夏 - 14
「さすがに二回で二回目のタイムはダメだよな」
二点差に追い上げられ、マウンド上の矢花は小さく呟いて、呼吸を整える。
試合はまだ序盤、五点リードしてどこか気が緩み、球にもそれが伝わってしまったのかもしれない。
仕切り直しだ、と次のバッターを見据える。
(代打は出さない、ね)
四番でエース、高校野球ではたまにそんな大役を担う選手もいるように、高い技術と能力が必要とされる投手をこなせる選手はバッティングだって良い場合が多い。
だから投手といえども油断するつもりはない、矢花は落ち着いて一球目を投じる。
(結局、これが実力って事か)
八点取っても追い上げられる、それが今の蒼上野球部の実力であり、矢花というエースの実力でもある。
分かりきっていた、周りより投手として若干適性が高いだけで、能力自体が高い訳ではない。
自覚しているからこそ覚悟もしていた、打たれる事を。
落胆なんてする必要はない、とにかく必死になって奪われるであろう失点を一つでも減らす。
(どうせ並の選手なんだからよ!)
割り切って、自虐して、エースの矢花は力いっぱい球を投じた。
五球目の球を打ちにいくがファールとなり、フルカウントとなる。バッター石中は一度打席から離れて、自身のバットを見つめながら息を整える。
(甘い二球目を捉えられなかったのがまずったなあ……)
直接言われはしなかったが、おそらく次の回自分はマウンドには上がれないだろう。
球数の多さも球のキレも自己ワースト、代えられる準備は出来ている。
だからこそ、せめてヒット一本だけでもチームに貢献したい。
エースナンバーを背負っているからこそ、チームの勝ちを手繰り寄せる何かをしたい。
(打つ……!)
投じられた六球目、高めから左打者の体に向かってに落ちてくるカーブが甘いコースに決まると見て、弾き返すべくバットを振るう。
遅れて響く金属音は甲高く、打球はライト方向へ。
「抜け……!」
抜けてくれ、そんな石中の想いに押されるように打球は勢いよく外野へ飛ぶも、
「アウトーッ!」
ライトの前のめりに倒れそうになりながらのランニングキャッチに阻まれ、タイムリーとはならなかった。
蒼上選手の喜ぶ声を聞きながら、石中は一度だけ天を仰いでからベンチに戻る。
「イシ」
声をかけてきた沼山を初め、他のチームメイト達に見つめられ、石中は立ち止まってからこう声を発する。
「今日はみんなに頼る、だから勝ってくれ!」
その言葉に多くのチームメイトは気づいただろう、自分達がどれだけ石中をエースとして期待していたか、そのエースが今どれだけの悔しさに耐えながら、チームの勝利を欲して仲間にそれを求めているのかを。




