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オマケの詰め合わせ  作者: 雨咲はな
Be mine
5/19

デート編(世良)



 三連休の中日の遊園地は、大変な人出だった。

 せっかくの連休なんだから、みんな名の通った巨大テーマパークのほうに行くんじゃないか、そんなに大型でもない地元の遊園地なら、かえってそんなに混まないんじゃないかというオレの予想は見事に裏切られ、どこもかしこも、人、人、人という有様だった。

「すごい人ですねえー」

 と、オレの隣を歩く南が、感心するような間延び声を出した。

 前を向いても後ろを見ても、もちろんオレたちの左右両隣りだって、カップルや親子連れで埋め尽くされている。歩くのも困難、ってほどではないが、四方の視界に入るものがすべて「人」っていう状況も息苦しいもんだな、とオレは少々ウンザリしながら思った。

 しかしこの日この場所に、南をデートに誘ったのは、他でもないオレ自身なので、文句なんて言えるはずもない。

「大丈夫か、南」

 やっぱ別の日にすりゃよかったかなあ、とちょっと申し訳ない気分になって、そう問いかけたのだが、南はオレを見上げてきょとんとした。

「はい、何がですか?」

「人が多くて、疲れない?」

「平気です。こんなにもたくさんの人がいる場所にはあまり来ないので、とっても興味深いです。こういうのを見ると、日本の人口は本当に多いんだなと実感しますね」

「確かにな」

 なにしろ、人が「うじゃうじゃ」いる、という感じなのである。アトラクションの行列の長さを見ると、なおさらそう思う。どれもこれも一時間二時間待ちは当たり前だ。オレは正直そう気の長い方ではないので、九十分待ち、という札が立っている列の最後尾に並んだところで、ため息が出そうになった。

「ひたすら待つだけなんて、退屈だよなあー」

「退屈ですか、世良君」

「南は平気なのか?」

「世良君と一緒にいるとそれだけで楽しいので、退屈を感じるヒマなんてないです」

「…………」

「──と、世良君が待ち時間にグチりだしたら言えと、野間さんが」

「そこは黙っとけよ!」

 一瞬本気で照れてしまった分、ガックリ感もハンパない。野間のやつ、南にいらん知恵ばっかりつけやがって。知恵をつけるならつけるで、最後まできちんと教えていけ。

「南は絶叫系は大丈夫なほう?」

「好きです。絶叫はしませんけど」

 オレだってしない。

「じゃあ、どこを廻るかな。なるべく効率よく乗りたいし」

 どうせなら待ち時間を利用して計画を立てておこうと園内地図を広げたら、南が顔を近づけて覗き込んできた。すぐ目の前にある髪の毛から甘い香りが漂ってきたりして、ちょっとうろたえる。

「えーと」

 慌てて地図に見入るフリをした。

「ジェットコースターと」

「はい」

「ウォータースライダーと」

「はい」

「フリーフォールと」

「はい」

「ホラーハウスと」

「お断りします」

 きっぱりと言い切る南に、オレはええーと不満の声を出す。

「なんで? ジェットコースターに乗って連帯を深め、お化け屋敷でぴったり密着し、観覧車で夕日を眺めるってのが、遊園地デートの定番じゃん」

「私が言うのもなんですが、ベタですね」

「うるさいよ。いいじゃん、入ろうぜ、ホラーハウス。この遊園地のは、けっこう本気で怖いって評判なんだってよ」

「それを聞いたらなおさら入れません。私、オバケ苦手なんです」

「知ってるから誘ってるんだけど」

「すみません、意味が判りません。私には構わず、お一人でどうぞ。世良君が出てくるまで、外で待ってますから」

「南の言ってることのほうが意味わかんない。オレ一人でそんなところに入って何すりゃいいんだよ」

「思う存分、オバケの方々と戯れてきたらどうでしょう」

「あのさ南、言っとくけど、別にオレ、オバケが好きだからホラーハウスに行きたい、って言ってるわけじゃないからね?」

 結局、そこに入るか入らないかでカンカンガクガクと議論をしているうちに、気づいたらアトラクションの順番が回って来ていた。係員に「どうぞー」と手招きされて、えっ、もう? と驚く。いつの間に、九十分が経過していたのだろう。

