友人Aの独り言(1)
俺の友人、加納は、誰もが認めるイケメンである。
しかし、中身は違う。
誤解をしないでもらいたいんだけど、それは、「綺麗な外見をしていて実のところはクズ野郎」、という話じゃない。そして、「自分の容姿がいいのを利用して次から次へと女の子たちを毒牙にかける」、という話でもない。いっそそういう性格であれば、加納の人生というのはずっと薔薇色で、本人も楽だったのかもしれないが。
俺が言いたいのは、要するに、「際立ったイケメンの中身がものすごく普通」についての不幸、ってことだ。
そう、そうなんだ。加納ってやつは、外見だけは相当イケているのに、一人の男としてはどこまでも普通のやつなんだ。小っちゃい頃からその顔で生きてきて、むしろそうなるほうが難しいんじゃないのか、と疑問に思うくらい、普通なんだ。いや、それは中学の時からの古い付き合いである俺の贔屓感情がそう言わせているのであって、実のところ客観的に見たら、かなり残念なほうに寄っているかもしれない、と思わざるを得ないような男なんだ。
顔はいいがデリカシーがない。スタイルもいいが運動だってそんなに得意じゃない。好きなことには熱中するけど興味のないことは見向きもしないから、昔から成績も偏っていた。外でサッカーやバスケをするよりも、家にこもってゲームをしたり黙々とモノを作ったりしているほうがいい、というタイプ。
工業高校だったから女の子には慣れておらず、どうすれば楽しませられるのか、どう言えば喜ばせられるのか、どう立ち回れば好感度を得ることが出来るのか、ってことが、まったくわかっていない。わかっていたとしても、それを実行できるスキルがない。そのくせ打たれ弱くて、フラれたりするといつまでもズルズルと引きずる性格の暗いところもある。……いかん、友人ながらちょっと不憫すぎて泣ける。
いや、でもさ、それはわりと、「普通」だよな? 誰にだって長所があり、短所がある。外交的な人間が百人いれば、人見知りしてしまう人間だって、同じくらいいる。そんなのは当たり前のことだし、決して誰からも責められる筋合いのことじゃない。
でも、加納の場合は責められる。
誰にって、異性にだ。
スポーツ万能じゃないのも。
成績優秀じゃないのも。
明るく爽やかな性格じゃないのも。
女の子を上手にエスコート出来ないのも。
それらすべてが、「イケメンなのに」という一言で、否定されてしまうわけだ。否定される、っていうか、そんなの変でしょ、と思われてしまう。ここまで整った顔立ちをしていながら、なんで中身が伴っていないんだ、と言わんばかりに。
一言で言うと、「期待外れ」。加納の見た目だけで寄ってきた女の子たちは、ほとんどがみんなそうやって、勝手に期待し、勝手に失望して去っていった。
本人には、そりゃしんどいことだっただろう、と思う。これは友情抜きで言うけど、加納は決して悪いやつじゃない。基本的に真面目だし、男友達も多いし、あまり表には出ないだけで、優しいところもちゃんとある。
なのに、見た目だけが抜きんでて優れているために、他のところがそうじゃないからガッカリなんて、ひどい話さ。こいつはもっと平均的な容姿で生まれてきたら、今よりもずっと幸せだったんじゃないかと、俺は何度も思ったものだ。
かといって、顔なんて、性格以上に、自分で変えられるもんじゃないしね。いつか、こいつの外側だけじゃなく、内側のほうに好意を寄せてくれる女の子が現れるといいなと、友人としてはただ願うばかりだった。
……まあ、その内側のほうで好きになってくれる子がいるかどうかは、はなはだ疑問なんだけど。
***
そんな加納から、「彼女が出来た」と聞かされて、俺は喜び半分、不安半分、といったところだった。
今までもこういうことがなかったわけじゃないけど、その付き合いは、いつもあんまり上手くいったためしがない。大体は、加納の容姿にふらふらと引きつけられ、この際中身のほうは我慢して目を瞑ろう、と考える女の子ばかりだからだ。
「思った以上につまんない人ね」などと言われて、深く傷つく友人の姿は、もう見たくない。そしてもっと言えば、そのたび飲みに付き合わされて、本人はウーロン茶なのに俺ばかりがどんどん酒を重ねて悪酔いすることもしたくない。
だったら飲まなきゃいい、って? けどね、いいトシをした男が、目の前でぐすぐずと泣き言を繰り返し、しかもそいつがイケメンだからって、店中の女の子の非難の視線が自分に突き刺るんだ。その状態で、素面でいられる人間、そうはいないぞ。
そんなことになる前に、この目で確認してやろう、というお節介な気持ちも手伝って、少々強引に引き合わせてもらったその「彼女」を見た時の、俺の感想といえば。
──あ、こりゃダメだ。
というものだった。
俺は加納に比べれば、まったく並程度の容貌である。中身だってそんなにいいわけじゃない。そういう意味では、俺と加納は似たり寄ったりだ。
でも、俺は加納と違って、かなり要領のいいほうなのだった。空気を読むことにも長けているし、相手に合わせて自分の態度を変えることも苦もなく出来る。何をどうすれば女の子が喜ぶか、ってことも承知しているし、適度に自分というものを良く見せる方法も知っている。
だから、男女交際というものについて、俺は加納よりもずっと経験を積んできている。付き合った彼女の数もまあまあ多いし、その分たくさん失敗もしたし、そこそこ修羅場だってこなしてきた。それらから得てきた「女の子を見る目」を、多少は持っているつもりだ。
その俺から見て、この女の子はダメだ、とすぐにわかった。
