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平行時空冒険譚:確率都市 ~The Axis Hoppers~

Intermezzo:強制捜査課の一コマ

作者: 中崎実

時空監視局 保安部強制捜査課。

ペルシル線に本部を置く時空監視局の中で、武力行使を許された部署である。

精鋭たるメンバーには勿論、戦闘訓練も義務付けられているわけで……


強制捜査課のある日の日常風景。あるいは、某観測官の逃げ足の速さについて。

(自サイト掲載作品の再掲です)

 戦闘に、フェアプレイという言葉は無い。


 言うまでもなく常識だが、いかな呑気者とはいえ、今回ばかりはフェアという言葉に逃げ出したくなるのもまあ、無理は無いだろう。

 顔をぶんとかすめていった金属塊はなにしろ、はっきり言って凶器以外の何物でもない。重量10kgのそれはバトルアックスと呼ばれる代物で、それを振り回しているのはアニー・ホール強制捜査官である。

 事務職の旦那との間に子供まできっちりこさえている女性であるが、彼女はれっきとした重戦闘サイボーグ。正直、あのアックスを食らえば、いくらプロテクタを着けていたって負傷間違い無しだ。下手すれば死ねる。


 こんな状況でのフェアプレイって言うのは、こっちに銃を持たせてくれることなんじゃないだろうか。


 そんな無意味なことを考えながら、()(たて)はとにかく逃げ回ることを最優先にしていた。

 なにしろ、御舘が手にしているのはただのパワーロッドだ。しかも訓練用のそれはブレード部をスタンガンに取り替えたもので、そもそもスタンガンなど効きやしない仕様になっているアニーには何の威力も発揮しない。おまけにパワーロッドはそもそもがブレードで切り裂くことを主用途とする白兵戦武器だから、たいした重量があるわけも無く、これでサイボーグの頭をぶん殴ったところで、よろめくかどうかすら怪しい。

 これで御舘に勝ち目があるかと問えば、百人中九九人までが『無い』と即答するだろう。

 御舘だとて怪我をして楽しいマゾヒストでもないのだが、そんな御舘がアニーの相手をしているのは、模擬戦闘訓練に参加する頭数が不足しているせいだった。


 「逃げ回ってばっかりじゃないのさ」

 バトルアックスを振り回しながら、アニーはだいぶんと不満そうだった。

 「攻撃の隙が無いでしょう」

 返しながら、御舘はアニーの顔に突きを入れる。軽い動きで跳び退ったアニーを追いかけて、三連発。一発目は避けられ、二発目はバトルアックスが受け止め、ロッドが回転した三発目は機械の腕に当たって止められた。

 「あーあ、腕一本持っていかれたね」

 たしかに本物を使っていたら、腕どころか胴体まで薙いだだろう。得物を奪われるより早く御舘は退き、ロッドを構えなおした。

 「片腕切断相当なら、これ以降は片手で応戦してみますか」


 頼むからうんと言ってくれ。


 そんな御舘の望みも虚しく、

 「やなこった」

 と、アニーは即答した。

 実に実に楽しそうに、アニーはまたバトルアックスを振り回す。あれが当たったら冗談では済まないから、御舘も必死で逃げ回った。

 逃げているだけでは意味が無いから反撃もするが、いま一つ有効打にはつながらない。御舘としては自分かアニーのどちらかがとっとと一本とって、こんな試合は終わりにするべきであり、しかしアニーに一本取られた日には肋骨の二、三本は犠牲になりそうだから御舘が頑張るしかないのだが、あいにくアニーが甘い顔をするのは愛娘(三歳)に対してだけだった。

 その証拠に、御舘のロッドが折れてもアニーは攻撃の手を緩めない。飛び退って攻撃を避けた御舘は背中のホルスターに手をやり、いつものショートロッドを抜くと一挙動で伸ばした。


 「お、抜いたね。本気で行くよ」


 舌なめずりでもしそうなくらい、喜びの色に溢れた声に、

 「これまでだって、十分本気だったでしょうが」

 御舘がげんなりと応じる。

 それに対するアニーの返事は、猛攻だった。

 ショートロッドとバトルアックスは、基本的にリーチの同じ武器だ。そして間合いの同じ武器を手にしたら、あとは体力勝負が待っている。いくらロッドよりもショートロッドのほうが頑丈だし、御舘の手に馴染んだ武器といっても、重戦闘サイボーグが相手では分が悪すぎた。

 しかし。


 「奴お得意の武器か。あと何分だ?」

 どの場所と時代でも見物客は気楽なものだが、それはこの強制捜査課でも変わりはない。

 練習場の端で試合の模様を見ている捜査官達は、御舘の耐久時間をネタに賭けを始めていた。

 「俺は五分」

 「そこまで保つか?」

 「俺は二分以下で」

 「二分か?サカエ、あいつはおまえさんの相棒だろうに」

 「だから言っている。最初からあれを出しておけば引き分けくらいには持ち込めただろうが、今は相当に息が上がってるからな」

 御舘と同じ分班に所属する強制捜査官、横田榮の冷静な声に、アニーがにやりとした。

 「あんな事言ってるよ?」

 「冗談、でしょう」

 最初からこんな短い武器を使っていたら、今頃とっくに負けている。そこまで説明する余裕は、今の御舘には無かった。

 身につけたプロテクタの下では、戦闘服が汗に濡れて重くなっている。そろそろ体力の限界だろう。

 「それにしても、アニー、熱くなりすぎじゃないの?」

 新入りの強制捜査官、ジェシー・アリスンが自分のアックスにもたれながら言った。

 「あれって、どうみても本気じゃない。相手は生身でしょうに」

 たしかにプロテクタこそ着けているが、御舘はどこからどう見ても(センサーの波長をを切り替えてじっくり調べてみても、だ)なんの改造も受けていない生身の人間だ。それがバトルアックスを振り回す重戦闘サイボーグを相手取っているのだから、いかにも危険である。

