夏 - 26
「一回戦は中光が打って追い越せた、だから二回戦も俺は登板出来た。だろ~」
「俺だけじゃないですよ」
「流れを掴んだのは中光のヒットさ。本当はなかった次の試合を俺はやってる、だから負けたらどうしようじゃないじゃなくて、勝てたら良いなぐらいでプレーしてくれよな~」
いつも通りの落ち着いたしゃべり方で、初めて石中に面と向かって感謝された気がした。
「じゃあ、今日はちゃんと休めよ~」
そして石中は後ろ手を振りながら、さっさと立ち去っていく。
「……気恥ずかしくなったんだろう」
沼山もボソリと呟いて、後に続いていった。
「……勝てたら良いな、ねえ……」
それだけ楽に試合に臨めるだろうか、雄一は首をかしげながらも片付けに戻る事にした。
まだ空はぼんやりと明るい夕暮れ時、帰路についていた雄一は特に意味もなく、ふらりとコンビニに立ち寄っていた。
いや、なんとなく彼女がいる気がして足を向けていたのだろう、実際彼女はそこにいた。
「先輩?」
「ふらふらしてると万引きと間違われるぞ」
朝と変わらない服装の早希は菓子類の棚の前でうろうろしていたが、特に目当てのものがあるようでもなく、端から見ればやや不審に見えた。とりあえず互いに互いに軽い買い物をしてから、二人で店を後にする。
「宿題したのか?」
「ご心配なく、先輩もちゃんと練習したんですか?」
「ほどほどにな」
いくつか言葉を交わすが、互いにもどかしい雰囲気が感じられ、探りあうように無言になってしまった。
「あ~、なあ」
やがて、いつぞやの公園の前を通過しようとした時、雄一が意を決して切り出す。
「なんですか?」
「分かんねえよ、先輩が引退した時にどうすればいいかなんて」
それは早希が今朝した質問の答えになってはいないだろうが、彼が出せる最大限の答えでもあった。「……」
「その、結局先輩は先輩なりに覚悟を持って部活をやってる。もし引退になっても悲しみはするがちゃんと受け入れると思うんだ。なら他の人間が慰めたり気にしたりする必要なんてないんじゃないかって」
傷ついているなら慰めも必要なのかもしれないが、三年生にとって部活を引退するというのは必ず通る道である。
それは後輩には経験のない事で、いくら考えを巡らせても同情など出来ないだろう。『先輩』として情けない解答だと、溜め息混じりに頭を掻く雄一。
「……ですよね」
そんな彼を見た早希の反応は呆れるではなく、軽く苦笑しながらも共感を示してくれるものだった。
「やっぱり、分からないですよね。先輩にかける言葉なんて」
「やっぱりって、なら聞かなくて良かっただろ」
「いえ、聞かないと納得出来なかったと思いますから」
早希は少し歩く速度を早めると、僅かにこちらに振り返ってこう言った。
「先輩はそんな事を考えずに、試合してくださいね」
「ん、ああ」
雄一の返事に早希は頷くが、その態度はどこか寂しげに見えて、雄一は無意識に呼び止めようと声を発した。
「っ、お前は見に来ないのか?」
「はい?」
「明日の試合……まあ、暑いし慣れてないと球場はいづらいかもしれないけどよ」
「はあ……」
なんで急にそんな提案をしてきたのか、とでも思ってるのだろう。
「……誰も、負けると思ってないからな」
「え」
「試合をしている間はな」
早希に見に来て欲しいと思った訳ではない。
ただ、今の彼女をこのまま見送るのがなぜだか嫌になって、咄嗟に出た言葉であった。
「ん、じゃあ俺帰るわ」
「え、あ、はい」
明日試合をするのは自分だ、他人を気にしている場合ではない、雄一は早く休んで明日に備えるために、早希に別れを告げてその場を立ち去るのだった。
「負けるとは思ってない、んだ」
去っていった先輩を見送ってから、早希は彼の言葉を思い出して、少しの間思案していた。
三年生は引退する覚悟は出来ているが、負ける気はない。
自分はそんな事も分からず、ただ結果だけを気にして見ていた気がする。
「……なんか、悔しいかも」
早希はそう呟いた後、スマートフォンを取り出して、ある相手に電話をかけた。
それはある行動、雄一の言葉を受けて彼女が取る事にした、衝動的な行動であった。