「二人のおかげで、退屈しなかったわー」

 と、オレたちの後ろに並んでいた二十代くらいのカップルにくすくす笑いながら言われた。

 確かに、南と一緒にいると、退屈を感じるヒマがない。




          ***




 アトラクションを廻り、ぐるぐると園内を歩いているうち、オレは学校などの日常生活では知る機会のなかった一つの問題点に気がついた。

 ……南は、非常に主体性のない歩き方をするのだ。

 周囲の動きにあまり逆らわない、っていうか。たとえば前方から五、六人のグループが歩いてきたりして、そいつらが南を挟むようにしてわらわらと逆方向へと去って行くと、いつの間にか南も一緒になって反対に向かって歩いていたりする。飲み物を買う列に並んでいれば、いつまでもレジには到着できず、それどころか押されて潰されそうになったりもしている。目を離すと人の波に呑み込まれて姿が消えそうになるので、オレはそのたび、ヒヤヒヤした。

 さすがに南も、自分でそのことに気づいたのだろう。途中、目の前にものすごい人だかりが出来ている場所に遭遇して、ちょっと泣きそうな顔になった。

 そこでは、これから何かのショーが始まるらしい。子供と大人の入り混じった雑踏に、前方も見渡せないが、ここを通り抜けなければ次のアトラクションに辿り着けない。でもただでさえ南は小柄だから、これに呑み込まれたら、多分ショーが終わるまで脱出するのは不可能だ、というのは容易に想像できた。

「……あのう、世良君」

 眉を下げた困り顔が、オレを見上げている。

「うん」

「あの、お手数をおかけして、まことに申し訳ないんですけど」

「うん」

「……手を、繋いでもらえないでしょうか」

 よし、よく言った。

 実はオレは、さっきからずーっと、南の手を引いてやりたくてウズウズしていたのである。きょろきょろしてるし、人や物にぶつかるし、とにかく危なっかしくて、見ていられないからだ。

 なのになんで我慢していたかといえば、どうしても南からこの言葉を引き出してやりたかった、という理由に他ならない。普段から、南がオレに甘えてきたりすることは滅多にない。たまには彼女の方から「手を繋いで」と言わせてみたいと望むくらい、バチは当たらないだろう。

 赤い顔で南におねだりをされて(ちょっと違うけど)、オレはものすごくいい気分になった。こんなことは南と付き合ってからはじめてなので、うっかり感動しそうになったくらいだ。早速今日家に帰ったら、藤島にメールしてノロケてやろう。もちろん、前後の状況は省略して。

「いいよ」

 と表面的には余裕ぶって、オレは南に向かって手を差し出した。遠慮がちに乗せられたちっちゃな手をきゅっと握ってやる。南がさらに顔を赤くするのを見て、オレはますます上機嫌だ。

 南の手を握ったまま、人をかき分けつつ進む。思ったよりも大変な密集状態に、さすがに顔を顰めたくなった。ここだけ酸素も薄くなっている気がする。

「南、生きてるか」

 後ろを振り向いて確認すると、案の定、周りにもみくちゃにされて、南は息も絶え絶えになっている。

「はい、なんとか」

「もうちょっと他人を押しのけて歩くようにしろよ、潰されるぞ」

「はあ、私、パン生地の気持ちが少し理解できたような気がします」

 もしかして、パン生地がこねられているように押されている、と言いたいのか。大分、頭の方も発酵してきているらしい。

「オレが今、ここで手を離したらどうする?」

「死にます」

 一足す一は二です、みたいな言い方だった。

 死なれては困るので、オレはさらに自分の手に力を込めた。南の手がまるで縋るようにしてぎゅうっとオレの手を握っている。デートとはこうでなくっちゃなあ、とオレはしみじみした。

 もちろん大混雑が起きているのはショーが行われるその区画だけなので、そこを抜けたら、ぱっと視界が開けた。ようやく自由に息が出来る気分になり、油断したオレは、それまで強く握りしめていた手の力を少しだけ抜いた。

 だが、その途端、「もうショーが始まっちゃうよー」と叫びながら、三人の子供が猛烈な勢いで走ってきた。それも、オレと南の間を傍若無人にぶつかって、人だかりの中へと突進していくようなやり方で。

 ──で、気がついたら。

 繋いでいた手と手は離れ、目の前に南の姿はなくなっていた。




          ***




 オレの頭は豆腐になった。

 崩れそうになった、のではなく、真っ白になったのである。人間、思ってもない事態になると、まず思考が吹っ飛ぶものなのだ、と齢十七にしてオレは知った。

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。すぐにはっと我に返り、慌てて南を探したが、さっきの子供のようにショーの開演間近に駆けこんでくるやつらがどんどん目の前を横切っていくから、ちっともその先が見通せない。そうしている間に、人の層は厚くなっていく一方だ。南らしき女の子の姿は影も形もない。心臓が冷える。

 待て、落ち着け、とオレは必死になって自分に言い聞かせた。別にそんなに焦るようなことじゃないんだ。現代に生きる人間として、もっとも手軽な連絡手段を持っているんだから。そうだ、南のケータイに電話してみれば、それで済む話だ。

