと高鳴った。肩を竦ませ体を強張らせる。


「今度のアルバム、DVD付きなんだってえ。アタシ、絶対買うう〜」

「レンてさ、普段ってどんな格好してんだろー。カノジョいるのかな?」

「えー、嘘。考えたくなあい!」


 高い声で騒いでいたのはただの通りすがり。3人の、同じ大学に通う女の子たちだった。

 歩いているだけでもこうしてレン、またはバンド『SAKURA』の名が飛び出すことがある。愛はもう慣れているはずが、なかなかそうは簡単に言うことを心臓は聞いてくれそうではなかった。


 ……いつか、レンと。別れの日がやって来る。


 愛は予感していた、少し自嘲な笑いを噛み締めながら。これでいいんだ我慢する、会えなくても、我慢する。愛は、レンが忙しくなったのも自分が言ったことのせいなんだと思い出していた。前を歩き出していた。大学を出て、市内へと向かうバスを待ちにバス停へと向かっていた。歩きながら、だんだんと思い直していった。

 レンが。あの苦しんでいたレンが、思い切り自分のしたいことができるなら。


 ……



 鳥が、空を飛んでいる。

 愛の頭上を、円を描いて。愛が見上げると、鳥は太陽という障害物の周りを迂回しているように見えていた。

 愛の小さな体の折れそうな細い腕の中には、翻訳家になるための、参考書の束を持っていた。愛にも、夢がある。夢を見つけた。レンが遠くを見るように、愛も、自分の道行く先を見ようと思っていたのだった。


(自由だ……)


 手を掲げて、空を見ている。光が眩しいと、目を細めながら愛は雲の向こうを探してみていた。太陽が照らしてくれている、アスファルトでできた、道を――。




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