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夏 - 18

「交代するかってさ」

 広岡のフォアボールに続き、乃村のセンター前タイムリーで水美が勝ち越した直後、ベンチからやってきた伝令の関山に伝えられた監督の言葉に、マウンド上の矢花は複雑そうに顔を歪めた。

「お、矢花がすぐに頷かないなんて珍しいやんか」

「ん~、今更なんだけど、俺背番号一を背負ってるんだよな」

 矢花はマウンドに集まってきた内野陣と継投する筈だった井涯に向けて、そんな切り出し方で話始める。

「正直、やる気を出して今まで練習やってきたかって言われれば、ノーだよ」

「まあ、そんなの分かっ……分かってます」

「そうだろ?だからこんな事言っても仕方ないかもしれないけど、意地を張るなら今だと思うんだよな」 

 矢花はロジンバックを弄びながら、独り言のように続ける。

「お前達に点をとってもらったのに追いつかれて、やっぱり俺は大したことないピッチャーなんだよ」

 けどよ、と付け加えて、彼は告白する。

「最後くらい、ワガママさせてくれないか。このままじゃ、終われないさ」

 矢花の静かながらも意思の込められた言葉に、チームメイトはしばし沈黙する。

「今更かいな。ほじゃもっと前からやっとけや」

 それを破ったのは劉、いつも通り先輩相手にタメ口で言葉を返してみせた。

「珍しく悔しかったんじゃろ」

「……ああ、悔しいな」

 そう答えた矢花の内心には強い強い感情が渦巻く。

 もう少し正確に、もう少し力強く、もう少し粘って投げれていれば。

 悔しいの一言が頭の裏で響き、自然と彼に歯を食い縛らせる。

「……井涯、譲ってくれるか?」

「はっ……はい?」

「俺にもう一人、投げさせてくれないか」

 ベンチが井涯に継投しようとしているのを察し、矢花は外野から駆けつけてきた井涯に尋ねる。

 だが井涯が断れる筈がない、今の矢花はチームメイトが一度も見たことのない気迫が体から立ち上ぼり、マウンドを譲りはしないという本音が隠しきれていないのだから。

「……当たり前だっ……ですよ。先輩がやりたいようにしてください」

 本当は自分が投げたかっただろう井涯は、声を詰まらせながらマウンドを矢花に任せる。

「ありがとな」

「おっしゃお前ら、もう一点もやらん。守り切るけんのお!」

 おーしとナインが雄叫びを上げ、守備位置に戻っていく。

「……抑えてみせる」

 ロジンバックを手にとって、矢花はバッターボックスを見つめる。

 このバッターを抑えれば、まだ試合は分からない。神経を研ぎ澄ませ、ボールを持つ手に力をこめ、矢花は決意した。必ず抑えると。

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