夏 - 25
飛んでくるボールを打とうとするが、甲高い音が虚しく響き、打球は中途半端なフライとなって石中の手前に落ちる。
「……捉えられないか?」
沼山に尋ねられ、雄一は軽く首を捻りながら、
「さすがにあんな球を投げるピッチャーはいないでしょう」
「……どうかな」
山なりのスローイングを直接打ち返しすのは思った以上に難しく、当てるので精一杯だ。
「オーケーもう良いだろ~」
石中が打ち返されたボールを拾いながらそう言って、一風変わった練習は終了した。
「これ、どういう練習なんです?」
「バットコントロールを鍛える目的で、プロの誰かがやってるって言っててな~、どんな感じだった?」「初見であの軌道の球を打ち返すのは難しいですよ」
「まあな~、でも中光なら出来ると思ってたんだぞ?」
マジですか? と聞き返しす雄一に、石中は汗を拭いながらそうだと答えて、
「ピンチヒッターは基本一打席勝負だから、難しい球にも反応するかなって」
そう言われて雄一はグッと息を飲む。つまり石中はスローイングの球をちゃんと打ち返す事を期待していたのだ、なんとなくチャレンジした事を後悔する。
「……あまり余計な事は考えて打席に立つなよ」沼山がボソリとそう言って、先に引き上げていく。
「はは、それだけじゃ何を言いたいか分からないだろ~」
「石中さん?」
「なんか今日の中光はふわふわしてるように見えたんだ。スタメン落とされてショックだったとか?」「いえ、そういう訳じゃ……」
まさか早希の言っていた事を気にしているのが顔に出ていたのだろうか。
思わず頬を触って狼狽えてしまう雄一。
「雄一にはまだ来年がある、全部かけて結果残さないといけないなんて思うなよ~」
「え?」
「三年のための試合じゃなくて、水美野球部の試合なんだ。先輩がどうとか、いくら気遣われたって何も変わらないからさ」
石中なりに、雄一が抱いていると思っている杞憂を紛らわせようとしてくれてるのかもしれない。
「……そこまで他人の事考えてると思います?」
「雄一は色々考えてるだろ~? ベンチでも打席でも、ぶつぶつと」
「え、何の事です?」
自覚はないが、そう見えていたのならそうなのだろう。
試合前日に後輩の言葉をいつまでも気にしていてどうするんだ、切り替えろと頭を拳で小突く雄一。「出来る事は限られてんだ……俺は投げて抑える事しか出来ない、だからまた投げるチャンスをくれた中光には感謝してるんだぜ~」
そんな時だった、石中が不意に雄一を誉めるような事を口にしてきたのは。




