夏 - 24
「……とまあ、二失点で完投、安定感は健在のようです」
三回戦のミーティングにて、対戦相手の試合を観戦し分析を担当した三年生の説明が終わり、部室にはにわかに重い空気が漂い出す。
「やっぱ個人なら県内トップクラスだなあ、前山は」
椅子にもたれるように座った稲田が部員の多くが思っていたであろう感想を口にする。
水美野球部の次の対戦相手は安喜第一、以前練習試合で中盤までパーフェクトに抑えられた好投手の前山賢太郎擁する今大会のダークホースであった。
相変わらず前山は調子が良いらしく、次の試合は点を取るのが難しい事は目に見えていた。
「んまあつまり、一点が重くなるっちゅうこっちゃ。出塁する事を一番に考えてプレーせい」
監督の言葉に部員達が威勢良く返事をする。
「んじゃあ明日のスタメン言うけん、よく聞いとけえ。一番センター青山ぁ」
「はいっ」
選ばれたメンバーは今までと変わらずレギュラー勢、変わったところは三番だった畑川が七番に、五番の稲田が三番に、七番の乃村が五番に打順変更したくらいか。
「とにかく粘る事を考えい。打てんスライダーわざに狙ってやらんでも良いけん」
監督も明日は簡単に打てると思ってないらしい、その上で勝ちにいくという強い気持ちを高める部員達。
「ベンチ組も、よう試合見とけよぉ、いつ使うか分からんけんのお」
「はいっ!」
雄一を初め控えに回った部員達がすぐに返事をする。
(俺のやる事は多分、代打。慣れてる事だろ)
二回戦はスタメンに抜擢されたが、やはり打てなければ外されてしまって当然だ。
ミーティング後は基礎練習をこなし、今日の練習は終わりとなり、雄一はバッティングに力を入れて上がった息を整えながら用具を片付けようとする。
「お~い、中光。それ拾ってくれ~」
そこに声をかけてきたのは明日先発に選ばれた石中、スローイングの練習を沼山とやっていたらしい。「まだ続けるんですか?」
「軽くな~、あ、そうだ。ちょっとこっち来てくれ」
転がってきたボールを拾ったところで呼ばれ、雄一は怪訝そうな顔をしながら駆け寄っていく。
「何ですか?」
「俺が投げるから、中光は打ち返してみてくれ」
「え、投げるって、スローインをですか?」
もう日も暮れそうだというのに、なんて考えを悟られないように、言われるがまま石中から距離を置いてバットを構え、沼山がボールのキャッチの役を担う。
(ただの気まぐれか?)
あまり深い意味はないのだろうと思いながら、雄一はエースの先輩の遠投したボールを待ち受け、そしてバットを振った。




