夏 - 16
「うおあ、やべっ……!」
落下点を見誤り、平凡なライナーを後ろへ逸らしてしまい、慌てて打球が抜けた方を向く雄一。
「……んんっ!」
だがセンター青山が素早く回り込みながらボールを捕球すると、無駄のない俊敏な動きですぐさま二塁へ送球する。
バッター井涯は全速力で二塁に向かって走っていたが、ボールはそれより早くノーバウンドでセカンドに入った宮原のグラブに収まり、井涯を刺す事に成功する。
「おおおー!」「ナイスカバーアオ!」
チームメイトが捕殺をマークした青山を称えながらベンチに引き上げていく。
「次は逸らすな?」
追い抜いていった青山にそう声をかけられ、雄一は「はいっ」と短く答える。
そしてベンチに戻ったところで今度はピッチャーの臣川に呼び止められ、振り向いたところで胸元に握り拳を押し付けられる。
「被安打一がついちまったじゃねーか。もう一本ヒット打ったらチャラにしてやる」
雄一の目測の悪さでヒットが記録されたのが気に入らない様子で、やや強い口調でそう言ってから、投球練習するため離れていく。
「っ、悪かったって」
「あははは、確かにあれは九割ぐらい雄一のエラーだね」
その様子を見ていた乃村がせせら笑いながら話し掛けてくる。
「……分かってるって」
試合は四回表に進み、水美の攻撃は一番青山が四球、二番宮原がセーフティ気味のバントを三塁手がもたついた事で成功させ、三番畑川は初球の浮いた球をレフト前へ引っ張ってノーアウト満塁の大チャンスが訪れる。
「頼みます沼さーん!」「ひっくり返せー!」
ボルテージが上がる水美ベンチ、だが雄一は口元を結んで表情を険しくさせた。
「ヘボ守備の汚名返上するならこの回かもな」
いつの間にか怪我の治療を終えて横に座っていた麦根が、暗に守備を非難するような言い方で話し掛けてくる。
「っ、足大丈夫ですか?」
「そんな事どうでもいい。それより分かってるよな。こんな大チャンスが来たら、最低でも逆転しないとダメだって」
満塁は一見これ以上ないチャンスだが、見方を変えれば点を取って当然、とれなければダメとも言える。
それに塁が埋まっている状況は守っている方としてはフォースプレーになるため守備しやすい。
故に攻撃する方も楽観視出来ないのだ。
「で、逆転するって事はビッグイニングになる。だったらお前にも回ってくるぞ」
「……分かってますよ」
この回に雄一に打順が回るとすれば、打線が繋がってチャンスが広がった場面だ。
(……回って、くる)
先輩達の実力なら、高い確率で逆転し、繋いでくれる。
そして自分に打順が回ってきたら、その流れを断ち切ってはならない。
三年麦根の代わりに送り出された自分だからこそ絶対に。
(……回って、こい!)
静かに緊張と集中力を高めるように目を険しくして彼が見るのはバッターではなく、マウンドのピッチャー矢花。自分が対戦する事になるであろう相手の情報を読み取ろうと、鋭い視線を飛ばしていた。




