1話(歌)
表現者とは。
『Candy』
キャンディ。お菓子。女の名前。甘ったるい。甘くする。甘美な。臆病。
『Party』
パーティー。仮面舞踏会。社交場。上っ面。表面。人生。
単語ひとつに複数の意味。込めた思いは、込めた本人のみぞ知る。
日本で言えば、掛詞。
これを技巧に繋げる者を、我は……称賛す。
……
Easy Come ……
歌が聞こえた――あの人の歌が。
あの人が作った、あの人が書いた、あの人が奏でた、あの人が歌った、
あの人が作った、歌が。
それは愁いを帯び、物悲しく私の心に自然のように入ってくる。
あなたにもそんな経験がなかっただろうか、と。問いかけてみたくなった――
……
「ちわーす。お届け物でーす」
マンションの一室……せっかくの音楽空間を台なしにさせる、雑音のような声が遠くでした。「まったくもうう!」
気分を害された愛は、手に持っていた四角く白い無地のクッションを2人掛けのソファに叩きつける。そして普段着のまま玄関へと乱暴に小走りしていった。
荷物を渡した、何も知らない宅急便屋の若い陽気な男は汗をかきながら、「まいど〜」と、営業スマイルで業務に戻って行った。
バタン。
玄関の重みのある鉄のドアは、勝手に閉まる。ガチャリと金属音をさせて内鍵を閉めため息をつきながら愛は、手に持った厚みのある簡易梱包された封筒をじろじろと見ていた。
送り主である会社名を見て、ふ・ふ・ふと。笑いをひとつ零している。
愛は知っていた。中身が何なのかを――
CD。
音楽の、CDだった。愛が今、好きで好きで堪らない、バンドの。
『SAKURA』という、インディーズだが、地元人気は非常に高いバンドだった。
ボーカル、キーボード、ベースギターにドラムと。4人グループとして成っている。洋楽スタイルを好み、歌詞には英語が多く、ロックかジャズ色で演奏することが頻繁だった。質としては若さゆえに荒っぽく粗削りな部分が見えるも、100人ほどが入ることのできるライブハウスでは、毎度毎度の満員で非常に盛り上がっていたという。
特徴的なのはボーカルの声質、歌唱力と抜群のセンスだった。パフォーマンスなどは決して派手ではないが、愁いと、皮肉を織り混ぜたような歌声はどんな遠くにいるお客の心にでも入り込み響き打たせてじわじわと、そしてゆっくりと徐々に浸透させていっていた。
重量感があり、それでいて透明で繊細な声質。
音楽に通じる者の一部の間では、彼のことを神だと崇める者がいるらしい。彼のカリスマ性は着実にその広がりを見せていて、恐らくメジャーからの声がかかるのも時間の問題だろうと思われていた。
「はあー、やっと届いた……ネット注文って初めてだったから、ほんとに注文できてるんだかどうだか。分かんなかったのよねえ〜っと……」
ひとり言を言いながら、愛は簡易包装されている包みを破いていった。開けながらソファにどっかりと腰を下ろし体を埋めさせていった。
封筒の中から出てきたCDを裏表とひっくり返して、何故か匂いを嗅いでみたりする。そしてソファに寝転がりながら、
「私は、どうして彼の事が好きなんだろう」
と、誰もいないというのに聞いてみたりもした。
神経は大丈夫だと自覚はある愛だったが、少し周りからは変わった子と言われることも昔から度々にあった……それは大学生になった今でさえもと窺える。
バンドとの出会いは友達の影響によった。音楽好きの友達から、複数のインディーズ系アーティストやバンドの曲を集めたコンピレーション・アルバムを一枚借りた愛は、全曲何回も部屋に流し続けていた所、そのなかでどうしても忘れられなく。流し終わった後でも耳に常に残ってしまうある歌があったのだった……。
『Candy』
……それは、お菓子の名前。甘美な、という形容動詞。臆病、という意味として使われることもあるという。
「素敵……」
