夏 - 15
「ピッチャー、石中君に代わりまして、臣川君」
三回裏、水美はエース石中から背番号十の二年生投手臣川へと選手交代を行う。
「っ~~~」
投球練習を終え、臣川は視線を落とし肺から熱い息を吐き出す。
「球走ってるよ! 思い切ってね!」
駆け寄ってきた乃村の声に臣川は顔を上げ、
「……俺は喜んでるから、飛ばしていくぞ」
「どうしたの急に」
「俺は早く試合に出たかった。だから石中さんが早く降板して、本心は嬉しさの方が勝ったぜ」
「わざわざ言うって事は、石中さんを気の毒に思ってるんでしょ?」
「ん」
乃村の言葉に思わず声を詰まらせる臣川、確かにエースの先輩からこんなに早く継投する事になると思っておらず、石中が消沈しているのではと気にはなっていた。
「引き継いだんだから、今のエースは君だよ。エースは結果でチームを盛り上げないと。気にしてる場合じゃないよ?」
「っ、分かってるって。だから喜んでるって言っただろ!」
強がっているつもりでまだ申し訳なさが心に残っていたのだろう、臣川は首を数回左右に振って、緊張感を取り戻す。
(そうだ、今だけは俺がエース、チームの勝ち負け握ってんだ……!)
どうしても上回れない先輩がいても、諦めずに必死に練習に明け暮れ、くすぶらせ続けてきた投げたい欲求を、今こそ発散させてみせる。
先頭バッター黒戸にはストレート二球で追い込むと、三球目は打者の手前で一気に落ちるフォークボール。
バッターは腰を引くように大きく空振りをして三振に倒れる。
続く高木にもストレートで攻め三球で追い込むと、最後もインハイの真っ直ぐで空振りさせて三振に打ち取る。
再び引き離したい蒼上に思うようにはさせない、相手を圧倒するピッチングに、臣川は奢る事なく次なるバッター井涯を見据える。
(俺が流れを引き戻す。二番手には二番手なりに、やるべき事があるんだよ……!)
積極的に振ってくる井涯に臆する事なく、力で押して追い込むと、最後は高めの釣り球を打たせてライト正面へのフライに。
普通に打ち取るのではなく、圧倒する。そんな意識による全力投球であった。
「あー落ちたぞ!」
「っ……はあ?」
イニング終了と思ってベンチに戻ろうとしていた臣川は、聞こえてきた声に耳を疑い外野を見る。
完璧に打ち取った筈の打球は、しかしライトを守る雄一が目測を誤った事で彼の横で大きく跳ね、外野を点々としていくのを。




