春 - 8
「なんだよ、突っかかってきやがって」
名も知らぬ後輩に練習態度について軽く非難された雄一が、モヤモヤとした気分を胸に渦巻いていると、
「お、珍しいな。女子口説いてやがるとは」
横合いから聞こえた声に不機嫌だった顔を今度は鬱陶しそうなものに変化する。
「からかわないでくださいよ、麦根先輩」
声の主は一学年上の麦根。言わずとしれたスタメンの常連で、一年秋からチームの主力選手である。
「練習漬けの寮生と違ってお前は好き勝手に出来る時間が多いんやから、今の内に遊んどけよ。大会始まったら試合の事しか考えられないんやぞ」
「いえ、俺はベンチに入れるか微妙なんで……」
「どの口が言ってるんや、前の試合打点上げとったやろお前」
遠慮がちながら本音を告げる雄一だったが、引き下がらずにすぐに反論してくる。
「一打点、しかも4打席でヒット一本ですよ? それくらいで…」
「けどランナー背負っての打席は最後だけだったんだろ? お前、分かりやすいくらいチャンスでは強いよな」
ストレートに自分の選手としての特徴を言われ、なんだかむず痒くなる雄一。
「たまたまですよ。たまたま打てた時がチャンスだったんですよ」
「またそれか、いい加減自分の実力を見極めろっての。自惚れよりはマシだが、ネガティブ過ぎても得はないぞ」
評価してくれるのはありがたいが、やはり買いかぶりだと思った。結局適当な相槌を繰り返してその場から離れ、部活を終えた。
(くそ、なんかムカつく)
頭の片隅に、名も知らぬ陸上部の女子との口論を気にかけモヤモヤとしながら。