何度も繰り返して聴いているうち、その世界観という揺りかごに、まさに虜になっている自分を見つけた……それはもう、ご飯も喉を通さないほどで、眠気も起きないほどだった。
そんな渦中のなかで愛がまず思ったのは、歌う彼が何者なのかということ――。
「“REN”……レン」
CDのジャケットに書かれた参加アーティストの一覧の中に名前を見つける。SAKURAというバンドの名前のボーカル担当は、レンと書いてあった。
(もっと聴きたい……)
そうやって一度芽生えた愛の想いは、加速をし始めていく。
音楽というジャンルに対しては今まで何の関心も起きなかった愛は、初めて自分から音楽に触れてみようと思う――それは彼ら、彼のおかげだった。そして愛に、次々と行動を起こさせてしまうという不思議な力、その魅力か、魔力。
バンドと同名のCDを探し、買い集めたもののなかから自分のお気に入った歌の歌詞を訳してみたりした。歌は日本語ではなくほとんどが英語だったので、見ただけでは内容が分からないという……しかしそんな言語の壁を感じて唸りながらも、愛は一生懸命に辞書を引き、訳して歌詞の意味を追っていった。なかには、どうにも意味の捉えようのない言い回しや単語があり、愛を一日じゅう苦しませる事もしばしばある。しかしそんな時には、その悩ませていた曲をプレーヤーにかけてみて部屋に流しながら聴くと、自然と何か答えが閃いたりしてくれていた。
これを『レンが教えてくれた』と手を合わせ、窓から差し込む光を浴びて太陽を拝んでみた……その繰り返しである。
歌詞にはまるで、言葉という宝か宝石かが詰まっているかに思えて。次第に愛を別の世界へと導いていった。夢をベルという女の名前で呼んでみたり、パーティーをうわべだけの人生だと皮肉ってみたりしていた。ひとつの単語にアレもコレもと意味を複数込めてみているその歌詞の複雑さ、深さ。技巧さのレベルは、確実に凡人の域ではない――愛は、歌詞の内容がとてもよく理解できていたが、それが何故できていたのかは愛自身にも分からないでいた。……
『身は 時という概念のもとに とても近づくことは できないね
でも 心は 近づける
僕は パーティーで キャンディを 拾った
君が落とした キャンディを 拾った
口に入れたら 甘くて 溶けて なくなった
でも僕のなかで キャンディは 消えない …… 』
……直訳を経て、シンプルにまとめた歌の歌詞。愛には内容がスッ、と理解ができた。
いつの間にやら感動し、涙まで流してしまっていた――。
「レンはそばにはいないけど……レンの声は歌で私に届いた……そういう意味なのね? ……レン」
『君』とは、キャンディのことを……キャンディという形は姿を失くしても、心のなかではずっと残っている――。
彼は歌った、キャンディを。たくさんの気持ちと意味を込めて――そのなかへ。
これを技巧と言わずして何と言おうかといった所だろうか。
「レン……会いたい……」
愛の気持ちは熱を帯びて加速していく。
止まらない。
彼のことをもっと知りたい。今は何を考えているのだろうか、と。
少し、これまでのことをソファに寝転びながら思い返していた愛は開けたCDケースを見て首を傾げた。「ん……?」
CDに何かが張り付いていた。
長細い紙である。ライブチケットみたいな内容が書かれ――
「ライブ!?」
ガバッと愛は激しい音をさせて体を起こし、紙だけを両手で持った。目が大きく見開かれる。持つ手が小刻みに震えてきていた。
「『CD発売記念100人限定内緒のライブへご招待』……ないしょ?」
声も震えてきていた。
「『このチケットであなたにライブの参加資格が与えられます』って。要するに私……当たったの!?」
それは奇跡のようだった。愛にとっては運命とさえ感じてしまうほどの。
愛は動き出していく。
止まらない。
たとえ先に何が待ち受けていようとも――
構わない。