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夏 - 21

 刺すように強い朝の日差しが照りつける県営の陸上競技場、早希は熱を溜め込んだスタンドの椅子にタオルを敷いて腰を下ろしていた。

「あっつ~、溶けちゃうよねこんなの~」

 パタパタ手で顔を仰ぎながら、横でエリナが嘆きの声を上げる。

「焼けるって方が合ってない?」

「暑すぎると焼けるを通り越しちゃうじゃん~」

「どう違うのよ」

 今大会は地区大会を突破した選手だけが出場出来、水美陸上部からは三年生の町谷と茶野が選ばれている。

 下級生は応援として参加しており、大会が始まるのを会話などで時間を潰して待っていた。

「……ちょっと、トイレ行ってくる」

「分かった~。暇だから早くね~」

 じっとしているのもなんなので、早希は立ち上がって屋内にある御手洗いを探す。

 他校の生徒逹の間をすり抜け、最寄りのトイレに入ると、早希は見覚えのある人物の姿がある事に気づいた。

「お、誰かと思ったらスズっちやん!」

 その人物は目が合うや否や大きな声で話しかけてきて、ズンズンこちらへ近づいてきた。

「あ……赤根屋あかねやさん、だよね?」

「なに他人行儀な言い方してんねん、いや~にしても久し振りやなほんま、元気やった?」

「まあ、ね」

「なんか色々話したなってきたわ~、はよ出ようで」

「ちょっと、私まだしてないんだけど!」

 急かされるように事を終えた後、早希は屋内にあるロビーのベンチに腰を下ろし、赤根屋を改めて一瞥する。

「大会、出るの?」

「せや、うちの学校は各学年一人ずつ、何かの競技に出るんや」

 暑苦しいくらい明るい笑顔の赤根屋、丘道おかみち東の陸上部ユニを纏った彼女の体は全体的に以前見たときより一回り大きくなっているようで、特に脚は力強さを感じられるたくましいくらいの引き締まりがあって、思わず目を奪われた。

(あれから短期間でこんなに……?)

 慌ててジャージの上から自分の足を手で掴み、次に赤根屋の肉付きのよくなった太ももに触れる。

「ちょっ、いきなり何してん」

「あ、ごめん。すごい筋肉ついたなって思って」

「スズっち、それ太ってるって言いたいんとちゃう?」

 やめてーなーと笑いながら肩を叩いてくる赤根屋、中身の方は前のままらしい。

「一年はとりあえず基礎をつけろ言われてなー、つまらん筋トレの毎日やったんやで」

「筋トレ……そうなんだ」

「せっかくのスレンダーな体格が台無しやわ、ほんま先輩逹恨むわ」

 そう言う割には楽しそうに話しているように見えるが。

 一方早希は内心呆気に取られていた。

 同じ一年で、同じ長さの時間を経てきたのに、ここまで体つきに違いが出るものなのかとショックを受けていたのだ。

 自分もそれなりにトレーニングしてきたつもりなのに、確実に差がついてしまっている。

 そんな赤根屋が出る大会に自分は観客として訪れていても何もおかしくはないなと、早希は思わず溜め息をついてしまっていた。


「三年生はピリピリしてて近づきにくうてなー、逃げてきたんや」

 屈伸をしながら赤根屋が舌をペロリと出して自白する。

「大丈夫なの?」

「へーきやって、こうやって準備はしとるんやし」

 レース前だというのに彼女には全く緊張している様子がない。

 ちゃんと走れるかどうか、体調は万全か、普通嫌でも気になるであろう事が彼女には微塵も存在していないように見えた。

「余裕、なんだ?」

「なに言うてんねん、これでも必死なんやで? ごっつ緊張してるんやで」

 気持ちの良い笑いをしながら言われても説得力がないが、レース前でもいつも通りに振る舞えるのは彼女が只者ではない証拠なのかもいれない。

「……私、走る訳でもないのに、なんか不安なの」

 気づけばそう呟いて、早希は赤根屋に今朝から抱えていた心情を吐露していく。

「三年生の先輩は、めし今日勝てないと、最後の大会になるの。そう思うと、なんだか落ち着かなくて……」

「はあ、なんで?」

「え、わからないけど……」

「変わってるな~スズっちは、そりゃ先輩が勝てるかどうかは気になるけど、それって贅沢やあらへん?」

 赤根屋から思わぬ返しをされて、目がきょとんとなる早希。

「やって、それだと最初っから先輩が勝てる思えてへんみたいやない?」

「そ、そんな事は……」

 思わず核心を突かれたような気がしてハッとする早希。

 自分は先輩が勝つ姿より、勝てなかった姿の方が現実的だと思っていたのかもしれない。

 だから先輩が負けた時にどうすればいいかなんて不安を抱いていたのか。

「あっはっはっ! 真面目やな~」

 さらにもやもやが募ってきた時、赤根屋は一際大きく笑ってそんな事を言ってきた。

「え、きゃっ!」

 顔を上げたところで早希の頬に冷たい何かがぶつかり、思わず声を漏らして上半身を仰け反らせる。

 見ればそれはスポーツドリンクの入ったペットボトルで、赤根屋は片手で掴んで手渡すようにこちらに向けていた。

「前におごってもらったやん? これ飲んでリラックスしてや。何思うても、レースは始まるんやで」「え、ええ……」

 赤根屋の言う通り、自分は所詮見る側であって、走るのは先輩だ。

 先輩が走って、その結果を受け入れるしかない。

 開会式に参加するために去っていった赤根屋から貰ったスポーツドリンクを少しだけ口につけてから、早希は意を決して立ち上がり、エリナの待つ観客席へ戻る事にした。


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