確かに可愛い。確かに美人だ。甘い声、頼りなさげな仕草が、男の自尊心をくすぐる。困った時に傍らに向ける、縋るような視線も、いたく庇護欲をそそられる。加納のような、実は初心なところもある男の気持ちを引くものを、彼女は十二分に持ち合わせていた。
けど、この手の女の子はダメだぞ、加納。
「カッコイイ見た目のわりに、すごく飾り気がなくて、そこが好きになったんです。そばにいると、安心します」とはにかむように微笑む彼女。隣にいる加納は、はじめて言ってもらったのだろうそんな言葉に、明らかに浮かれている。ようやく、顔だけじゃなくて自分自身を好いてくれる子と巡り会ったんだ、とでも思っているんだろう。大事にしないとな、という健気な決心を固めているのが、ハタ目にもはっきりと見えるくらいだった。
……うん、いや、違うから。
非常に気の毒だが、それは違う。
実際、彼女が加納に向ける好意に、嘘はないんだろう。中身が外見に沿っていなくても気にしない、というのも本音なんだろう。
けど。
たぶん、彼女が好きなのは、加納よりも彼女自身だ。
加納の人柄に惹かれた、っていうのとは違う。極論すれば、加納の中身がもっと下種でもロクデナシでも、彼女は付き合いを申し出ただろう。彼女が言うのは、そういう意味での、「気にしない」だ。加納が好きというより、加納といる自分、が好きなんだ。
喫茶店の窓に映る、自分と加納が並ぶ姿をちらっと見ては、満足そうな顔をする彼女に、俺はちゃんと気づいていた。他人から、いかにも美男美女のカップル、と羨むような目を向けられることに、無上の喜びを感じているらしいことにも。
他者の目を通してしか、自分の価値を見つけられない、っていう人間はけっこういる。
彼女にとっちゃ、加納は自分を飾りたて、引き立てる、アクセサリーの一部でしかない──というのは辛辣すぎる意見だろうか。
言っちゃなんだが、これならまだ、顔が気に入って、それから中身のほうも好きになろうとした今までの彼女たちのほうが、よっぽど可愛げがある。
でも、加納はわかってないんだろうなあ。なんだかんだ言って、加納は嘘のつけない、正直で単純で健全な思考の持ち主だ。だからあまり人を疑うこともしない。彼女の言葉を、ただそのままストレートに受け止めているんだろう。
女の底知れない怖さをまったく理解できない人間に、何を説明しても無駄だろうな、と俺は諦めと共にため息を落とすしかなかった。今の状態で、人の忠告なんて耳に入るとも思えない。
「……じゃ、頑張れよな」
とりあえず、力ない励ましの言葉だけかけて、俺は二人の前から立ち去ることにした。
まあ、これも試練だ。男なんてもんは、一度や二度は痛い目を見ないと、女を見る目は養われない。せいぜい振り回されて、あれこれ毟り取られて、ボロボロにされるといいさ。
この時点で、いつか自分が思いきり悪酔いするであろう未来を確信して、いいよそれも友情だよと、俺は深い息を吐きだした。
***
そういう事情だったので、「彼女と別れた」という話を加納から聞かされても、俺はさほど驚かなかった。
予想よりは早かったけど、期間が長ければ長いほど加納は疲弊していくだろうから、まだしもよかったかもしれない。聞けば、他に好きな男が出来たからと、あっさりフラれたのだという。どうせ二股をかけられていたんだろうけど、それは口にしないでおいた。
「なんか、噂では、相手は青年実業家だって」
電話の向こうで口数少なく報告する加納の声を耳に入れて、俺はふん、と鼻先で笑った。
青年実業家ね。察するに、そっちはあまり見た目が良くない男だな。顔か、金か。どちらがより自分という存在を輝かせてくれるのか、どちらがより他人から羨まれるのかと、彼女は二人を天秤にかけたというわけだ。
「……大丈夫か?」
つい、心配になって訊ねてしまう。加納というやつはアホなところも大いにあるが、それでも俺にとっては大事な友達だ。延々と続く愚痴を聞くのは正直言って鬱陶しいが、我慢しよう、と腹をくくった。
「ああ、大丈夫。いや、ま、ショックを受けなかったといえば嘘になるけど」
だが、加納からは、意外にもそんな返事が返ってきた。ん? と俺は首を捻る。
強がっているのかなと思ったが、声の調子はまんざらカラ元気というわけでもなさそうだ。
このヘタレが珍しい。
よくよく聞いてみれば、加納には最近、「失恋仲間」なるものが出来たのだという。そいつと二人で、いつか立ち直ろうぜと互いを励まし合っている、だからあまり沈まないでいられる──とのことだった。
「なんだそりゃ」
噴き出してしまう。失恋仲間なんて情けない名前の友達を作って嬉しいか?
きっと、会社の同僚の男とか、そういう関係のやつなのだろう。住んでいるところも近いから、よく遊びに行ったりもしているらしい。たぶんそいつも、顔のわりに女に恵まれない加納を哀れに思って付き合ってやっているのだろう。イケメンだが、こいつに男友達が多い理由はそういうところにもある。
「俺もいつか混ぜてくれよ。三人で飲もうぜ」
加納は下戸だから、他に飲めるやつがいてくれたら、俺も嬉しい。そう思いながら気軽に言うと、電話の向こうで、加納は「あ、いや」と複雑な声を出した。
「でも、ワコがなんて言うか……それにお前、けっこうモテるし……二人の気が合ったりしたら、俺もそれはちょっと面白くないっていうか……」
「──ワコ?」
笑みを引っ込めて問い返す俺に、加納はもごもごと言い訳をして、電話を切ってしまった。
スマホの黒い画面を見つめて、俺はしばらく唖然とする。
あのアホ。
まさか、その「失恋仲間」は、女の子なんじゃないだろうな。
おまえ、どんだけデリカシー皆無なんだ?!