 そんな真似をするのはサイボーグの頭に血が上っているか、生身のほうが戦闘狂か、あるいはその両方の場合だけだろう。

 いずれにせよ正気の沙汰ではない。

 だが、

 「そりゃ、本気にならないと負けるからね」

 ルイス・ホンが言い、マイク・カーニーが苦笑し、サカエが頷いた。

 「え?でも、あれ生身ですよ、ルイス」

 「そうだね」

 「しかもあの戦闘服の色だと、観測官でしょう」

 同じ強制捜査課A級チーム要員でも、観測官と強制捜査官では戦闘能力に大きな開きがある。なにしろ『いかなるときも』チームの目であり耳であることを誇る観測官たちは、たとえ頭の上を砲弾が飛び交っていてもデータ収集を第一に行動する技術職で、白兵戦のプロではないはずだ。そのくらいは、新入りでも判ることだった。

 「まさか、戦闘服を間違えて着てるってわけ……ないですよね」

 「あれでも入局十年以上のベテランだよ」

 「で、まだ生身なんですか?」

 戦闘能力が低ければ、防御力を上げるための措置が必要なはずだ。

 改造までする事例は少ないが、外部パーツを用いている観測官は少なくないし、戦闘訓練であれば常に使用している装備を身につけていてもおかしくは無い。

 まして相手はあのアニー・ホールである。

 アリスンが首をひねっているのを横目に、ルイスがにやりと笑った。

 「そうだな。奴がアーヴィングトン崩落地出身で、戦士階級の育ちで、御舘なんて名前を持ってても、生身は生身だな」

 こう答えたマイクは、心の底から楽しんでいる様子だった。

 もっともこの言葉を聴いたアリスンのほうは、楽しむよりも先に自分の耳を疑ったが。

 「アーヴィングトン崩落地って、あのアーヴィングトン?」

 「このペルシルで、アーヴィングトンっていったら一つだけだろう」

 「そりゃそうだけど。ファミリーネームがオタテですって?」

 「御舘藤吾郎雅之、がフルネームだ」

 サカエがさらりと付け加える。

 「それって、例のサムライ一族じゃないの」

 アリスンが溜息をつくのをよそに、御舘とアニーは攻防をしばし繰り返していた。


 やがて、アックスを受け流したばかりの御舘の重心がわずかにふらつき、そこへアニーが足払いをかける。

 無様にひっくり返った喉元に、ぶんと音を立ててアックスが突きつけられた。

 「一分三十二秒。サカエ、読みが当たったな」

 ルイスが言うと、賭けに負けたマイクがちぇっと呟いた。

 そんな外野に構うことなく、

 「……やはり、敵いませんね」

 御舘は素直に降参。それに

 「練習用のロッドを使っていたからさ」

 アックスを肩に担いだアニーは、満面の笑顔で返してきた。

 「こんなに楽しかったのは、本当に久しぶりだよ。またお願いしていいかな」

 「……いや、できれば、遠慮したいんですが」

 アニーに手を借りて立ち上がった御舘は、言いながらヘッドプロテクタを外す。

 サカエが投げたタオルで顎から滴る汗を拭い、続いて飛んできた水のボトルをキャッチして、その場で口をつけた。

 ボトルを半分ほども空にしてから、ようやく息をつく。

 「つれないねぇ、あんた大した腕じゃない。ぜひ付き合ってよ」

 「骨折でもした日には、五月蝿いのがいるもので」

 「もしかして、嫁さんかい?頑丈な肋骨でも注文しとけばいいじゃないの。あんたの嫁さん、専門家なんだし」

 「生身がいいと言われてるんで、改造は無理ですよ」

 ロッドの握りを拭ってから短縮し、ホルスターに戻した御舘は、さらりと言った。

 御舘の配偶者、いわゆる嫁さんは本部勤務のサイバネティクス外科医だ。たしかに人体改造の専門家ではあるのだが、連れ合いを改造する趣味は持っていない。

 というよりも、連れ合いの体にメスを入れたくないと常々言い張っている。それが事故でも起こして改造する羽目になろうものなら、激怒すること間違いなしだ。


 気の強い彼女のご機嫌を損ねたら、どうなることやら。


 想像するのはやめておこう、と御舘は固く心に誓い、ホルスターを外しながらフィールドの外に足を向けた。

 「生身がいいって、そりゃあ他の部分じゃないの?」

 いささか品の無い冗談をアニーが飛ばし、アリスン以外が笑う。

 「あいつは俺の全パーツが好きなんだそうで」

 振り向いて片目をつぶって言い返すと、似合わねえぞだの惚気るなだのと、外野で眺めていた寂しい独身男どもから野次が飛んできた。

 「あーはいはい、聞いた私が悪うござんしたよ。ドクターを敵に回すわけにいかないからね」

 ようやく諦めてくれたか。と御舘は安堵したが、

 「じゃあ、骨折しない程度にやろう。次はいつが空いている?」


 ……バトルマニアの辞書に、諦めという言葉はないようだった。

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