 そう思い、自分のスマホを取り出して、南の番号を呼び出した瞬間。

 ジャーン、という大音響が前方のステージ脇にあるスピーカーから飛び出した。

 歓声と拍手が沸き起こる。驚いてステージに目をやると、マスコットキャラが陽気に飛び跳ねながら登場してくるところだった。

 ウッソだろ。

 オレは眩暈を起こしそうになった。なんでよりにもよって、今この時にショーの開演なんだ。スピーカーからはものすごい音量の音楽がジャカジャカと鳴り続けている。この中で、電話の声なんて聞こえるわけがない。

 冷静に考えてみれば、そんなに慌てるような事態ではまるでないはずだった。生き別れになって二度と会えなくなった、というわけではないのだし、名前も言えない幼児とはぐれたというわけでもない。電話が駄目ならメールで連絡をとればいい。

 それは判っているのだが、この時のオレはたまらなく不安な気持ちでいっぱいだった。あのどんくさい南が、今頃オレと離れてどれだけ心細い思いをしているだろうと思うと、居ても立ってもいられない。周りがショーに合わせて手拍子を打っているその横で、オレはスマホを片手に、南の姿を探し続けた。

 胸がドキドキいってる。このまま会えない、なんてことはないに決まっているのに、嫌な想像ばかりが膨らんでいく。じっとりと、額に汗が滲んだ。

 ──と。

「世良君!」

 いきなり、後ろからシャツを引っ張られた。

 弾かれるように振り返ったら、南がぜえぜえと息を切らしてオレのシャツの端っこを力強く握りしめていた。オレの顔を見て、緊張して固くなった表情をへにゃりと崩し、はあーと大きな息を吐いた。

「あー、よかった。二度と会えないかと心配しました」

 オレのシャツを握る手は、少しだけ震えているみたいだった。




 ようやくのことでステージ前を離れ、オレと南は目指すアトラクションへと向かった。もうはぐれる心配はないのだけど、どちらからともなく手を出して、繋ぎながら歩いた。

「世良君の姿が見えないだけで、こんなに不安になるとは思いませんでした」

 と、南が足を動かしながら、少し照れくさそうにそう言った。オレも、と口に出すのはちょっとだけ恥ずかしくて、心の中だけで返事をする。

「携帯電話は便利ですけど、いざ使えなくなると、動揺の度合いが余計に大きくなるというか」

 うん、オレも動揺した。

「普通に考えればそんなことはないと思うんですけど、万一不幸な偶然でも重なって、このままずーっと世良君に会えなかったらどうしようって」

 オレも。

「それで、迷子センターに行って、園内放送をしてもらおうと思ったんですよね」

「…………」

 いや、オレにはその発想はなかった。さすが南。ていうか、高校生男子に迷子の呼び出しをかけるのは、お願いだからやめて。

「そうしたら、世良君を見つけたんです。本当に安心しました。また会えてよかった、嬉しいです」

「……うん」

 南の言葉には、いつだって嘘がない。一瞬だけためらって、

「オレも」

 と、ようやく率直に答えた。

 答えてから、途端にやっぱり恥ずかしくなった。

 南といると、いつもこうだ。振り回され、ペースを乱され、調子を狂わされる。

 オレばっかりがこうなのかと思うと悔しい。気を取り直し、オレも負けずにやり返すべく、握った手に力を込めながら、からかうように南を見た。

「じゃあ、離れてた時、南の頭の中は、オレだけでいっぱいだったんだな。いつもそうだといいのにな」

 だけどオレの意図に反し、南は驚かなかった。照れもしなかった。ぱちりと瞳を瞬いて、オレをまっすぐ見返した。

「私はわりといつも、世良君のことばかり考えてますけど」

「…………」

 不意を突かれて、黙り込む。せめて笑いながら言えばいいのに、南は真顔のままで、なおのことどうすればいいのか判らない。

「……それも、野間に教わったの?」

「いいえ、これは違います」

「…………」

 すみません、負けました。

 振り回されようが、ペースを乱されようが、調子を狂わされようが、オレ自身がそれを楽しんでいるのだからしょうがない。オレは少し赤い顔で息を吐いて、握っている手に自分の指を一本ずつ絡めた。

 人が多くても、誰がぶつかってきても、もう離れていかないように。

 大混雑の遊園地っていうのも、これはこれで悪くないかもなあ、とオレは思った。



      ***



 ──で、その日の夜。

 オレは藤島に電話して、南とのデートのあれこれを話して聞かせた。メールだととんでもない大長文になるだろうからと気を遣って、わざわざ電話にしたっていうのに、話の半分もいかないところで、藤島は通話を乱暴にブチ切った。

 友達甲斐のない男である。




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